第28話 世間話と愚痴
翌日、ラウリート商会より大々的な発表があった。
それは町の住民に対して資金的な援助を行うというもの。
ダンジョンが消失した衝撃は、これによって多少は軽減されるものの、一時しのぎでしかない。
町にはお金を受け取る人々の列ができており、リリィもそれに並んでいた。ついでにセラとサレナも一緒だったりする。
周囲では、ヴァースの町はこれからどうなるのかという話題が尽きないが、それでも数日前よりは落ち着いていた。
「どうなると思う?」
「さあね。多少衰退する程度に留まるか、国の介入があって全員引っ越すことになるか。ま、考えたところでどうしようもないわ」
屋敷にいなかったセラは、ダンジョンがいつか復活することを知らないため、周囲の一般人と似たような意見を口にする。
「そういえば、なんで二人ともわたしと一緒に並んでるの?」
「列に並んでる間、話し相手ほしいから」
「あたしは、問題が起きないか見張ってる。お金の受け取りはついでのようなもの」
ラウリート商会からの援助内容が金貨であることが広まると、あちこちで行列が生まれる。
人が多く集まれば揉め事も起きやすくなるため、自警団は町全体に人を送っていた。
その他に、商会から派遣された用心棒らしき者が辺りをうろついているため、今のところ口喧嘩以上の揉め事は発生していない。
「で、昨日はどうだった? 団長さんが言っていた、こわーい母上殿に二人とも会ったんでしょ。ちょっと聞かせてよ」
並んで待つのは暇なのか、セラは小声で昨日のことを聞いてくる。
あまり詳しく話せないことを前置きした上で、リリィは口を開く。
「動けなくなるくらいには怖かったよ。かなり冷たい声で睨むから」
「あたしたちでなく、団長に向けられたことに、どこかほっとした自分がいる」
「二人とも、冒険者としてまあまあ実力ある方なのに、そこまで言うとはね。……ちなみに、綺麗だったりする?」
「うん。セラよりも」
「お、おい、いくらなんでも言い方ってものが」
配慮のない言葉をリリィが口にした瞬間、さすがにサレナは焦り、セラは一瞬驚いたような表情になると、笑みを浮かべる。
表面上は穏やかな限りだが、目だけは笑っていない。
周囲には大勢の人がいるため、尻尾を巻きつけるまではいかなかったが、代わりに両手で頬を強く掴んだ。
「まったく、リリィってば、時々無性に痛めつけたくなることを口走るから困るわ。このクソ生意気なガキをお仕置きしてやりたいと、私の心が叫んでるんだけど」
「……セラも、美人だよ?」
さすがに危険を感じたリリィは、上目遣いで褒め言葉を口にするが、あまり効果はなかった。
「へえ? どこがどう美人なのか言ってみなさい」
「…………」
何を言うべきか数秒ほど迷うと、少しずつ指先に入る力は強まり、頬をつねられる。
グニグニと動かされたりもする。
「あいたたたた」
「とりあえず、この辺にしておいてあげる。次、生意気なこと言ったら覚悟しときなさい……ふふふふふ」
周囲の目があることからだいぶ手加減したようだが、子ども相手でも脅すことは忘れない。
なんとも大人げない行動だが、サレナはやれやれとばかりに頭を振るだけ。
「わざとやってるだろ。団員時代は割と周囲に気をつけていたのに」
「まあ、ちょっとは。どこまでなら許してくれるかなって」
「あのねえ……そういう甘え方するのやめなさい。むかつくから」
セラは腕を組んでため息をつく。
リリィはそれを見たあと、少し考え込む。
「素直に甘えたら受け入れてくれそう」
「ぶつわよ」
適当なお喋りをしている間にも列は進み、いよいよ三人の番が来る。
ラウリート商会に所属している者が、一人一人に金貨を二枚ずつ渡すため、受け取ったらその場を離れようとするが、少し呼び止められる。
「白ウサギの獣人の子。青いスカーフを巻いてる君だ。うちのお嬢様から伝言がある」
「……聞かなかったことにするのは」
「勘弁してよ。こっちが怒られる。“できる限り早く屋敷に来なさい”とのこと。伝えたからね」
わざわざ商会の者を通じて呼びつけてくる。
明らかに面倒事が待っているわけだが、無視するわけにもいかない。
こっちから行かなければ、向こうから直接やって来るだろう。
