第21話 依頼を受ける側から出す側へ
まだ日が昇らないうちにダンジョンに潜る冒険者の姿があった。
それは白ウサギのリリィと黒ウサギのサレナ。
二人は、表立って話せないことを話し合うため、わざわざダンジョンに潜り、モンスターと遭遇しない小部屋で密談をしていた。
「ふぁ……眠い。宿屋で話すんじゃダメなの?」
「安宿は壁が薄い」
「それは、そうだけど……ところでパーティーメンバーはどうする? 最下層に行って様子を見てくるだけとはいえ、何回かはモンスターと戦うことになるよね」
自警団、というよりは団長のオーウェンから任された今回の依頼。
それは、ヴァースの町にあるダンジョンの最下層まで向かい、色々と見てくること。
戦闘が目的ではないとはいえ、一度も戦闘せずに進み続けることは難しい。
最低限の実力を持つ者をパーティーメンバーとして集めたいところだが、手頃な人物がいないという問題があった。
「事情を説明せずに潜ってくれる人はいないし、事情を説明しても大丈夫そうな人は一人いるけど、行方不明なんだよね。サレナは誰か誘える人いる?」
「……いない。そもそもあたしは自警団の団員で、冒険者としてはほとんど活動していない」
早々に行き詰まってしまう二人。
一応、自分たちだけで潜ることもできなくはないが、安全面を考えるとパーティーメンバーは多い方がいい。
一度ダンジョンからギルドに戻ると、リリィは立ち止まり、受付と木のボードを交互に見て何かを考え始める。
「どうした?」
「そういえば、レーアが依頼出してたなって。わたしたちも依頼出すのはどう?」
依頼は誰でも出すことができる。
ただし、報酬を用意できるならという言葉がつく。
ギルドを挟まない依頼を成功させるために、いっそギルドを利用してしまおうというわけだ。
「ダンジョンに潜るお手伝いを募集。そんな感じか」
「そうそう。報酬は……あとで団長に肩代わりしてもらおう」
「団長の財布には余裕があるからな。子どもに無茶なことを求める代価としてはちょうどいいと思う」
団員であるサレナが、オーウェンの懐事情を暴露したことで、このあとの行動は決定した。
リリィ・スウィフトフットの名前で、ダンジョンの最下層まで同行してほしいという依頼が用意される。報酬は、一人辺り金貨二枚。上限は四人。
戦闘はなるべく避けるという注意書きも付け加える。
報酬の金貨の出所は、オウルベアを丸々一頭売ったお金。
「どれくらい集まるかな?」
「一人か、二人。お金がすぐに必要な者、あついはよっぽどの物好きぐらい。集まらなかったら、あたしたちだけで行くぞ」
あまり期待はしてないのか、サレナは装備や体の調子を確認し、潜ることに備えていた。
だが意外なことに、依頼を出してから数分もすると冒険者パーティーがやって来る。
「むっ、この前の白黒ウサギたちか」
「こらトカゲ野郎。向こうは依頼主。こっちは受ける側」
「あなたたちは……」
現れた冒険者は、リリィにとって見覚えのある者たちだった。
レーアからオウルベア討伐の依頼を出される前にギルドで見かけた、報酬でやや揉めているリザードと妖精の二人組。
外部から来た冒険者ということで実力は不明だが、賞金首のワイズを追っているようなのである程度は期待できる。
「……金のある子どもだ。しっかり僕たちの価値を売り込めよ。次の仕事も期待できるかもしれない」
「う、うむ……」
二人組の片割れである妖精は、仲間のリザードに対して囁く。
そのせいか、リザードの方はややギクシャクとした自己紹介となる。
「あー、依頼主のお二方に名乗ろう。自分はエクトル。戦闘では前衛を担当する。武器はメイスと己の肉体だ」
「うちのガサツな相方がすまないね、依頼主さん。僕はジョス。戦闘では後方から魔法で援護する」
冒険者の二人は、名前と大まかな戦闘時の行動を語った。
なんとも説明的だが、よく知らない相手に自分たちの価値を手短に知らしめるという意味では成功している。
とにかくお金が必要であるらしく、金貨二枚という部分を見て受けることを決めたという。
