第33話 港町にて

 漁村を出発してから数時間、日が傾いて辺りが夕日に赤く染まりつつある中、いくらか北に位置する港町ヴェセに到着して短い船旅は終わる。

 しかし、船から降りる四人はふらふらとしていた。


 「うっ……気分が」

 「もう船は乗りたくない……」

 「乗り心地が悪いどころでは」

 「飲んだものすべて海に出たわ。うっぷ」


 船に乗った当初は、揺れの少ない穏やかな状態ということもあって、初めて目にする海を眺めて楽しむ余裕があったのだが、途中でモンスターに遭遇するせいで状況は一変してしまう。

 小さな魚のモンスターが、船にぶつかって揺らしてくるという嫌がらせをしてきた。単独ではなく群れで。

 どうにかしようにも、一匹一匹が小さく数が多いため攻撃を仕掛けてもあまり効果はなく、飽きるのを待ってやり過ごすしかない。

 その結果、港町であるヴェセに到着する頃には、四人ともすっかり船酔いしてしまっていた。


 「……とりあえず、馬車を停めたら、ここの冒険者ギルドに行こう」

 「その前に休むべきです」

 「同じく」

 「そうね。ふらついてる状態で行って、他の冒険者に舐められるのもあれだし」


 軽く一休みしてからということになり、まずは大勢の人々で賑わっている市場へと向かう。

 今いるのは漁師の船が多いところだが、少し離れたところに目を向けると、他の港からやって来たのか大きな船がいくつも見える。おそらくは商売のためだろう。

 特に目を引くのは、ちょっとした建物を運んでしまえるんじゃないかと思えるほど巨大な船。

 同じようなものは他にない。

 一隻だけ存在する船だけあって、これまた大勢の船員が、積み荷らしき木箱を港町へ運んでいた。


 「あんなに大きい船もあるんだ」

 「見上げると首が痛くなってくるな」


 リリィとサレナは、巨大な船を見てしみじみとした様子で呟くが、レーアとセラは、少しばかり視線を船員たちの方にずらしていた。


 「わたくしとしては、運んでいる積み荷の方が気になります」

 「中身はなんなのかしら。交易のために来ている商人の船より大きいからなんでも運べる。いっそ、忍び込んで中身を見てしまうってのもありだけど……あれは無理ね」


 セラはそう言うと肩をすくめる。

 視線の先には見張りがいた。

 船の甲板以外に、ハーピーらしき存在が周囲を飛んでおり、船体に異常がないか確認をしていたのだ。


 「空から見られてるんじゃ、死角がないわ」

 「いやいや、勝手に忍び込むのはダメでしょ」

 「リリィは気にならないわけ?」

 「そりゃ気になるけど、さすがに捕まりたくはないし」


 その後、巨大な船を見るのは一時中断となる。

 数時間という船旅の間、何も食べておらず、空腹が無視できなくなってきたせいで。

 市場には食べられそうな魚介類が売ってあるとはいえ、せっかく新しい場所に来たのだし、調理された美味しいものが食べたい。

 馬車を預けたあと四人が向かうのは、地元の漁師や他の国の船員などが集まる騒がしい酒場であり、辺りを漂う美味しそうな香りに引き寄せられて入った形だ。


 「おやまあ、小さなお客さんだこと。お酒飲まない人向けの席はあっちだからね。くれぐれも、酔っぱらいのいる席には近づかないこと。ラミアの保護者さんは、この子たちをしっかり見ておくんだよ」


 入ってすぐ、店員らしき女性は酒場の一角を示す。


 ガシャン


 その直後、何かが割れた音がすると、店員らしき女性はため息混じりに騒がしい方へと向かっていく。


 「ああもう、またかい」


 見ると、ガラスの容器が割れ、中に入っていたお酒が床一面に広がり、近くには酔い潰れて倒れている人がいた。


 「あ、蹴飛ばして起こそうとしてる」

 「頭とは、なかなか痛そうです」

 「酔い潰れてるから気づかないだろう」

 「じゃあ、私はお酒に飲める席に……」

 「飲み過ぎはよくないからダメ」


 割と強引な方法で起こす姿を横目に、四人は示された席に座り、とりあえず数品ほど注文する。

 運ばれてくる料理は、漁村の手作り感溢れるものと違い、いくらか洗練されている。

 海を通じた交易によって各地の食材が使われ、様々な人々が交流することで新たなレシピが伝わり、それが形となった料理というわけだ。

 酒場の一部は、騒がしいところとは違って静かに食べる客ばかり。

 よく見ると冒険者が多く、酔っぱらいのことは日常茶飯事なのか、特に気にした様子はない。


 「うん……?」


 そんな中、さらに追加で何か注文しようとするリリィであったが、とある人物を目にして動きが止まる。


 「どうしました?」

 「何か見つけた様子だが」

 「あそこ……」

 「どれどれ……げ、あれは確か漁村の」

 「いや待て、似てるだけの別人では」


 露骨に指などは差せないがリリィの言いたいことがわかる三人であり、酒場にいる一人の人物を見る。

 そこにいたのは、漁村の村長とやりとりをしていた救世主教団の女性だった。


 「わたくしたちは船で来ました。陸路では追いつけないはず」

 「でも、あの髪の色とか顔とか、本人だと思う」


 話しかけるのは恐ろしいため、やや警戒しつつ眺めると、水色の髪をした女性は店員の手伝いを申し出ると、酔い潰れている者を協力して運んでいく。

 それだけでなく、汚れてしまった床の掃除もするのだから驚くしかない。


 「別人……かも」

 「いいえ、本人の可能性が出てきたわ」

 「セラはどうしてそう思ったの?」

 「進んで協力を申し出てるから」


 疑問に思うリリィに、セラは小声で説明する。

 ああして周囲からの好意を稼ぐのは、主要な信仰とはまったく違う新興の宗教が、勢力を拡大するためのきっかけとするためである。

 そうやって関係を深めたあと、勧誘するのだと。


 「ここでの場面だけを見るなら、気にすることはない。けれど、私たちはあの時のやりとりを見ていたわ」

 「進んで人を手伝うのは、裏があると」

 「そう。移動手段は気になるけど、大金を用意できるならどうとでもなる」


 今のところは自分たちとは無関係であるため、知らない振りをして食事を続ける。

 食べ終えて支払いを済ませたあとは、いよいよ冒険者ギルドへ向かうのだが、酒場からはだいぶ距離があった。


 「と、遠い……」

 「飛べたら、すぐなのですが」

 「それはそれで悪目立ちする」

 「そうそう。一人だけ先行しても、酔っぱらいとかに絡まれるかもしれないし」


 レーアはハーピーなので空を飛べるが、他の三人はそうではないため、飛んで移動することはできない。

 およそ港町の端から端までを歩くことになり、もはやダンジョンに潜る元気はなくなってしまう。

 初めてのダンジョンに挑むなら体調は万全にしておいた方が良いということで、今日のところは宿の手続きをするだけで終わる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る