第23話 最下層での問答

 ヴァースの町のダンジョン。

 その最下層たる地下十階は、戦場となっていた。


 「せいっ」

 「おっと、危ない危ない」


 サレナが相手の注意を引き、リリィは横合いから道具を使った投石を行う。

 しかし、ワイズはわずかに体を動かして回避すると、即座に反撃としての魔法を放つ。

 リリィは曲がり角を利用することで身を隠し、また別の場所から投石を仕掛ける。

 お互いに有効な一撃を当てられないまま、時間だけが過ぎていく。

 コアを失ったダンジョンは、モンスターや宝箱が消え失せ、少しずつ崩壊していくが、それでも生き埋めになるまで数時間の猶予はある。


 「くだらない追いかけっこは終わりにしたいのだがね」

 「わたしたちを無視して地上に行けばいい」

 「実際にそうしたら、白ウサギの君は、素早い動きで背後から刺しに来るのではないかな?」

 「……早く出ないと、武装したギルドの職員とかが降りてくるよ」

 「まだまだかかるとも。個人的には、さっさとダンジョンが崩壊してくれた方が楽になる」


 ワイズは強いが、素早さという部分では一般人の範囲に留まっている。

 だからこそ、リリィとサレナはかろうじて対抗できている。

 ウサギの獣人は身軽で素早い。

 それ以外は普通の人間とあまり変わらないものの。


 「リリィ、これじゃ埒が明かないぞ」

 「どうしようか」


 相手は、逃げずに面倒な追いかけっこに付き合っている。

 時間が経てば経つほど、意識を失っているギルドの職員やエクトルとジョスといった冒険者が目を覚ますというのに。

 これは何かあるのではないかと考えるも、答えは出ない。


 「……あたしが起こしてくる。お前は、あいつを上手く足止めしろ」

 「それぐらいしかないか」


 二人だけではきつい。なら人数を増やせばいい。

 というわけで、途中からサレナは離脱し、リリィだけでワイズの相手をする。


 「聞きたいことがある」

 「なんだね」

 「ダンジョンについて」

 「ふむ……」


 ダンジョンの研究をしている人物に対し、ダンジョンについて尋ねると、少しばかり戦闘の気配は遠ざかる。

 そこでリリィは質問をしていく。


 「今回わかったことを教えて。野良ダンジョンで初めて会った時は、人為的に生み出されていると言ってたけど」

 「君の時間稼ぎに付き合おう。新たにわかったのは、個人ではダンジョンを生み出すのは不可能ということ。同じ目的を持った集団か組織でないと」

 「……なら、どこの誰が」

 「それがわかれば苦労しない」


 ダンジョンは、どこかの集団や組織が人為的に生み出している。

 それはリリィにとって、少しばかり考え込むには十分過ぎる内容。

 だが、今は戦闘の最中。

 ワイズから意識を逸らすのは危険なので、すぐに向き直る。


 「追加の質問」

 「いいとも。話してみなさい」

 「もし、あなたに協力する者がいたら、ダンジョンを作れる?」

 「……作れない。地下にそれらしい空間を作ることはできるが、モンスターや宝箱をどうやって出現させるかという問題が残っている」


 地下に施設を作ったところで、冒険者が求める稼げるダンジョンにはならない。


 「わたしの知り合いが言ってたけど、ダンジョンはなんだか潜らされてる気がするって」

 「ほう? 続きを聞きたい」


 リリィの話にワイズは興味が湧いたのか、戦う気配が一時的に消える。

 油断ならないが、話している間は安全と考えていい。


 「宝箱で冒険者を誘い込み、ダンジョンを介して地上に宝箱の中身を運ばせているとかなんとか。花の蜜を吸う虫とか鳥に花粉がついてたりするけど、それに似てるらしい」

 「……言われると、なかなか気になってくる。しかし、そうなると疑問が出てくる。なぜ、宝箱の中身を地上に運ばせるのか」

 「魔法の触媒をあちこちを広める、とか? 大がかりな魔法を使う時は、そういう触媒がいるというのは聞いたことがある」


 リリィがそう言うと、ワイズは少し険しい表情になり、懐から大きな宝石を取り出す。

 それはヴァースのダンジョンコア。

 大きさは野良ダンジョンで見かけたのと変わりないが、色は黒く濁っている。


 「え、その色は……」

 「コアには大量の魔力が蓄えられている。実験のために少々手を加えているので、こうなっている。だが、君が話したことを考えると、実験を中断した方がいいのかもしれない」

 「いったい何を?」

 「ワープやテレポートといった移動用の魔法があるが、その仕組みを利用し、コアを送り込んだだろう誰かの元に向かうことができないか試している。今発動しようとしているのはゲートという魔法だ。目的地に行って終わりではなく、行って戻ることもできるように。濁っているのは、魔力が減っているからだ」