一時的に四人のパーティーとなったわけだが、誰がリーダーになるかについてはリリィに決まる。
サレナが辞退したのと、依頼を受けた側であるエクトルとジョスもリーダーにはなろうとしなかったからだ。
「リーダー。最下層までの方針は?」
「できる限り戦闘を避けて、消耗を抑える」
「自分には苦手なことであるが、従おう。もし戦闘になった時は任せてもらいたい」
リザードであるエクトル。
彼はかなり大柄で、太い尻尾もあることから、隠れることには不向きなのが一目で理解できる。
その代わり、鍛え上げられた肉体や鱗のある肌は、戦闘ではだいぶ頼りになるだろう。
「リーダーさん、安心してほしい。戦闘を避けることの重要性は理解している。僕が魔法でエクトルを上手く隠れさせるよ」
妖精であるジョス。
彼は大人の手のひらに乗るくらい小さいが、それゆえに豊かな知識を持ち、魔法に関しても並々ならぬ実力があるようだ。
探索と戦闘の双方で頼りになるわけだが、そんな彼だからこそ、道中でリリィに質問をした。
「既に地下四階。冒険者はあまりいないから、今のうちに聞きたいことがある」
「どうして最下層に向かうのか、でしょ」
「そう。君たちは見たところ子どもだ。なぜそこまで急ぐ? 依頼で人を集めてまで」
「一度、行ってみたい。それだけじゃダメ?,」
「……いいや。出過ぎた真似をした。これ以上は聞かないよ。金貨二枚は余計なことを聞くなという意味もあるんだろ。僕たちは、依頼人の意向に合わせるとも」
「だが、気になるものは気になるが」
「トカゲ野郎、今は依頼の最中で依頼人が目の前にいるんだぞ。少しその口閉じてろ」
リリィはあくまでもすっとぼける。
少々無理のある理由だが、ジョスはあっさりと引き下がるも、エクトルは疑問を口にしてしまい、魔法によるものか物理的に口を閉じられてしまう。
「……んぐぐぐぐ」
「いや、申し訳ない。そちらの事情に深入りする気はないよ」
気になることはあるが、報酬である金貨の方が大事。そういう態度を隠さない。
露骨過ぎるが、各地を巡る冒険者としての経験から来るある種の処世術なのだろう。
地下五階までは、モンスターが弱いこともあって戦闘を気にすることなく進めた。
しかし、地下六階からは慎重になる。
軽く蹴散らせるモンスターは減り、まともに戦うだけでかなり消耗する相手が出てくるからだ。
「提案があるけどいいかな」
「どんな?」
「ランタンの火を消してほしい。代わりに、魔法で明るさを確保する」
「なら、それで」
複数のランタンの火が消え、代わりに現れるのは空中を漂う光の粒。
強い光を放ったりはしないが、広い範囲を照らしていて視界は確保されているため、暗闇から奇襲を受けることはない。
「……待った。進行方向にモンスターがいる」
曲がり角の先をこっそり確認していたサレナは、腕を軽く振って知らせた。
「サイクロプスか。僕に任せてほしい。ああいう図体だけ大きくて頭スカスカなのを誘導するのは得意でね」
妖精のジョスは、光の粒を動かしてサイクロプスの周囲に集めていく。
すると、これまで光の粒にそこまで意識を向けないでいたサイクロプスは、興味深そうに手を伸ばすが、触れる直前、粒の集まりは距離を取って避ける。
「グガ……」
あとはもう、光の粒が集まったものを追いかけ、どこかへ移動していく後ろ姿だけが存在した。
その後もモンスターが邪魔な場面はあったが、ジョスが魔法によって上手くやり過ごすことで、当初の想定よりも戦闘の回数は大きく減った。
「便利で助かります」
「魔法は、戦うだけがすべてじゃない。こういう探索の補助にこそ真価を発揮する。ま、だから冒険者なんていう微妙な仕事より、もっと稼げて地位のある仕事を選ぶ者ばかりだけども」
戦闘を避け続けることで、そこまで疲れることなく地下十階にまで到達する。
今のところ、ヴァースの町のダンジョンは地下十階が最下層。
とはいえ、やはり町と同じくらいに広い階層を歩き回る必要があったが。
