第24話 “向こう側”から現れた存在
まず、光の膜から腕が現れた。
金属特有の光沢と球体関節を持つその腕は、なんらかの金属で形作られている。
「金属製のゴーレム……?」
続いて足も現れた。
金属製の頑丈な作りは腕と同じ。
そして最後は胴体と頭。
人間に似せながらも、だいぶ簡略化された外見。
それはまるで、すべてが金属で作られた人形。
「私ね、ヴァースの町に来る前に大きい都市とかにいたのよ。そこでデッサン人形ってのを見かけたことがあるけど、あれに似てる」
セラはそう言うと杖を握り、いつでも魔法を放てるように備える。
ダンジョンの最下層は異なる空間に繋がり、そこから謎の存在がやって来てしまう。
これはさすがのワイズも予想外なようで、もはやリリィたちと戦闘をしている場合ではなくなっていた。
「ダンジョンというのは、存外秘密が多いようだ。ゲートで繋がった瞬間、何かが送り込まれてくるとは。調査したいものだが、さて」
「調査とか言ってる場合じゃない」
ズシン……ズシン……
重い足が石畳を砕く。
足は土に沈むが、すぐさま引き抜き、次の一歩を踏み出す。
一定の判断能力があるようで、深く沈む時はあえて一歩下がったりする。
そんな金属製の奇妙なゴーレムは、リリィたちを見た。
頭部に顔らしきものはないが、確かに見ている。
「……あのゴーレムの目的は」
「知るわけないでしょ」
「我々を調査、しているのかもしれない」
リリィの疑問に対し、セラは切って捨てたが、ワイズは少しずつ警戒を強めながら呟いた。
相手の動きはゆっくり、しかし着実に近づいてきている。
獣人、ラミア、人間、今ここにいるのはそれだけ。
異なる種族を見ているわけだが、その次の行動はどういうものになるのか。
ギギギギ……
その答えはすぐ明らかとなった。
軋む音を出しながら、先程よりもだいぶ動きが軽快になった金属製のゴーレムは、なんと手を飛ばしてくる。
腕と手は金属製のロープで繋がっているため、飛ばしたあとに戻すこともできるようだ。
つまり何度も飛ばせるため、離れていても安心はできない。
「やばい、隠れないと」
「こっちよ!」
曲がり角を利用して隠れるリリィとセラ。
位置的に近いからこそできたわけだが、ワイズは距離が離れていたため、隠れることができる場所はない。
だからなのか、正面から魔法によって迎え撃つ。
まずは地面から壁を出現させ、下側から壁を生やし、飛んでくる手を天井へと打ち上げた。
「生け捕りにする、か。明確に人の意志が関わっているのだな。ならば、これが破壊された時、向こう側にいる者の新たな動きを引き出すことできる……!」
ダンジョンの研究をしていたワイズからすれば、危機的な状況だがむしろ好機でもあった。
ダンジョンを作り出した者が関わっているかもしれない奇妙なゴーレム。
それが破壊された時、どんな行動があるのか。
魔力を温存するようなことはせず、次々と魔法が放たれていく。
「……凄まじいね。セラよりも」
「引き合いに出されても困るわ。あっちは数十歳の老人、私は二十二歳という若者だから」
年齢の差からくる実力の違いをセラは語る。
「二十二歳にしてはどうなのかと思う行動が、ちょくちょくあった気がするけど」
「……それより向こうの戦闘に動きがありそうよ」
連続して放たれる魔法により、一時的にゴーレムは見えなくなっていたからか、ワイズは攻撃を中断して土煙の向こうを見つめる。
土煙が晴れると、そこには無傷なゴーレムが立っており、再び手を飛ばしてくる。
その勢いは先程よりも強力で、魔法によって軌道を逸らすことができないほど。
ワイズは弾こうと杖を振るうが、間に合わない。
金属の手が足を掴み、そのまま引きずられると、次の瞬間、彼の身体は何度も振り回されて壁や床に叩きつけられていく。
鈍い音が響き、所々に赤い染みが残る。
「ぐっ……魔法が効かない、とは」
これにより、ワイズはぐったりとしたまま動かなくなった。かろうじて息はあるが、もはや戦闘は不可能。
ギルドの職員たち、雇われ冒険者であるエクトルやジョス。
彼らの苦戦はなんだったのかと思えるくらい、あっさりと決着はついた。
すると、ゴーレムはリリィたちが隠れた曲がり角へ顔を向けると、ワイズをその辺に放り捨てて歩き始める。
「……次はわたしたちみたい」
「魔法は効かず、物理攻撃も意味がなさそう。どうしたものかしら」
