第20話 ギルドを挟まない極秘の依頼
中に入ると、椅子に座って書類仕事をしているオーウェンがいた。
疲れた表情を浮かべる彼の前には、書類の山が存在しており、すべて無くすにはいったい何日かかるのか想像するだけで恐ろしい。
カリカリと文字を書く音が響いているが、それを上回る声が発せられる。
「今日のあれこれで色々書かないといけなくなった。すまんがこのまま話すから、二人とも適当なところに座ってくれ」
「ええと、わたしを呼んだ理由とかって」
「団長、手短にお願いします」
すると、オーウェンは一時的に書くことをやめて顔を上げる。
「二人には、ダンジョンの最下層に向かってもらいたい。ギルドを経由しない、俺個人の依頼として出す」
「えっ、それは……。いくらサレナがそう言ったからって、手短過ぎる」
どうして最下層に向かうことを求めるのか、理由を飛ばした内容に、リリィはつい突っ込む。
オーウェンは肩をすくめると、続きを話していく。
「やはり前置きがいるだろう?」
「……では団長、一から説明を」
ひとまず、理由を聞かないことには最下層へ向かうなんてことはできない。危険であるから。
だからこそ、何か言いたいのをなんとか抑えながら、サレナは説明を求めた。
その視線はどこか厳しい。
「とりあえず捕まえた奴らに、誰が脱走を手引きしたのか聞いたところ、全員がこう答えた。フードのついたローブに身を包んだ者だと」
「ええと、つまり一人でこれだけの騒動を引き起こしたってことですか?」
「そうなる。閉じ込めておく牢は割とバラけているのに、だ」
「しかし団長、協力者がいる可能性もあります」
リリィは首をかしげ、サレナは自らの意見を口にした。
オーウェンは一度目を閉じると、首を横に振って否定する。
その可能性は当然ながら考慮した。
だが、見張りをしていた団員は全員が眠らされており、牢の中にいた者たちは一人しか見かけてないと声を揃える。
それらから導き出されるのは一つの答え。
「今のところ、強力な魔術師が単独でやったと考えるべきだろう」
「でも、なんでそんなことを? 町に混乱を引き起こして、その間に商会から盗みを行うためだったり?」
「ヴァースで有力な商会は、ラウリート商会しかない。そこに盗みに入ってくれたなら、向こうで処理してくれるからこっちの手間が省ける」
町の治安維持に尽力する自警団。
その団長ともなれば、戦う以外の政治的なことにも頭は回る。
何か厄介な考えが浮かんでいるのか、どこか険しい表情になっていく。
「二人とも、ここ以外の町とかに行ったことあるか?」
「ないです」
「同じく」
「……ヴァースは小さい町だ。百人くらいの自警団で事足りるくらいには」
そんなところで、わざわざ大量の脱走を手引きする。
なんのための陽動なのか?
