第32話 怪しげな教団
夜明け前、日が昇る前にリリィたちは動き出す。
移住のためにお金を用意してくれて、さらには病気などで動けない村人のために人手も出してくれるときた。
ただの善意でやるにしては、お金も手間もかかり過ぎている。
なぜそのようなことを行うのか、確かめるために。
「ふぁ……さすがに早すぎたかも」
「リリィが決めたことだろうに。しゃんとしろ」
睡眠時間が少ないせいで眠気が残るリリィだったが、気づかれないよう隠れるには事前の準備が必要。
そのため、早めに起きる必要があった。
茶色いローブを着た集団が到着したという知らせを村長から受け取った四人は、村長の家の中で家具に隠れながら静かに待つ。
「サレナが言った通りなのか。それとも別の目的なのか」
「村か村長、どっちかを得るためだと思う」
「言い方はあれですが、どちらもそこまでの価値はなさそうに見えます」
「容赦のないお嬢様ね。ま、見てればわかるでしょ。あと私だけ狭いんだけど」
コンコンコン……カン!
事前に決めていた合図が鳴る。
木材を軽く叩く音のあと、やや強めに金属を叩く音がした段階で、こそこそと話していた四人は息を潜めた。
扉が開き、まずは村長が入ってくる。続いてローブを着た女性が、ゆっくりと足を踏み入れる。
「あまり片付いていないのでゴチャゴチャとしていますが、どうぞお掛けになってください」
「ありがとうございます」
フードを深く被っているため容姿はわかりにくいが、わずかに見える口元や聞こえる声からして、二十代から三十代の間だと予想できる。
「しかしながら、不思議に思います。村人が移住するためのお金を、わざわざ出してくださるというのは」
村長の疑問に、ローブの女性は笑みを浮かべたのか、口元に手を当てて話していく。
「ふふ、当然の疑問ですね」
「教えていただけると考えても?」
「ええ。……まず語らなければならないのは、この世界は困難に満ちています。ダンジョンという名の困難が。村長殿は経験があるのではありませんか? 突然発生するダンジョンにより、生活が一変するということが」
「……ある。若い頃、漁村ではなくもっと内陸の村で暮らしていた。ダンジョンが発生していない小さなところでしての。だが、ある日、ダンジョンが発生して畑や川がダメになった」
長生きしている間に経験してきた苦労を話す村長に対し、ローブの女性は悲しむような声と共に何度も頷いた。
「畑は作り直せても、川がダメになれば村そのものを放棄するしかない。……違いますか?」
「悲しいことだが、その通り」
「そのような悲しみを減らすために我々は活動しているのです。こちらの漁村にはダンジョンがなく、いつ生まれるかわかりませんから」
柔らかな声で語るローブの女性に、村長は鋭い視線を向ける。
「正直なところ、いらぬお節介と言いたい」
「ええ、ええ、理解しております。村人は減っていき、村は維持できず、村長としての役目を果たせなくなっているのでしょう?」
「……そろそろ、何が目的か口にしてもらいたいところですがの」
「そうでした。本題に移りませんと」
怪しさを増していくローブの女性に、村長は少しばかり険しい表情となった。
いったいどんなことが話されるのか、隠れながら話を聞いている四人は固唾を呑んで見守る。
「村長殿、救世主としての素質があるか、試験を受けてみる気はありませんか?」
「あなたは何を言っているのか」
「簡単なことです。この世界に満ちるダンジョンという困難、それに苦しむ我々を救ってくださるのは、唯一にして絶対な救世主のみ!」
そこまで言うと、ローブの女性はフードを脱いで自らの素顔を晒した。
水色をした髪に、これまた水色の目をした若い女性の姿が現れた。
妖艶な笑みを浮かべながら、彼女は続ける。
「我ら救世主教団は、世界の救い主たる人物を、世界中から探しています」
「世界中から?」
「残念なことに、救世主となられるお方がどのような人物であるかは、まったくわかっていないのです。ですが、それは救世主としての自覚がないためであると考えております。ゆえに、自覚がないのであれば、我々の手によって救世主としての自覚を目覚めさせればいい」
「なるほど。ですが、救世主などという大層な人物ではありません。しがない村長でしかない」
「試験をお受けいただけないのですか?」
どこかわざとらしく驚いてみせる水色の髪をした女性であり、すぐに残念そうな表情となる。
「はい。そもそも、救世主という人物がいるとは思えません」
「致し方ありません。候補者たる資格があるとお見受けしたのですが」
「村人のためにお金を用意してくださり、さらには今回、人手も用意してくださった。そのお礼に真珠をご用意します。少々お待ちを」
救世主教団という組織に借りを残したままでいるのは嫌なのか、村長は別室に移動した。
そして一人だけになると、ローブの女性は呟く。
「……やれやれ、ここもダメでしたか。ありもしない救世主を探すのはやめて、しばらくは規模の拡大を優先する方が……」
先程までの、にこやかで友好的な様子から一変して、今は険しい表情を浮かべながら考え込んでいた。
救世主というのは表向きの理由で、真の目的は別にあるようだ。
隠れながら見ていた四人は驚くも、気づかれないよう静かにしているしかなかった。
コツコツコツ……
足音がしてくると、女性は顔を揉みながら笑みを浮かべる。意外と演技には苦労している様子。
「これで手を引いてもらいたい。いかがか」
村長は戻ってくると、大きな木箱をテーブルに置いて蓋を開ける。
中には大量の真珠が入っていた。売ればかなりのお金になるだろう。
「何を心配しておられるのかわかりませんが、ありがたく受け取らせていただきます」
「村には、候補者になれるような者はいない」
「わかっておりますよ。村長殿に比肩する方すら見受けられない。この真珠は、他の候補者様を探す資金にしますので」
「…………」
言葉でのやりとり以外に、目に見えないやりとりが行われ、最終的にローブの女性は木箱を持って出ていった。
数時間後、救世主教団や村人の大部分がいなくなった漁村において、リリィたち四人は村長と話をする。
「いやはや、まさかそこにいる黒いウサギの子が言った通りだったとは。しかもこんな老いぼれが救世主候補とは驚いた」
「なんだか怪しい人でしたね」
「私は断ったから、もう誘ってくることはないだろうが、君たちは気をつけた方がいいかもしれない。救世主教団とやらは、目を付けた人物を救世主候補にするために、色々な手を使うようだからの」
村長の立場にある者を、救世主としての試験に挑ませるため、村人を近隣の豊かな場所に移住させることで村そのものを無くしてしまうという手段を取ってきた。
そんな無茶苦茶な方法を実行できる組織ということで、村長は真面目な様子で忠告をする。
そのあと少し首をかしげる。
「しかし、救世主教団というのは初めて耳にする。信仰に関しては、戦を司る神、豊穣を司る神、愛や美を司る神、この辺りの神々が主要であるのだが」
「村長はこれからどうするんですか?」
「船によって、ここから北にある港町ヴェセに向かう予定での。そこで暮らす息子のところに世話になる。今回は話をしに行くだけだが」
「私たちも港町に向かう予定なので、ご一緒してもいいですか?」
「馬車込みですけれど」
「漁に使う船なのであまり乗り心地はよくないが、それでもいいなら。馬車も運ぶとなると、さすがに追加の料金をいただきたい」
「払います」
陸路を進むよりは、船による海路で進んだ方が圧倒的に早い。
漁師である村長の船に相乗りさせてもらう形で、四人は初めての海へと繰り出した。
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