第22話 大人たちの戦い
最初に見えるのは、内部で倒れているギルドの職員たち。
見張りをしている時、何者かが襲撃してきたのだろう。
これはジョスが怪我を治す魔法を使用することで、一人だけ意識を取り戻させることに成功した。
他の者たちは、未だに意識を失ったまま。
「うぅ……君たちは、冒険者か」
「何があったんですか?」
「ダンジョンが……揺れている。くっ、コアが取られたか……急いで止めねば」
「待つんだ。そんなにフラフラじゃ、むしろ足手まといだ」
妖精のジョスがさらに追加で魔法を使用すると、職員はなんとか自力で立ち上がれるようになった。
「回復魔法……高位の魔術師とお見受けする。どうか手を貸してほしい」
「……回復魔法って凄いの?」
「……リーダーさん、今聞くのはちょっと空気読めてないよ。まあ、傷つけるのは簡単だけど、治すのは難しいとだけ覚えてくれれば」
回復魔法は、希少な能力。
使えるだけで単純に凄いわけだ。
ただし、今は詳しく話している場合ではないということで、すぐに本題へと戻る。
「いったい誰に襲われたんですか?」
「賞金首のワイズ。奴は、我々をあっという間に蹴散らすと、奥に……ぐっ」
完全には治っていないようで、職員は苦しみながら近くの壁へ寄りかかった。
職員が示す先には、短い通路と仕切りとしてのカーテンが存在する。その奥にコアがあるのだろう。
だが、そこには襲撃したワイズもいるはず。軽率に進むことはできない。
「王都に行ったと聞いたのだがな。まあいい。獲物を探す手間が省けた。ジョス、行くぞ」
「はいよ。リーダーさんたちの実力はわからないけど、ここからは大人の時間だ。子どもは見物するといい」
元々、賞金首を追い求めていた二人。
自分たちの強さにかなりの自信があるようで、警戒しながらも仕切りの奥へ進んでいく。
「……勝てると思う?」
「……あたしに聞かれても困る。あの冒険者たちのことは知らない。というか、あの二人が勝てなかった場合は、あたしたちが戦うことになるわけだが」
「とはいえ、援護は難しいし」
「口惜しいが、勝利を願うしかない。あるいは、あたしたちでも対抗できるくらい相手を弱らせてくれるなら、まだやりようはあるが」
不安が募る中、リリィとサレナは耳を澄ませた。奥から聞こえ始める戦闘音に、心臓が高鳴る。
「賞金首! おとなしく捕まれ! お前には金貨五千枚の価値がある!」
「ははは、ずいぶんと高いな。君たちは気にならないかね? どうして、この老いぼれに金貨五千枚もの懸賞金がかけられているのか」
「聞きたくないね。結局のところ、どっちが倒れるかという話でしかない」
「それもそうだ。しかし……君たち程度で倒せるかな?」
ワイズは挑発的な笑みを浮かべて煽るものの、熟練の冒険者たる二人は動じないため、効果がないようだ。
エクトルは強靭な肉体によってメイスを振るい、ジョスは後方支援として魔法で相手の攻撃を防ぐ。
だが、牽制のために放った火球は、ワイズの火球に呑み込まれ、消え去ってしまう。
「ちっ……あーあ、嫌だねえ。相手が自分より魔法の実力で上回ってるのは」
「言ってる場合か」
ガギン!
筋骨隆々としたリザードの振るう一撃を、老いた人間が受け止める。
それも余裕を残したまま。
「……サレナはあれ防げる?」
「……体重の差からそのまま壁に叩きつけられるな」
異常な状況に、戦いを見ていたリリィたちは驚くが、自分たちに注意が向いても困るため声を抑える。
「ワイズ。お前は、何者だ」
「ダンジョンの研究に人生を捧げた、しがない人間だよ」
「老いは、力を弱める。普通なら俺の一撃を受け止められない。ましてや杖などでは」
ガン!
