第25話 奇妙なゴーレムとの戦い

 相手の動きは素早いが、リリィは身軽さという部分で勝っている。要は重さの違いである。

 曲がり角のある場所まで後ろ歩きで向かい、奇妙なゴーレムが腕を飛ばしてきた瞬間、曲がり角の方へ跳んで回避すると、金属製のロープに対して剣を振るう。


 「体は頑丈でも、こっちはそこまでじゃないはず……!」


 中身が詰まった金属の塊を斬ったところで意味はあまりない。

 そこで腕と手を切り離すことを考えた。

 とりあえず戦闘能力を削れば、戦いやすくなるからだ。

 その考えから振るわれた剣はロープ部分に命中するも、かなり厄介な手応えがあった。


 「か、硬い……」


 傷はできた。しかし切断するまでには至らない。

 何度も繰り返せば、そのうち切断できるかもしれないが、その前に体力が尽きる可能性が高い。


 ボボッ


 「リリィ、生きてる!?」

 「なんとか!」


 セラの叫び声とほぼ同時に、魔力の塊がいくつかゴーレムへと命中し、いくつかは外れる。

 これによりゴーレムの顔がセラの方を向くが、まずは目の間にいる存在をどうにかするのが先なようで、リリィへの攻撃を優先した。


 ギギギギ……


 金属の軋む耳障りな音はうるさいが、相手の動きを確実に知らせてくれる。

 頑丈で重い金属製の腕が、薙ぎ払うように振るわれるも、少し後ろに跳べば回避できる。


 「意外と近くでも戦える……でも、攻撃が」


 ゴーレムは素早くなったとはいえ、元々の重さが邪魔をしていて、どこか大味な動きとなっていた。

 リリィからすれば、付け入る隙があって助かるものの、その圧倒的な防御力を突破できるような攻撃手段がない。


 「はっ」


 ひとまず球体関節部分を狙って剣を叩きつけるも、反動で手が痺れるだけ。

 少し視線を動かせば、魔法の準備をするセラの姿が見えるが、ワイズのように多彩な魔法ではなく、魔力の塊を放つものしか使ってこない。


 「セラ! もしかして他の魔法が使えなかったりする?」

 「……悪い?」


 返答は小声でお互いに距離があったが、リリィのウサギの耳はなんとか聞き分ける。


 「全然。それで今まで上手く冒険者をやれてるならいいと思う!」

 「……子どもに認められてもね」

 「とりあえずガンガン魔法使って! 少しは効果あるから!」


 遠くからではわからないが、至近距離でゴーレムと戦っているリリィはあることに気づいた。

 魔力の塊を放つだけという単純な魔法が、ほんのわずかとはいえ奇妙なゴーレムの表面に傷をつけていることを。

 ワイズの魔法は効いていなかったのに、これはどういうことなのか。

 考えたところで答えは出ないため、一度大きく距離を取り、金属製の手を飛ばしてくるよう動きを誘導する。


 「来たっ」


 正面から迫ってくる手を、曲がり角を利用せずにリリィは壁を蹴って飛び跳ねるように避けた。

 通路の狭さもあって結んだ白い髪の先端をかすめるが、金属製のロープは間近に現れる。

 一瞬とはいえ空中にいるのを利用し、体重を乗せた大振りな一撃を放つ。


 ブツッ


 手にきつい反動が来る硬さだったが、剣の質が良いからか切断することに成功。

 これによりゴーレムは左手を失い、戦闘能力は大きく下がった。

 だが、まだ安心はできない。

 走ることはできる。腕を振るうこともできる。そしてなにより、攻撃を受けて学んだのか、手を飛ばしてくることがなくなった。


 「……わたしか、セラか」


 どっちを狙って動くのか少し見つめていると、ゴーレムはセラの方へと走り出した。

 手を飛ばさない場合、遠距離から一方的に攻撃される。

 それを避けるため魔術師を先に潰すつもりなのだろう。

 ラミアであるセラは、下半身がヘビとなっているため、ウサギのリリィと比べるとあまり機敏に動くことはできない。

 必死に逃げても、ゴーレムは追いついてしまう。


 「くそ、私はまだ、ここでくたばるわけにはいかないのよ」


 腕で殴ってくるという最初の攻撃はギリギリのところで避けた。

 しかし、追撃としての蹴りをお腹に受けてしまい、うめき声をあげながら床に倒れ伏す。


 「うぅ……これだから人形ってのは。人様の腹を蹴るなんてねえ……」


 ゴーレムはトドメとして頭を踏み潰そうとするも、その時リリィが背後から斬りかかる。


 ギン!


