第27話 商会の頂点に立つ者

 屋敷の前では、門番がひそひそと話していた。

 あまり真面目な態度ではないが、町の現状を考えると仕方ない部分もある。


 「レーアはいますか」

 「あー、他人との面会はしたくないそうなので、別の日に改めてくれると……」

 「いるなら会います。大事な話があるので」


 リリィは強く言い切る。

 その様子を見た門番たちは、これは帰らないだろうなと判断したようで、少し待つように言うと人を呼びに屋敷の中へ入っていく。

 数十秒ほどでレーアに仕えている従者の一人が来るため、リリィはその者と一緒に屋敷の中を進む。


 「君も運が悪い時に来た。お嬢様はかなり荒れている」

 「町のことで? それとも親のこと?」

 「今となっては両方。覚悟はするように」


 現在書斎にいるらしく、到着したあとは従者に促されるまま一人で中に入る。

 すると、かなり不機嫌そうなレーアが書斎の中をうろうろしていた。


 「用件は」

 「ちょっとオーウェン団長と一緒に、町のことでレーアのお母さんと話し合うことに」


 お母さんという単語が出てきた瞬間、ハーピーとしての茶色い翼はビクッと大きく揺れる。


 「何がどうなってそうなりました? 言いなさい」

 「秘密にしてくれるならいいけど」

 「わたくしのことを、適当に言いふらすような者だと思っているのですか? さあ早く」


 普段は、できる限りお嬢様らしく振る舞っているレーアだが、今はそう見えないくらい態度や振る舞いが荒れていた。

 そんな相手に言っても大丈夫なのかと考えるリリィだったが、言わずにいてもどうせあとから知ることになるため、軽く心の準備を整えてから語り始める。

 ヴァースの町にあるダンジョン。その最下層にて起きた出来事を。

 いくつかの戦いと、コアが砕けてダンジョンの消失が迫っているというものを。


 「……そう、ですか」


 すべて聞いたレーアは、しかめっ面のまま書斎内にある椅子へ向かうと腰をおろす。


 「それで、懸賞金である金貨五千枚を団長に任せることに。そのお金を使って、レーアのお母さんと何かするらしい」

 「……町のために何かするのなら、わたくしが口を出せることでもありません。ただ……」

 「ただ?」

 「お母様が、どういう行動をするのか読めません。自分で言うのもあれですが、わたくしのことが大好き過ぎるので……」


 溺愛する親に対して警戒する娘というのは、どこか奇妙なものだが、本人は至って真面目だった。

 町の危機と合わさることでいったいどうなるのか。

 落ち着かないのか、足の鉤爪で床をトントンと叩き続ける。


 「多分、大丈夫でしょ」

 「だといいのですが。いざという時はリリィを盾にします」


 もはや事態は進み過ぎたため、子どもたちにできることはない。

 数時間後、ダンジョンが消失したということを冒険者ギルドが発表すると、ヴァースの町は大騒ぎになる。

 冒険者の一部は、すぐに町を出ていき、動ける商人もそれに続く。

 王都に向かった者たちと合わせると、ヴァースの町はかなり人が減ってしまい、目に見えて活気が消え去るも、それはわずかな間だけ。

 二日後、ラウリート商会の頂点に君臨する人物が帰還したという話題が広まると、多くの住人は安堵した。

 小さな町から始まった商会を、大きく育て上げた彼女ならば、今の状況をどうにかしてくれるだろうと。


 コツコツコツ……


 「さて、俺たちを含めて、町全体が財政的にお世話になってる人が来なさった。白黒ウサギ、大丈夫とは思うが一応言うぞ。くれぐれも失礼のないようにな」

 「うん」

 「気をつけます」


 レーアの屋敷に集まるのは、自警団の団長オーウェンと、彼に同行するリリィとサレナの二人。

 屋敷の主と共に四人で、大きな商会を束ねている人物を待っているが、聞こえてくる足音が近づくたびに、緊張感は増していく。


 カチャ……


 扉はゆっくりと開けられる。

 入ってくるのは、一人の美しいハーピーの女性。

 切れ長の目には冷静さと知性が感じられ、大人らしい豊満な肉体は不摂生な生活とは無縁なのがわかる。