「二人はどうする?」
「私は、町に残るにしろ出るにしろ、どうなってもいいように荷物をまとめる」
「あたしは自警団の仕事として見回り」
「わかった。それじゃ」
屋敷に向かうと、普段よりも真面目な様子の門番が立っていた。
「少し待ちなさい。用件は?」
無駄話もしないため、リリィは少し手招きをしたあと小声で尋ねる。
「……真面目なのって、屋敷にレーアのお母さんがいるから?」
「ああ。だから早く用件言ってくれ」
聞きたいことを聞いたあとは、来た理由について話す。
商会の者から、レーアの伝言を聞いてやって来たというものを。
「人を呼ぶので、そこで待つように」
やがて使用人に案内される形で屋敷内を歩き、寝室に到着する。
中に入ると、非常に険しい表情で睨んでくるレーアの姿があった。
母親とは一緒ではないのを見るに、今は別のところにいるようだ。
「昨日、わたくしを見捨てましたよね?」
怒り心頭なようで、出会い頭にそう言ってくる。
このまま回れ右して出ていきたくなるリリィだが、それを実行したらしたで、あとが怖い。
「レーアのお母さんが、わたしのこと見てたし。早く出ていくようにって」
「その結果、どうなったと思います?」
「愚痴を聞かされるためだけに呼ばれるのはちょっと……」
「お黙りなさい」
「はい」
逆らうことはできない。見捨てたのは事実であるために。
一方的に愚痴を聞き続けるしかないわけだ。
「二人きりになった瞬間、抱きしめられました。これはいいです。久々の再会ですから。ただ……そのあとが」
昨日のことを思い出したせいか、だいぶ疲れた表情になる。ついでにため息も出た。
「まず、頬に口づけを。赤ちゃんの頃からしているというのがお母様の言い分ですが、こっちはもう十五歳ですよ。十五歳」
「まあ、それ自体はそこまでおかしくは」
「さらに、事あるごとに抱っこしようとしてきます。昔はあんなに小さかったのに成長したのね、と言いながら」
「……久々の再会だから、触れ合いたいんだと思う」
「食事の時はずっと見つめてくるし、ちょっとこぼした場合は、お母さんが拭いてあげるからねと言って掃除したあと、頭を撫でてくるわけです」
「…………」
「入浴は一緒! 寝る時も一緒! 何か言うべきことがあるのでは?」
「き、昨日は、お母さんと二人きりにしてごめんなさい」
そう言うしかなかった。その言葉しか出てこない。
何があったか聞かされたリリィは、すぐに頭を下げる。
子煩悩過ぎる母親に苦労する娘。
もし自分が同じ立場で、同じようなことをされたら……。
とてもではないが、家出する確信があったために。
「いやでも、入浴とか寝る時とかは、わたし関係なくない?」
「ふん」
「あいたっ」
ちょっと意見すると足を蹴られる。
あまり威力はないので、向こうも言い分を理解しているようだが、それはそれとして蹴っておかないと気が済まないのだろう。
「リリィ、明日は朝にここへ。大事な話があります」
「今日は無理なの?」
まだまだ外は明るいことからリリィは尋ねるが、返ってくるのは睨むような視線。
「お母様が、親子水入らずの時間を大事にしたいそうなので、今日は無理です」
「あっ……」
親子水入らず。それはつまり、今日一日ずっと一緒に過ごすということ。
いったいどれだけベタベタされるのか想像したリリィは、いくらか同情するような視線を向けた。
「その視線やめなさい。本気で蹴りますよ。とりあえず、明日何があっても大丈夫なよう荷物をまとめておきなさい」
「うん、そうする。ただ、そんなに荷物はないけど」
途中でレーアが真面目な様子で話すため、リリィは大きく頷いた。
そして長居することなく屋敷を出るのだが、町中を歩きながら空を見上げる。
青い空、白い雲、たまに鳥が通り過ぎる。
町の慌ただしさとは裏腹に、空はいつも通り。
「ちょっと、買い物をしとこう」
わざわざレーアがあんなことを言う意味。
おそらくは、町を離れる可能性が出てくる。
旅に備えた買い物をするために、リリィは大通りへと足を運ぶ。
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