 「ほら逃げて」

 「助かるわ……いたたた」


 さすがに弾かれるが、セラが起き上がってその場から離れられる程度には、相手の注意を引きつけることはできた。


 「さすがに疲れる。そろそろ、全員起きてるといいけど」


 気絶した者たちが目を覚ませば、数の差で圧倒できる。

 記憶を辿り、ギルドの職員たちがいる部屋へ向かう。

 ゴーレムへ攻撃をしつつ、自分を狙うよう誘導しながら。


 「リリィ、そいつはなんだ!?」


 かんぬきのあった扉に近づくと、サレナから驚き混じりの問いかけが来る。


 「とりあえず戦う用意! ワイズはこの奇妙なゴーレムにやられた!」

 「なっ……わかった!」


 リリィは手短に答えたあと、一歩間違えれば大怪我をする戦いを続ける。

 金属の手足が、縦に横に振り回され、時には突いてくることも。

 それらのすべてを危ういところで避け続けるリリィだが、体力の限界は少しずつ迫ってくる。


 「足が、きつくなってきた……」


 ただ走るだけならそこまで疲れない。

 だが、避けたり跳んだりといった緩急のある動きは、足への負担が大きい。

 相手の攻撃が、白い髪の毛をかすめることが増えるようになると、自分の命を優先する考えが浮かび始めた。

 ここで逃げれば、他の誰かが死ぬ可能性が出てくるが、それでも自分の命には替えられない。

 リリィ自身の冷酷な部分が、他者を犠牲にしてでも自らを優先するように囁く。


 「……あとは任せるか」


 決断は早かった。

 一気に走ると、ゴーレムは追いかけてくるが、どんどん距離は離れていく。

 曲がり角をいくつか通れば、相手は自分のことを見失う。

 その時だった。

 扉が開くと、大勢が現れる。

 一時的に雇ったエクトルやジョスのような冒険者、そしてギルドの職員たちが。


 「皆、心してかかれ。片手がないとはいえ、相手は金属の塊」


 ギルドの職員を中心とした部隊が、ゴーレムを相手にしている間、サレナはリリィのところへやって来る。


 「待たせた」

 「遅い。もう少し早くしてほしかった」

 「仕方ない。気絶していた者たちが目を覚ましても、体力の回復とかが必要だったから」

 「ふう……疲れたし、あとは任せたい」

 「気を抜くには早いぞ。……あれを見ろ」


 さすがに、実力ある大人が複数もいると、戦闘能力の落ちたゴーレムを追い込むことは造作もない。

 ダンジョン最下層にいるギルドの職員ともなれば、普通の冒険者よりはよっぽど強いため、少しずつだが確実に損傷を与えていた。

 だが、一矢報いるつもりか、金属製の奇妙なゴーレムは、なりふり構わずリリィを目指して走る。


 「来るぞ!」

 「……サレナは下がってて。剣の方が壊れるよ」

 「わかった」


 迫りくるゴーレムは、所々が壊れており、特に関節部分は強い負荷がかかっているのか、目に見えるひび割れが存在する。

 リリィは深呼吸すると、ゴーレムが振り下ろす腕を避け、ひび割れた膝を狙って剣を叩きつけた。

 すると自らの重さに耐えられなくなって膝は砕け散り、ゴーレムは大きな音を立てて倒れ込む。


 「これで、終われ」


 背中にもひび割れがあった。

 セラに何度も魔法を当てられたのか、一ヶ所だけ変色しているところがあるため、リリィはそこへ剣を突き刺した。

 最初は先端が少しだけ。

 体重をかけると、じわじわと深く刺さっていく。


 パリン……


 何か小さなものが砕ける感触が、柄を握る手に伝わったあと、厄介なゴーレムは動かなくなった。

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