第26話 魔法の代償

 「なんなんだ、これは」

 「実験的なゴーレムなのだろうか? 誰が作ったのやら」


 倒れているゴーレムに大勢が群がっている中、リリィはその場から離れ、早足でダンジョンの通路を歩いていた。

 セラは無言で追いかけていたが、サレナだけは状況がわからずに声をかける。


 「おい、どこに行くんだ」

 「ワイズのところ。逃げられる前に捕まえておかないと」

 「そうか。急ごう」


 最下層で移動しながらの戦闘が行われたことで、かんぬきのあった扉からだいぶ離れた場所に、血を流しながら倒れているワイズと、砕けたコアの欠片があった。


 「二人とも下がりなさい。私が確かめる」


 セラは杖でワイズをつついたあと、攻撃してこないのを確認してから、その首元にナイフを突きつけた。

 おそらくは、モンスターを解体するのに使ったものだろう。


 「……あのゴーレムを、倒したのか」

 「みんなと協力して。トドメはわたしが」

 「……仲間か。一人というのは、やはり限界があるものだ」


 ワイズは苦笑しつつ、壁に背を預ける形で座り込む。

 もはや敵意も何もないが、その理由は彼自身が示した。

 軽く上げた手の先端から、肉体がまるで砂のように朽ちていく。

 床に何も残さず、空中に溶けて消えていくのだ。


 「その体はいったい……」

 「無理をした代償が、今になってこの身を蝕む。魔法を使えば使うほど、肉体は魔力に侵され、魔力そのものに近づいていく」

 「だから、魔術師は使う魔法を制限している。魔力があれば大体の魔法は使えるけど、肉体との相性がある。相性が悪い魔法を使えば、あっという間に肉体は変換され、ワイズのように朽ちてしまうわ」


 話の途中で苦笑すると、ナイフを戻した。


 「まあ、魔法を使わない期間を設ければ、少しずつ元に戻っていくけど。毒抜きならぬ、魔力抜きとでも言おうかしら」


 同じ魔術師だからか、セラは砂のように溶けて消える肉体に指先で触れ、さらに指先を擦り合わせる。


 「あなたは凄い魔術師ね。私は、魔力の塊を放つという初歩的なものしか、まともに使えない」

 「本来なら、まだ朽ちずに済んだのだが、命が先に尽きてしまった」

 「どういうこと?」


 リリィが首をかしげて尋ねると、ワイズは目を閉じて小声で話す。


 「禁術と呼ばれるものに手を出し、命のストックを用意した。どういうものかは……教えない。これでも苦労して習得したのだ」

 「それならそれでいい。わたしは魔法を使えないし」

 「ははは、そうか。君に一回、あの冒険者たちに数回、そして奇妙なゴーレムに数回。結構な回数死んでいるが、それだけ死ねばこうもなる」


 腕や足が消えていくのに合わせ、ワイズは自らの終わりを悟り、倒れる前に床へ寝転がる。


 「一つ質問」

 「何かな?」

 「もし賞金首の死体が消えた場合、懸賞金をどうやれば受け取れる?」

 「ふぅ……それを賞金首本人に聞くかね」


 リリィの率直過ぎる質問に、ワイズはやれやれとばかりに頭を振ると、セラとサレナを交互に見てから、通路の奥に目を向けた。

 リリィたちのことを追いかけてきたのか、ギルドの職員たちが近づいてきている。


 「ラミア、それに黒ウサギの子。君たちは、近づく者たちを足止めしてくれ。この白ウサギの子にだけ、話したいことがあるゆえに」

 「ま、いいわ」

 「長くはできないぞ」


 二人が離れたあと、ワイズは先程よりも小声となる。

 よっぽど聞かれたくないようで、近くにいてもウサギの耳でないと聞き逃すほど。


 「懸賞金については、ギルドの目撃者がいるから問題ないだろう。……それと一つ、君に渡すものがある。左のポケットに入っている」

 「これは……鍵?」


 リリィが言われた通りにポケットを漁ると、小さな鍵があった。

 簡素な作りのありふれたもの。

 目立つ部分といえば、何か細かな文字が刻まれている先端だが、読めない文字だった。


 「王都アールムに行く機会があれば、一番大きい銀行に行くといい。そこでこの鍵を見せれば、一つの金庫に案内される」

 「中身は?」

 「君の目で確かめたらいい。お宝があるかもしれないし、ないかもしれない」

 「この鍵を捨てるという選択肢もある」

 「そうしたら、君が得るはずのものはギルドが得るだけ。タダで色々手に入る機会を捨てたいなら止めないが」


 何があるかはわからない。厄介事の塊かもしれない。けれど、鍵を手放す気にはなれない。

 リリィは少し迷った末に、小さな鍵を自分のポケットに入れた。

 そしてそのまま離れようとするが、呼び止められる。


 「待つんだ」

 「なに?」

 「どうせ終わるのだから、もう少し他人と話をしていたい」

 「話すことはそんなにないよ」

 「なら無理にでも話題を作ろう。……君は、どれくらい自分を演じている?」


 まさかの質問だったが、答えにはそこまで迷わない。


 「ほどほどに」

 「まあ、そんなところか。完全に別人を演じるのは疲れる。かといって、素の自分を出し過ぎても周囲と揉める。誰も彼もが、自分という存在を演じている……」

 「それで、何が言いたいわけ」

 「生きるのは楽しいかい? 孤児の少女よ。私は、未知への研究ができて楽しかった。心残りはあるがね」

 「……どちらかと言えば楽しい方。昔、色々あったけど」

 「君の過去を聞かせてほしいな」

 「語るほどのことはない。すべて過ぎ去ったことだから」

 「そうか」


 やがて胴体も消えていき、少しするとワイズという人間は消滅した。

 そこに残るのは、着ていた衣服、持っていた杖、道具袋といった代物のみ。

 彼の存在を語るものは、これだけだった。

 こうなってはもう、ダンジョンの内部に残る意味はないため、後始末などをギルドの職員たちに任せ、リリィはセラやサレナと共に地上へ戻ろうちするが、上への階段付近で呼び止められる。