普通なら、価値ある品物をたくさん抱えている商会を狙うため。そう考えられる。
しかし普通ではないと思っているのか、どうにも顔色は優れない。
「だが、これだけの騒動を起こして、小さい商会を狙うのは割に合わない。大きくて希少な品々を取り扱うラウリート商会は、娘が大好き過ぎて美人で滅茶苦茶こわーい人が束ねているから、そこを狙うのも考えにくい」
滅茶苦茶怖い人というのが、レーアの母親なのは間違いない。
相手が大きい商会を束ねる者であっても、団長という立場ゆえに、直接会う機会があるため、その恐ろしさを目にすることは何度もあるわけだ。
「レーアの誘拐とかの可能性って」
リリィの疑問に、オーウェンはわざとらしく顔を手で覆う。
そういうことは聞きたくないと言わんばかりの態度だった。
「こらこら、怖いことを言うんじゃない……もしそんなことがあったなら、町のお偉いさんの首が物理的に飛んでしまう。さらに治安維持を担当してる自警団の団長、つまり俺の首も、な」
トントンと首に手を当てる仕草が行われる。
やや大袈裟な気がしなくもないが、しかしまったくあり得ない話でもない。
この場にいる者の中で、サレナだけは会ったことがないからか、やや首をかしげつつ質問した。
「ラウリート家のお嬢様については、大丈夫なのですか」
「既に話を通してある。うちの強い奴らが護衛として向かった。そのせいで、自警団としては動かせる人手が減ったが」
ラウリート家のお嬢様たるレーアは、過保護気味な母親の存在を無視すれば、幼いながらも聡明で話がわかる人物。
危険が迫っているかもしれないと伝えるだけで、しばらくの間、自発的に危険を避けてくれる。
「まあ、そのことは横に置いておく。話が進まん」
話は少し横道に逸れたものの、いよいよ本題に入る。
「でかい商会が取り扱う希少な品々。それと同じくらい価値あるものは、ヴァースという小さな町に存在する。白黒ウサギの二人、何かわかるか?」
「わたしが知ってる物の中で、一番価値あるのはエリクサーだけど、これは取り扱ってないから
……」
「団長、さっさと答えを言ってください」
「やれやれ、サレナもリリィみたいに少しだけ考えてみてもいいだろうに。……答えはだな、ダンジョンのコア」
そこまで話されると、リリィとサレナのどちらも表情を変える。
ギルドの職員は、野良ダンジョンに関することしか語らなかったが、ほぼ確実に管理下のダンジョンにもコアはあるだろう。
町に与える影響という面では、ヴァースのダンジョンコアより大きいものはない。
なにせ、コアを誰かが手に入れた瞬間、崩壊は始まり、やがて消失するのだ。
そうなると、町からお金を稼げる手段が一つ消えてしまう。
「……町で稼げなくなると、どこか他のところに行って稼がないといけないかも」
「借金の返済のためか」
「うん。サレナも、自警団以外の仕事を探す羽目になったりして」
「ふん、まったくもって厄介な話だ」
ダンジョンのある他の町などに冒険者が流出し、多くの商人もその動きに続くだろう。
場合によっては、一般人も引っ越すかもしれない。
つまり、ヴァースの町の経済が崩壊し、誰もが苦しい思いをすることになる。
「犯罪者の方に注意が向いている間に、ダンジョンにこっそり入り込んで、コアを取りに行こうとしてる誰かがいるってことですか」
「予想でしかないが、注意しておくに越したことはない。ギルドには手紙を送ったが、気をつけるという返事しか来なかった」
「それで団長、あたしたちは何をすれば? 最下層に向かってそれで終わりではないはず」
オーウェンは無言で文字の書かれた紙を二人の前に置く。それにはこう書かれていた。
“ギルドを完全に信頼することは難しい。あれでなかなか隠し事が多い組織だ。二人には、ダンジョンへ独自に潜って最下層たる地下十階の様子を確認してもらいたい。俺が動くと何か対策をしてくるかもしれないためだ”
それは、子ども二人に任せるものとしては無謀ともいえる内容。
ダンジョンは深い階層になればなるほど強いモンスターが出てくるようになり、ただ潜るだけでも危険度は増していく。
オウルベアよりも厄介なモンスターが出てくることは、普通にあり得るわけだ。
なのでサレナは非常に険しい表情になっていたが、リリィはそれを横目で確認しつつ質問をした。
「立場としては、ただの冒険者として?」
「ああ。パーティーメンバーは好きに集めたらいい。こちとら色々なところに責任ある団長様でな、動くに動けないし、口にするのは避けた方がいいこともある。さっきの紙みたいに」
文字が書かれた紙は近くの暖炉に放り込まれ、あっという間に燃えて文字は読めなくなった。
自警団の団長ともなれば、口にするだけでもよろしくない言葉がある。
他の組織との関係に影響が出てくるせいで。
「やれるか?」
「危険な仕事だけど……報酬次第で考えます」
「いいとも。俺の財布から出す。すべて無事に済んだら、だが」
話はすぐにまとまり、リリィとサレナはひとまず自警団の建物を出た。
既に夜遅いため、実際に動くのは明日以降ということで別れる。
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