第29話 これからについて

 朝早くの時間帯、いつもなら外はうるさいが、今はだいぶ人が減っているためかなり静かになっていた。

 おかげでぐっすりと眠れたリリィは、活気が失われた町を見渡しながら、レーアのいる屋敷へ向かう。

 門番に話を通し、屋敷内部を案内人と共に移動すると、応接間へと入る。

 そこには、レーアと彼女の母親であるエリシアの他に、自警団の団長たるオーウェンと団員のサレナもいた。


 「来ましたか。座りなさい」

 「今日はとても真面目な話だ。おふざけはなし。町の、そしてお前さんの将来にも関わることだ」


 この場にいる誰もが真剣な表情でいるため、リリィは頷くと空いているところに座る。

 まず最初にエリシアが話し始める。


 「ダンジョンの復活には期待しない方向で町を再建します。農業と交易に力を入れるわけですが、そのすべてにラウリート商会が関わります」

 「そちらのお嬢様はともかく、白黒ウサギの二人にわかりやすく言うと、ヴァースの町は実質エリシア殿のものになる。金持ちの大人は恐ろしいぞ」


 ヴァースの町が衰退することは、そこを基盤としている商会にとっては大きな痛手。

 しかし、見方を変えると、乗っ取りやすくなったと捉えることもできる。

 町の危機を、むしろ自分の利益としてしまう。これは大量のお金があるからこそ可能なやり方。

 オーウェンが苦笑混じりに肩をすくめると、サレナは質問する。


 「自警団はどうなるのですか」

 「独立性は保たれる。基本的には今までと変わらない。町の外での活動は増えるだろうが」


 自警団についての話題が済むと、今度はリリィに視線が集まった。

 ある意味、最も重要な話題らしく、エリシアから向けられる視線は全身に突き刺さるほど。


 「リリィ・スウィフトフット」

 「は、はい」

 「あなたはこれからどうしますか? ヴァースのダンジョンはいつ復活するかわかりません。借金を返す手段は限られるわけですが」

 「…………」


 それは重要なことだった。

 ダンジョンがなければ、冒険者として稼ぐことは難しい。

 一応、町の外にいるモンスターを狩ったりすることで稼げなくもないが、ダンジョンという限られた空間と比べ、効率はかなり落ちるだろう。


 「できるなら、他のダンジョンがあるところへ行くことを考えてます」

 「ですが、あなたはラウリート家に対して借金があります。金貨一万枚ほど。私の手が届かない地域へ向かい、借金を踏み倒す可能性。これを私は危惧しています」

 「そんなことしません。ちゃんと返します」

 「口ではどうとでも言えます」


 リリィは言い返すものの、冷たい視線にどうしても体が固まってしまう。

 エリシアはどこか値踏みするような目でリリィを見ていく。


 「私は商会を長く率いていますが、恥知らずはそこそこいます。この目で直接見てきました。例えば、泥棒を捕まえたら二度としませんと泣きながら言う。けれど、一度許してもまた盗んだりする」

 「……その泥棒はどうなりました?」

 「“不幸な事故”に遭遇して亡くなりました。その者は、二度とラウリート商会から盗むことができなくなったわけですね」


 淡々と言うが、どんな事故なのか想像するだけで恐ろしい。

 ほぼ確実に、商会の手で泥棒の命を奪ったと考えていいが、これをわざわざ聞かせるのは忠告の意味合いがある。

 もし、借金を踏み倒そうとするなら、今語られた泥棒のように“不幸な事故”に遭遇してしまうわけだ。

 子ども相手でも容赦がないが、だからこそ、若くして大きな商会を率いることができている。


 「エリシア殿。子どもを脅すのはよしてくださいよ」


 その時、オーウェンからの助け船が出される。


 「世の中の厳しさを教えてるだけです」

 「こいつはもう厳しさを知ってます。親のいない孤児として、今まで食い繋いできたわけですから」

 「……町を守ってきた自警団の団長に免じて、この話はここで終えましょう」


 親のいない孤児。

 その単語が出てくると、エリシアは少しだけ悲しげな表情になり、軽く息を吐いた。

 自分は親で、娘がいる身。

 それは多少なりとも態度を柔らかいものにする。


 「リリィ、あなたが他の地域に向かうことを認めます。支払いに関しては、月に一度ではなく不定期で構いません。ラウリート商会が進出していないところに向かうこともあるでしょうから」