金属製のメイスと木製の杖。
普通なら金属が勝つはずだが、折れることはない。
「この杖は高級品でね。まあそんな冗談は置いておこう。ゴーレムを作る技を応用すれば、普通の杖でも頑丈な武器となる」
「だとしても、お前自身の肉体はどうなっている!」
重く、頑丈なメイス。
それを受け止めようとしたところで、ほとんどの者は吹き飛ばされるだけ。
なのにワイズという老人は踏み留まっている。
「少しばかりダンジョンの研究に進展があったからだよ。おかげで老いによって弱った肉体でも、君のような鍛えられた者と戦うことができる」
「ここのコアを手に入れたからか」
「ああ。ダンジョンごとにコアの違いがある。長く攻略されていないものほど、より大量の魔力を蓄えた品質の良いコアが手に入る」
「ふん、ずいぶんお喋りだな」
「ははは、単独行動ばかりで、なかなか他人と話す機会がない。これでも人恋しい普通の人間なのだよ」
「羽虫、あいつはコアの膨大な魔力を使い、独自に編み出した魔法を代償なしに使っている」
「なるほどね。強さの仕組みは理解した」
会話している間に、エクトルは立つ位置を少し変えてからさらなる攻撃を仕掛けるも、ワイズは徹底して防御に回り、それを防ぎ切る。
こうなると状況を変えられるのはジョスしかいないが、彼の魔法も相殺され、決定打には至らない。
「ワイズ。あなたに言いたいことがある」
「何かな? 小さな妖精よ」
「コアを取り返すのは諦めた。死ね」
ズズン……
突然、辺りは大きく揺れた。
揺れは強烈で、こっそり見物していたリリィとサレナが尻餅をつくほどだった。
石造りな壁はひび割れ、天井からは瓦礫が落ちてくる。
「な、なになに?」
「リリィ、あそこを」
サレナが示した先には、大量の土砂に埋もれていくワイズの姿があった。
ジョスがダンジョンの一部を崩落させ、圧倒的な質量で押し潰そうとしているのだ。
その強大な魔法の反動からかジョスは無防備になっていたが、エクトルが自らの肉体を盾にして守っている。
やがてワイズの姿が見えなくなると、崩落は止まった。
「エクトル、奴にトドメを刺す。下がれ」
「ああ」
次の瞬間、周囲の土砂から槍が生成され、ワイズが埋まっているだろう部分を次々と串刺しにしていく。
一度ではなく何度も。
槍に赤い血がついているのを確認すると、ジョスはようやく魔法を止めた。
「原型が残っているといいが」
「うるさい。僕より魔法で上回る者は存在すべきじゃない」
「……長く生きているというのに、そういう部分はまだなくならないか」
「ふん、死体でも金貨五千枚だ。さっさと掘り起こそう」
懸賞金を貰うには、生死を問わず賞金首を引き渡す必要がある。
そのためには死体が必要であるため、二人は土砂を少しずつ移動させていく。
そして血に染まったワイズのローブが出てくると、大金への期待からか作業は速くなる。
「もう少しだな」
「コアは壊れたかもしれないけど、不可抗力ってやつだね」
「住民からの敵意が向く前に出ていきたいが……」
会話は途中で止まってしまう。
死んでいるはずのワイズの肉体が、少し動いたせいで。
一瞬、二人は固まるものの、すぐさま念入りにトドメを刺そうと行動する。
だが、あともう少しというところで間に合わない。
突如、稲妻が二人の体を走り、すぐには行動できないほどのダメージを与える。青白い光が貫いたのだ。
続けざまに、風の力で形成された不可視の拳が二人を打ち据えた。吹き飛び、鈍い音と共に壁へ叩きつけられる。
「うそ、だろ……あれだけやられて、生きてるとか」
「ぐっ……ぬうぅぅ」
「……油断大敵というものだ。いや、もう少しで死ぬところではあったよ。命のストックにも限界はある」
「禁術……か。だから、金貨五千枚もの懸賞金が……」
土砂の中に埋まっていたワイズは、苦しそうにしつつも這い出てくる。
倒れている二人を見下ろすと、追撃として何度も雷撃を放ち、完全に気絶したのを確認してから仕切りのある方へ顔を向けた。
「……見物人たるウサギの子らよ。君たちはどういう選択をする? 戦うか、逃げるか」
慌てて隠れるリリィとサレナだったが、しっかりと姿を見られており、その存在を把握されていた。
無視することはできない。向こうから来てしまう。
だが、どのような選択をするべきなのか?
「……サレナ」
「あいつを止めないといけない。ろくでもない記憶は多いが、この町は生まれ育った場所なんだ」
「そっか。わたしとしてもダンジョンがなくなるのは困る。ただ、正面からやりあうの怖いから、逃げながら戦う方向で」
「に、逃げながら戦う……。いや、正面からよりはマシか」
白黒ウサギの二人は顔を見合わせると、戦う決意を固め、ひとまず部屋を出る。
「負傷者はどうする」
「置いていく。あの二人も含めて、全員気絶だけで済んでる」
「殺さずに済ませることで、本腰を入れて追われないようにしてるのか」
リリィは、ワイズが他人の命を取らないことを見逃さずにいた。
殺さないのは、優しさというよりも合理性からきているのだろう。
「あとは、ダンジョンを脱出する魔法が使えないみたいだから」
「魔法自体を覚えてないか、覚えていても使ったあとに到着する場所を警戒して使わないのか。どちらにせよ、あたしたちには都合がいい」
ワイズが扉を開けて通路に出てくると、二人はすぐさま曲がり角に隠れた。
正面から戦っても勝ち目は薄い。なにせ相手は魔法という厄介な攻撃手段を持っている。
そこで嫌がらせに徹して隙を作り出すことを優先した。
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