2章
第31話 寂れた漁村
ある晴れた昼下がり、広い草原の中に通っている平坦な道を、一台の馬車が進んでいた。
御者席にハーピーの少女が座っているそれは、屋根がついていてそこそこの大きさがある。
「そろそろ馬を休ませます。ついでに食事の時間にしましょう」
やがて馬車は停止し、荷台部分から人が降りてくる。ウサギの耳と尻尾を生やした獣人の少女が二人に、ラミアの女性が一人。
あっという間にたき火が用意され、全員が協力することで簡単な料理が作られていく。
「次の町まで、あとどれくらいだっけ?」
切ったパンを軽く焼き、溶かしたチーズをかけながら尋ねるのは、白い髪と青い目を持つ白ウサギな獣人であるリリィ。
近くに剣を置き、時折周囲を見ながらパンを食べていく。
「地図を見る限りでは、明日か明後日には到着するはず」
たき火からやや離れたところで地図を広げ、現在地を確認しながら答えるのは、黒い髪と赤い目を持つ黒ウサギな獣人であるサレナ。
何か気になるのか、食事よりも地図を見ることに集中していた。
「町を出てから数日。いい加減に野宿から解放されたいわ」
あくび混じりにぼやくのは、この中で唯一の大人である、ラミアの女性セラ。
お酒の入った革袋を持ち、昼間から飲み始めている。
「確かに。体を綺麗にするのは最低限しかできないので、大きな湯船で洗い流したいところです」
最後に、馬の体調を確認しながら話すのは、茶色い髪と目を持ち、これまた茶色い翼が特徴的なハーピーの少女レーア。
この四人でパーティーを組んで移動しており、ヴァースの町を出発してから既に数日が過ぎていた。
休憩と食事を済ませたら再び出発するのだが、途中でモンスターに遭遇してしまう。
それはオオカミに似た姿をしているが、体の一部を硬そうな甲殻が覆っている。
「リリィ、サレナ、返り討ちにしてください。魔術師であるセラは、二人を突破された場合に備えて待機」
レーアは御者席を降りて馬を守るように立ち、セラも同じように守りに回る。
一方、リリィとサレナは剣を引き抜いてモンスターへと仕掛けていく。
「一体だけだし、挟み撃ちで」
「ああ」
左右から挟むように接近すると、オオカミのようなモンスターはリリィへと飛びかかってきた。
鋭い爪が振るわれるが、回避して即座に剣で斬る。
しかし、甲殻に阻まれて攻撃はほとんど通らない。
「動きが速くて、多少の攻撃は甲殻が防ぐ。厄介だけども」
「ダンジョン内部で出てくる同系統のものに比べると、さすがに弱い」
サレナが甲殻の隙間を狙って斬りつけると、怪我によりモンスターの動きは鈍くなる。
その隙を見逃さず、リリィがトドメを刺して決着がついた。
戦う相手が一体だけなのですぐに終わった。
もし群れで仕掛けてきたなら、もう少し長引いていただろう。
「よし、解体してお金になりそうな部分を回収するから、ちょっと手伝いなさい」
早速セラは、オオカミのようなモンスターの解体に取りかかり、リリィとサレナはそれを手伝う。
とはいえ、皮や肉を切るのはセラが一人でするため、二人は足を持ったりするぐらい。
目当ての部位は甲殻だけ。それ以外の部分は、道から離れたところに放置となる。
「……モンスターも、死ねば他のものに食べられるだけ、と」
馬車が移動を再開すると、どこからかモンスターが集まり、死体の肉を食べていく様子が見えた。
リリィはその光景をしばらく眺めていたが、やがて荷台に戻り横になる。
ラミアであるセラの、ヘビな尻尾を枕にしつつ。
「なにしてんの」
「場所取ってる尻尾を枕代わりにしてる」
「ったく、しょうがないわねえ」
セラはため息をつきつつも、それ以上は何も言わなかった。
甘い対応に、リリィはかすかな笑みを浮かべながら目を閉じる。
しばらくすると馬車の進みは遅くなる。
荒らされた畑と、なんらかの作業をしている人々を見かけるようになったせいで。
「おや、なんとも小さな御者さんだ」
「畑が荒れていますけど、何かあったんですか」
「イノシシに作物がやられたので、退治しようと思いまして。その準備ですよ。それに、モンスターへの備えもしないといけません」
御者席にいるレーアは挨拶もそこそこに、港町まであとどれくらいか尋ねる。
「そうですねぇ……この先に漁村があるので、そこから海岸に沿って北に進めばいいと思います」
地図を見せるとすぐに答えが返ってくるが、予想とは違うものだった。
「あれ? どこかで道を間違えた?」
道なりに進み続けた結果、港町ではなく漁村ということにリリィは首をかしげるが、サレナはやや強引に地図を奪い取ると、少し見たあとにある一点を指し示す。
「おそらくここだ。よく見ると二つの道に別れている」