 驚くべき実験内容に、リリィは無言で後ろに何歩か下がる。

 あまりにも恐ろしいのと、何かあっても巻き添えを受けないように。


 「……まさか、今までダンジョンから出なかったのって」

 「地上では何が起こるかわからない。その点、崩壊の進むダンジョンなら人がほとんどいないので邪魔が入らない。そう思っていたのだが、君たちという邪魔が現れた」


 面倒そうにワイズは言うが、敵意は感じられない。今のところは。


 「それで、実験はどこまで進んでるの?」

 「あともう少し……そこに隠れている者、出てこい」


 会話の途中、ワイズは鋭い視線を通路の一角に向ける。

 リリィも釣られて視線を動かすと、曲がり角らしきところから見え隠れするのは、紫がかった色のヘビの尻尾。

 それはどこかで見覚えがある尻尾。

 少しばかりリリィが記憶の中から探し出すと、思わず声が出そうになったが我慢した。

 なぜだかは知らないが、ラミアのセラが地下の最下層にいる。


 「やれやれね。こっそり様子を見ていたのに気づかれるなんて」


 本人が出てきたため、答え合わせはすぐに済む。

 地上にいる時よりもやや薄汚れているが、確かにセラだった。


 「体を隠しても尻尾が隠れていない」

 「ラミアってね、尻尾含めると図体がでかいのなんの。自分でも持て余すくらいなのよ」

 「ええと……なんでセラは最下層に?」


 それは当然といえば当然の疑問。

 野良ダンジョンでワイズと戦ったあと、しばらくギルドに顔を出さないとセラは言った。

 どうしてなのかリリィが質問すると、ため息混じりに答えが返ってくる。


 「町の中よりも、ダンジョンの方が隠れるにはうってつけだから」

 「食事とかは」

 「食べれるモンスターを仕留めて、解体して、調理してた」


 各種料理道具が詰まった袋を持ち上げてみせたあと、セラは顔をしかめる。


 「今は、私のことよりも大事なことがあるでしょ。黒くなったコアについて」

 「そうだった」


 ワイズの方を見ると、彼はダンジョンのコアを床に置いて、杖を叩きつけようとしていた。

 リリィは慌てて止めに入る。


 「ちょっと待った! 壊すのはやめて」

 「そうする以外、止める方法がない。かなり遠いところと繋げるため、膨大な魔力が使用された。横から手を加えた場合、どのようなことが起こるかわからない。破壊すれば、魔力が周囲に溢れるだけで済む。濃密過ぎる魔力に酔ってしまうとはいえ」

 「……ダンジョンが消えたら、わたしや町の人たちが困る」

 「なら、力ずくで止めるかね? 野良ダンジョンの時のように。安心したまえ、町への被害はそこまでではない」


 あの時のように狭い部屋ではない。

 ダンジョンの入り組んだ通路であり、立っている位置は離れている。

 近づく間に魔法による一撃を受けてしまうだろう。そうなれば足が止まり、追撃を受けて倒れるだけ。

 厄介な状況のため、リリィは答えることができず、固まっていた。


 「リリィ、いや、おちびちゃん。面倒事から逃げるのも一つの選択よ」

 「でも……」

 「あのワイズって爺さんが全部悪い。私たちは悪くない。それを周囲に言いまくればいい」

 「まあ……確かに」


 自信満々にセラは言う。

 リリィもそれに同調しようと時、コアが発光し始めた。

 強い光と弱い光を交互に発したあと、ひびが入って砕け散る。

 砕けた欠片は浮かび上がり、扉の枠を形作ると、その内側には光の膜が生まれた。


 「どうやら、無駄なお喋りをしている間にゲートという魔法が発動したようだ」

 「こ、コアが、砕けた」

 「過ぎたことは仕方ないわ。こうなったらさっさと逃げる」

 「いや、待って、向こうから何か出てきて……」


 ゲートという魔法は、効果が発動している間、二つの空間を自由に行き来できるようにするもの。

 こちらから向こうだけでなく、向こうからこちらへ移動することもできる。

 それゆえに、繋がった先の空間から謎の存在がやって来ようとしていた。

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