 「ありがとうございます」


 リリィはお礼を言いつつ頭を下げる。

 これにより、借金のことはほぼ気にしなくて済むようになった。

 もはや自分を縛るものは実質的に存在しないわけだが、まだ話は終わっていないようで、オーウェンが横から声をかける。


 「さて、冒険者として町から小さな一歩を踏み出す白ウサギに朗報だ。うちの黒ウサギをパーティーメンバーとして貸し出してやる」

 「え、いきなりそう言われても……」


 本人の意思はどうなのか、リリィがサレナの方を見ると、やや不満はあるが致し方ないといった表情を浮かべていた。


 「いいの?」

 「あたしは、お前の監視役を兼ねた護衛といったところだ」

 「あー……ラウリート商会に借金してて、しかも一番上の人とも関わりがあるから?」

 「そうだ。お前に何かあれば、そこにいるお嬢様が悲しむ。そしてそれは、彼女の母親としても避けたいこと。団長は、少しでも商会に恩を売りたいからか、あたしを選んだ」

 「すまんな。リリィと知り合いで、実力もある奴となると限られててな」


 どこか申し訳なさそうに言うオーウェンだったが、サレナは何か思いついた様子で軽く咳払いをする。


 「んんん、ところで団長」

 「うん?」

 「リリィが得た懸賞金。いつ返すのですか?」

 「待て待て、今それを言うか」

 「今でなければ、町を出たあとになるわけですが」


 金貨五千枚というかなりの大金。

 これをいつ返すのかという話題になると、オーウェンは冷や汗をかく。

 自警団の団長という立場は、ヴァースの町では結構高い方だが、給金という面で見るとやや物足りなさがある。

 コツコツ貯めたお金はあるものの、それでも金貨五千枚には届かない。


 「……えー、ひとまず延長してもらうということで」

 「エリシア殿に提案があります」


 サレナは挙手しつつ言う。


 「よろしい、町の治安を守ってきた団員の言葉です。聞きましょう」

 「リリィの借金のうち、金貨五千枚分はそこにいる団長から取ってください」

 「おい、ちょっ、待て」

 「オーウェン団長、お静かに。私はこちらにいるサレナの提案に耳を傾けています」


 力関係は、お金を出している商会が自警団よりも上。

 そのためエリシアに静かにするよう求められたら、オーウェンは言われた通りにするしかない。

 真面目な仕事の話なら正面から立ち向かうことができるが、これは子どもからお金を借り受けた大人という部分を突かれているため、抵抗はしにくい。


 「団長がリリィに返して、リリィがあなたに返すのは無駄が多い。それならいっそ、団長からあなたへお金が流れる形にした方がいいと思いました」

 「ふむ、どこをうろついているかわからない冒険者よりは、町にいる団長から取り立てた方が色々な意味で効率がいい。わかりました。あなたの提案に同意しましょう。サレナ・アートルム」


 こうしてリリィの抱える借金のうち、半分がオーウェンの借金へと変換され、リリィが支払うべき金額は金貨五千枚となる。

 かなり減らすことができたが、肝心要のオーウェンは手で顔を覆っていた。


 「ぬおお……なんてことだ、なんてことだ……」

 「リリィ、サレナ、あなたたちはもう出ていいですよ」

 「わかりました。それでは……」


 白黒ウサギの二人は外に出ようとするが、呼び止める声があった。

 それはレーアのもの。


 「二人とも待って。わたくしも言わねばならないことが」


 レーアはそう言うと、母親であるエリシアの方を見てから口を開く。

 自分も二人と一緒に町を出るということを。

 それは誰もが予想していなかった言葉だった。

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