 どこか気品を感じさせる立ち振舞いは、一般人とは違う世界の人物に思えた。

 一番目を引くのは、ハーピーとしての大きな翼だが、彼女の美しさの前には些細なもの。


 「あなたたち、下がりなさい」

 「はい。エリシア様」


 使用人からエリシアと呼ばれた女性は、まるで猛禽類のような鋭い視線で辺りを見渡すと、オーウェンのところで動きが止まる。


 「オーウェン団長。なぜ、あなたがこの屋敷にいるのです? 私の娘と一緒に」


 とても冷たい声だった。

 リリィたち三人は、あの声をかけられるのが自分たちじゃなくて良かったと心の中で安堵する。

 なお、当のオーウェンはやや苦笑しつつ話を進めていく。


 「見知らぬ相手じゃないので、そういう厳しい声や視線は、やめにしませんか。あなたの娘さんも、そこの白黒ウサギたちも、怖い大人に怯えています」

 「……それで、わざわざここにいる理由は? 私に用があるから、娘のいる屋敷で待っていたのでしょう? 確実に会うために」

 「では早速ですが、ヴァースの町のダンジョンが消失したことは知っていますか?」

 「ええ。だから、大急ぎで戻ってきたのです。娘に何かあってはいけないから」


 そう話すエリシアがレーアに向ける視線は優しいものだが、今は他人がいることから、すぐさま元の鋭いものに戻った。


 「まずはこちらを」


 オーウェンはいくつかの袋を見せつける。

 中身はすべて金貨であり、これは賞金首であるワイズを、リリィが仕留めたとギルドに認識された結果得られたお金。


 「金貨が五千枚あります。これでどうにか町の混乱を抑えてもらいたい」

 「それだけあるなら、混乱は抑えられるでしょう。町がどうなるかはともかくとして」


 エリシアは腕を振り、全員に近づくよう促す。

 何か大きな声では言えないことを話すようで、扉から離れることも指示する。


 「……町などに存在するダンジョンですが、野良ダンジョンとは違い、そのうち同じ場所に復活します。数日か、数週間か、数ヶ月、はたまた数年の可能性もあるとはいえ」

 「ええと、ずいぶんと範囲が幅広いんですね」


 リリィがそう言うと、エリシアは返事として軽く頷いた。


 「だからこそ、非常に厄介で面倒過ぎる問題。ギルド関係者との深い繋がりがあるからこそ、私は秘密裏にそれを知ることができたわけですが」


 ダンジョンはいつか復活する。しかし、それがいつなのかはわからない。

 なんとも対応に困る話だが、復活しないよりはよっぽどいい。

 問題は、復活するまでの間どうするか。


 「五千枚の金貨があれば、町からいくらか人が減ったことを考慮しても、住人すべての生活を保障することができます。二週間か三週間程度しか無理とはいえ」

 「……必要なのは時間。まあ、それだけあれば、自警団であるこちらとしても色々やりやすくなるわけでして。冒険者ギルドも、対策を進めてくれるでしょう。あそこはあそこで、色々隠し事がありますが」

 「その金貨に関しては、ラウリート商会で配ります。多少、こちらからも資金を出しますが。オーウェン団長、あなたはもう出ていってよろしい」

 「では、失礼します。細かい部分はお任せしますよ」


 オーウェンは屋敷から出ていこうとする。

 長居するのは気まずいからかサレナも続くため、リリィも出ようとするが、レーアに止められてしまう。

 服の襟を掴まれるという荒っぽいやり方で。


 「んぐ……」

 「リリィ、わたくしをお母様と二人きりにするのですか?」

 「いや、ほら、あとは大人に任せればいい段階になったし、わたしはできることないから。……それに」


 レーアのお母さんが、早く帰るよう目で訴えかけているし。

 喉元まで出てきそうになるその言葉を、リリィは咄嗟に飲み込んだ。

 目は口ほどに物を言う。

 それを実感することになったリリィは、どうにか抜け出すと、従者に案内される形で外に出た。

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