 「待った」

 「せめて一言あってもよくないかい。依頼主さん」


 声の主は、一時的に雇った冒険者であるエクトルとジョス。


 「報酬に関しては、既にギルドに預けてるから受付で貰える」

 「そういうことを聞きたいのではない」

 「……こうなることを知っていて、最下層に向かう人を募集していたね?」


 非難するまではいかないが、色々言いたいという視線がリリィに向けられる。


 「まさかワイズがいるとは思わなかった。わかっていたら、もっと別の募集の仕方をしていた」

 「……さて、どれだけその言葉を信じるべきか」

 「まあいいさ。口止め料を含んだ金貨二枚が貰えるから。ただ、はっきりさせたいことがある。……彼の懸賞金は、君が受け取ることになるのかい?」


 賞金首を追いかけていた者として、金貨五千枚の行方が非常に気になるのか、エクトルとジョスはどちらもリリィのことを見つめていた。


 「うん」

 「うーむ、先を越されたか。ままならんことだ」

 「残念ではある。けど、どうしようもないか」


 せっかく大金を掴む機会があったのに、それを物にすることができなかったからか、二人は盛大なため息のあと、地上へ向かっていった。


 「わたしたちも戻ろう」

 「気が重い」

 「地下で何日も過ごしたから体を洗いたいわ」


 地上に戻ると、ダンジョンの出入口は誰も入れないようギルドの職員が固めていた。


 「どうなってんだよ!? ダンジョンに入れないって!?」

 「まさか、消えるのか?」

 「皆さん、落ち着いてください。ギルドは現在、状況の把握を進めています。何かわかったらお知らせしますので」


 事実上の封鎖に、冒険者ギルドの内部は非常に騒がしくなっているが、リリィたちは質問してくる冒険者たちを無視してギルドを出る。

 町は全体的に慌ただしく、誰も彼もがダンジョンがどうなるか気になっている様子。


 「厄介な騒動は終わった……けれど」

 「コアは砕けた。ダンジョンは消える。ヴァースの町に、大きな混乱が起こるだろう」

 「白黒ウサギの二人ときたら、何をそんな暗い顔してるの。ダンジョンのことはギルドに任せなさい。私たちに落ち度なんて一切ないから」


 堂々と言いのけるセラだが、リリィとサレナのどちらもそこまで開き直ることはできない。

 当事者としてあの場にいたため、どうにかできたかもしれないという後悔があったのだ。

 だが、いつまでも落ち込んではいられない。

 自警団の団長たるオーウェンから受けた依頼を遂行する必要がある。

 大通りを歩き、町の北側にある自警団の本部へ到着すると、団長室において真面目な表情のオーウェンが出迎えた。


 「……その様子からすると、一番嫌な状況になったようだな。最下層で何があったか聞かせてくれ」


 団長室は、盗み聞きを心配する必要がない。

 リリィとサレナは、地下最下層においてワイズがしたことと、異なる空間からやって来た奇妙なゴーレムについて報告した。


 「これが、わたしたちが経験したすべてです」

 「…………」

 「団長、どうしますか」


 オーウェンは腕を組み、目を閉じて深く考え込んでいた。その頭の中では、様々な思考が渦巻いていることだろう。

 しばらくの間、全員が無言のままでいるため、重苦しい雰囲気が続く。

 それを終わらせるのは、オーウェンのため息。


 「はぁ、まいったねこりゃ。自警団じゃどうしようもない。が、一応打つ手はある」

 「そ、それって……?」

 「リリィ、お前さんが懸賞金を受け取ることになってるわけだが……その金、全部俺に預けちゃくれねえか」

 「団長、何をするつもりですか」


 サレナからの質問に、オーウェンはわずかな笑みを浮かべる。普段よりも少し弱々しいが。


 「ちょいと、レーアお嬢様のこわーい母上殿と協力するのさ。町の危機は、実質的に娘の危機でもある。移動魔法の使える魔術師を雇ってでも、大急ぎで戻ってくるだろうからな。リリィ、お前さんもついてくるように」

 「自分だけじゃ怖いのでサレナも一緒に」


 巻き添えがほしいリリィは、サレナも一緒に来るように言う。


 「よし、同行させる」

 「拒否したいのですが」

 「ダメだ。団長命令だ。で、ラミアのお姉さんはどうする? 一緒に来るかい? でかい商会のお偉いさんと、顔見知りになれる機会だが」

 「私は遠慮しておく。あまり綺麗な身の上じゃないから」

 「そうか。なら無理強いはしない」


 セラは拒否するため、三人で会うことが決まる。

 実際に来るまではもう少し期間があることから、リリィは自警団を出てレーアの屋敷へ向かう。

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