到達して終わりではない。オーウェンへの報告のため、大まかな様子を確認しないといけない。
「うむ。お目当ての階層に到着した。リーダー、次の行動は?」
「ひとまず、軽く見て回る」
「了解した」
地図には、これといって特別そうな部屋がある部分は記されていない。
自ら歩き回って探すしかないわけだ。
こそこそと隠れながら進むのは、まどろっこしいが、戦いで疲れたりしないため長く行動できる。
一時間ほどかけ、地図の四割ほどを歩くと、奇妙なものを発見する。
それは大きなヘビの抜け殻。
「これって……」
「モンスターか? 気をつけないといけない」
「いやいや、依頼人さんたちは初めて見るんだろうけど、これはラミアが脱皮したものだよ」
妖精は飛べるからか、ジョスは間近で確認しつつそう言った。
「ちなみに、リザードである自分も脱皮するのだが、その時に出てくる抜け殻の処理に困ることがある。手っ取り早いのはダンジョンで燃やすことだ。それすらも面倒だから、ここにこのまま放置してあるのだろう」
ラミアという種族は、下半身がヘビなことから、そこだけ脱皮することがあるというのを、経験豊富な冒険者二人は語った。
ついでにリザードについても知識を得た。
大きな脱け殻について心配しなくて済むため、探索は再開される。
「そういえばなんで最下層に抜け殻が?」
「ギルドの職員にもラミアはいるし、その辺りだと思う」
さらに一時間以上をかけて、モンスターを避けながら探索し続けると、ようやくお目当ての場所を発見する。
「これは……かんぬき?」
「大きな門に使われるような代物だ。この扉を開けようとしたら、罠が発動するかもしれない」
サレナの言葉を受け、リリィは扉へ伸ばしていた手をすぐに引っ込める。
するとエクトルとジョスの二人は、何か観察するような近さで、かんぬきと扉を見ていく。
何度も利用されているからか、少しすり減ってる跡があった。
無数の古いもの以外に、真新しい大きな痕跡が。
「これは、ダンジョンコアのある部屋か」
「おそらくは。ギルドが設置したんだろうね。開けて中を見てみたいけど、これ見よがしに設置してあるから、開けたらギルド側に知らせが入る仕組みかも」
「しかし、職員の一人もいないのは不思議なことだ。モンスターと遭遇しないよう、近くの小部屋にでもいるのか? それとも中か」
「さてね。リーダーさん、どうする? まだ探索を続けるのかい。一時的な雇われの身だから、どのような方針でも従う」
「……探索はやめて帰る」
数十秒ほど考え込んでの結論だった。
だいぶ気になりはするが、開けてしまえば面倒なことになる。
まず優先されるべきは、オーウェンへの報告。
個人としての圧倒的な強さ、自警団の団長という高い地位、その二つを持っている者ならば、自分たちより上手くやれるだろうから。
それゆえの決断だったが、その時異変が起きる。
ゴゴゴゴ……
突如ダンジョン全体が揺れ始めた。
戦闘による小規模なものではないため、サレナ以外の三人の表情は驚きに満ちていく。
「これって、野良ダンジョンで経験したのと同じ……」
「いかん、まずいぞ。誰かがコアを取ったのかもしれない。今この瞬間に」
「待て待て、いったい誰がそんなことをするってんだ? ヴァースの町から金を稼ぐ手段が無くなるんだぞ。僕たちの資金稼ぎにも悪影響が出る」
「……あたし以外全員、この揺れを経験してるようだ。ならどうする? コアを取った者がいるだろう奥に進むか、地上に戻るか」
「進もう。コアをすぐに戻せば揺れは収まるかもしれない」
状況がわからない中、行ったことのない場所に足を踏み入れる。
それは恐ろしいことだが、町からダンジョンが失われる方が、よっぽど恐ろしくて厄介。
特に、冒険者としてお金が稼げなくなるのは致命的過ぎた。今後の生活に影響する。
協力してかんぬきを外すと、扉を開けて奥に進む。
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