「とりあえず、捕まらないように動こう。ワイズとゴーレムが相討ちしてくれたらよかったけど」
ゴーレムの動きは割と緩慢であり、少し早歩きするだけで距離を取れるが、それだけではなんの解決にもならない。
動きを封じるか、破壊するか、どうにか無力化する必要がある。
「ロープ張って転ばせることとかできると思う?」
「素早いならともかく、向こうの動きがゆっくりだから無理」
「なら、あれを試そう。セラ、わたしが攻撃したあと引っ張って」
「効果あるといいけれども」
リリィは辺りに転がっている石ころを拾うと、道具を使って振り回し始めた。
距離があると精度が落ちて威力も下がるため、ある程度引きつける必要があり、ゴーレムが立ち止まって手を飛ばしてきた瞬間に投石を行う。
カツン
命中した音が聞こえてくるものの、特に効いているようには見えない。
物陰に隠れて、飛んでくる手をやり過ごしたあと、話し合いが始まる。
「魔法を防ぐ金属ってところかな」
「攻撃する前からわかってたでしょうに」
「あのゴーレムは他の誰かに任せるとして、同じようのがまた来ないとも限らないから、ゲートの方をなんとかしようと思う」
「その方がまだマシか。で、あのゴーレムを引きつける役は誰が?」
「セラで」
リリィがそう言った瞬間、ラミアであるセラの尻尾が胴体に巻きつく。
今は力が入っていないが、強く締め上げれば骨の一つや二つ折ってしまえるだろう。
「理由を聞かせてちょうだい。答え次第では、痛めつけるから」
「曲がり角からコソコソ攻撃を仕掛けてほしい。わたしが投石をするのは隙が大きいし」
「……怪我したら治療費をもらいたいわ」
「良いよ。高い薬のお金は払う」
団長の財布から出せばいいし。
その言葉は心の中に留まり、口に出ることはなかった。
「はぁ……やれやれね。ここは私に任せて早く行きなさい」
リリィはセラと別れ、ダンジョン最下層の地図を見ながら移動していく。
ゴーレムに少しでも見られると意図を気づかれるかもしれないため、やや遠回りな形でゲートのある場所へ。
「確かこの辺りに……あった」
通路の真ん中に存在するゲート。
砕けたコアの欠片が扉のような枠を作り、その内側に光の膜が発生している。
今はまだ、新たな存在が現れる気配はないが、ずっと来ないというのはあり得ない。
その前にゲートをなんとかする必要があるが、どうすればいいのか検討もつかない。
「うーん……取ってみよう」
そこでリリィは、枠となっている欠片のうち、大きなものを取ってしまおうとする。
まず、指先で触れてみて大丈夫なのを確認したあと、緩やかに動いている欠片を掴む。
素手だと肌が傷つくかもしれないので、被っていたスカーフを外して手袋代わりに使う。
パチッ……バチバチ……
引っ張っていくほど小さな火花が散っていき、何か引っ張り返す力が働いているのか、なかなか取れない。
とはいえ、時間がかかりながらもまずは一つ引き剥がすことができた。
するとゲートに変化が起こる。
光の膜が薄くなったのだ。
「あとは、このまま……」
仕組みはわからないが、とりあえずゲートからコアの欠片を取り除けば無効化できる。
その考えから、リリィは少しずつ欠片を引き剥がし、離れたところに集めた。
全体の三割ほどが枠となっている部分から失われると、光の膜は揺らぎ、薄れていき、最終的には残る欠片が床に落ちてゲートは消滅した。
「よしっ」
これで厄介な存在が来ることはない。
奇妙なゴーレムへの対処だけで済む。
スカーフを被り直し、喜ぶリリィだったが、すぐにそれどころではなくなる。
ゲートに異常が起きたことを理解したのか、ゴーレムがやって来る。
しかし、先程までのゆっくりとした動きではない。まるで人間が走るように滑らかで素早い。
金属の塊が地を蹴って、重苦しい音と振動を響かせながら迫ってくる光景は、悪夢と言っても過言ではない。
「……ワイズは、生け捕りがどうとか言ってた。つまりここからが本番か」
今まではこちらを殺さないよう手加減をしていた。
ゆっくりとした動き、手を飛ばすだけの単調な攻撃は、それゆえにだろう。
その手加減が失われた相手にどう戦うか。
オーウェンから貰ったそこそこ高級な剣を引き抜き、リリィは後退しながら構えると、相手の動きを見つめる。
激しく軋む音を立てながら、ゴーレムは一直線に突っ込んできた。
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