「あー、上側の道を進んでると思ってたら下側の道を進んでたわけか」
「すまない。これはあたしの不手際だ」
多少の問題はあったが、そこまで距離が離れているわけでもない。
まず漁村に向かい、そのあと船で港町に向かえばいいということで、すぐさま移動を再開する。
到着する頃には夕方になりつつあったが、それが些細なことに思えるほど、漁村は寂れていた。
どこかに移り住むのか、荷物を積んだ荷車をひく村人の姿があったりする。
一人だけではなく何人も。
「この村でいったい何が……?」
「向こうに村長らしき人がいます。話を聞いてみましょう」
少し離れたところには、村を去る者たちと別れの挨拶をしている老人がいた。
人間の男性である彼は、現役の漁師なのか鍛え上げられた肉体をしており、その顔には寂しさが浮かんでいる。
「少しいいですか」
村人たちと別れたところを見計らい、リリィは声をかけた。
「おや、他所からのお客人か。申し訳ないが今は色々と大変での。宿の類いは用意できんのだ」
「いったい何があったんですか? なんだか、ここを出ていく人が多いように見えます」
「簡単なことだ。より大きな、より豊かな場所に移り住む者が増えている。そしてその流れは止まらない」
「移り住むのってなかなか大変な気がしますけど」
まず、家ごと持っていくことはできない。
家財にも重さや大きさから限度があり、それに仕事の問題もある。
色々な意味で身軽な冒険者ならまだしも、普通の人々がそうすることに首をかしげるリリィだが、村長は声を抑えて話す。
「これは村人の一人から聞いたのだが、どうも移住のためのお金を用意してくれる人たちがいるらしくての。村長もどうですかと言われたものだよ。おっと、他所からのお客人に言うことではなかったかな」
「いえ、教えてくれてありがとうございます」
「宿はないが、誰もいない空いた家に寝泊まりするといい。食べ物はお金を出せば用意する」
「レーア、いいよね?」
「ええ。では、夕食をお願いします」
夕方なこともあってお金を支払う。
「うむ、確かに受け取った。ここは漁村なので魚介の類いがほとんどになるが、苦手なものがあれば言ってほしい」
村人の半分ほどがいなくなっており、色々と空き家を選べるが、ひとまず以前の住人がいなくなったばかりの状態が良い家を選ぶ。
人がいなくなって時間が経った家というのは、ボロボロ過ぎて使い物にならない。
少しすると、料理ができたことを知らせに村長が来る。
早速、食べに向かうと、海の幸がふんだんに使われた美味しそうな料理がテーブルにたくさん並べられ、レーアを除く三人は目を輝かせた。
「おぉー、町ではあまり見ることのなかったものばかり」
「あたしも、この光景にはワクワクしてくる」
「良い匂いね。美味しいものを食べるなら、やっぱり各地を巡るに限るわ」
「屋敷での料理と違い、これはこれで趣があります」
レーアは三人ほどではないにしろ、漁師が作る魚介の料理というものを前に、どこかしみじみとした様子で頷いていた。
焼く、煮る、揚げる、蒸す、それら様々な調理方法により、食材たちは見た目にも鮮やかでお腹を満たす料理となっており、食事における会話も進んでいく。
「そういえば村長さん、村の人たちに移住するためのお金を用意した人たちって、心当たりとかは?」
「実は、明日ここに来る予定での。病気などで動けない者たちの移住を手伝ってくれるとのことだ」
「……いきなり来たわたしが言うのもあれですけど、怪しいですね」
「しかし、もはや村は維持できない。私自身、息子のいる北の港町に移ろうかと考えている」
人が減り続ける漁村は、もはや消え去るのを待つだけ。
村長は、自分が最後に出ていく者になるだろうと語る。
「わざわざ村の人たちに移住を促すって、何か目的がありそうだけれど……」
「村を手に入れるため、とかは」
話を聞いていたサレナは呟くが、自分でもあまり納得していないのか、数秒ほど口を閉じてから再び呟いた。
「いや、人を手に入れるためとも考えられる。例えば、村にいる者の中で一番強そうな村長を」
「はっはっは、面白いことを言う子だ」
サレナの考えを聞いた村長は笑い声をあげる。
そして一つの提案をしてきた。
「気になるなら、明日来る予定の人々を見て決めるといい。何かわかるかもしれない。君たちに時間があるなら、だが」
「そうします」
出発はやや遅れることになるが、そこまで急いでいるわけではないため異論は出ない。
明日の予定が決まると夕食はそれなりに盛り上がり、食後は村長と別れ、宿代わりの家で一夜を明かす。
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