第19話 大規模な脱走

 安宿にあるベッドの上では、普段よりも熟睡しているリリィの姿があった。

 王都アールムにおいて、新王の即位式という重大な出来事が起こるため、町から大勢の人々が減っているのが影響していた。

 人が減れば、その分だけうるささは減る。

 しかし、それは来客がない場合。


 ドンドンドンドン!!


 「ふぉっ!?」


 突如、かなり強く扉が叩かれ、音の大きさに驚いたリリィは耳をピクピクと動かし、飛び上がるような勢いで起き上がった。

 だいぶ礼儀を知らない来客に、さすがに苛立ちの混ざった表情となるが、扉は叩かれ続ける。


 「朝からうるさいけど誰?」

 「あたしだ。サレナだ」


 予想外の人物にリリィはやや驚くも、扉を開けて中に迎え入れる。


 「で、何の用? わたしのところに来た用件は?」

 「人手がいる。手は空いてるだろ」

 「何するのか教えてよ」

 「悪さしてる冒険者をぶちのめす」

 「もうちょっと詳しく」


 さすがにいきなり過ぎるため、リリィが説明を求めると、サレナは面倒そうにしながらも口を開く。

 今日の朝、自警団に捕まっている者たちが入っている牢が壊され、大規模な脱走が起きてしまった。

 団長であるオーウェンの指示により、すぐさま町の門は閉じられ、これから大規模な捕り物が行われる。

 とにかく人手がいるようで、冒険者ギルドにも応援を頼んでいるとのこと。


 「……解決するまで引きこもりたい」

 「そうしたいなら止めない。リリィと関わって捕まった泥棒などが、果たしてどういう行動をするかは知らないが」

 「脅すのやめてよ。わかった、協力すればいいんでしょ」

 「話が早くて助かる。早速町の中を移動するぞ。剣は刃のないやつを渡すからそれを使うように。殺す必要のある犯罪者は自警団では捕まえていない」


 殺さずに手加減しろというのは、なかなか難しい要求だが、リリィとしても進んで人を殺す気はないため素直に従うことにした。

 町は人が減っているにも関わらず、意外と騒々しいが、これは脱走が影響しているのだろう。

 だが、気になることはあった。

 誰が自警団に入り込んでまで脱走を手引きしたのか?

 リリィがそのことについて尋ねると、サレナは顔をしかめる。


 「わからない」

 「えぇ……まずくない?」

 「まずいぞ。だから団長は自分の持てる権限を使って町の門を閉じた。あとから町の有力者に色々言われるのを覚悟してでも、だ」


 都市の城壁ほどではないものの、ヴァースの町にはモンスターや野生動物が入り込まない程度の壁が存在する。

 そのため門を閉じれば、泥棒を逃がさないようにすることができるわけだ。

 代わりに、外部から商人が入ってくることもできないため、いつまでも門を閉じ続けることは不可能。

 どこかの段階で、出入りする者を取り調べるといった条件を付け加えた上で、人の行き来を認める必要がある。


 「ところで、どこに犯罪者がいるとかは」

 「これを使う」


 現れるのは一枚の地図。

 大雑把ながらもヴァースの町全体が描かれているが、なにやら黒いインクの染みが動き回っている。

 数にしておよそ五十。

 初めて目にするリリィにとっては、なかなかに薄気味悪い。


 「何か動いてるけど」

 「犯罪者の食事に、特殊なモンスターの素材を混ぜた。それにより、食べた者限定だが、こうして地図上に表示されている」

 「やばそう」

 「そのモンスターの素材は、微量ながら体内に長く残る性質の魔力があるとか。詳しいことは団長に聞いてくれ。そこそこ高いらしい。あたしはまだ知る立場じゃない」


 割と秘密にする必要がある代物なようで、サレナも詳しくは知らないのか頭を振った。


 「とりあえず、自警団のお世話になりたくないとは思った」

 「だから、町で犯罪とかするんじゃないぞ。一応、時間の経過と共に反応は消えていくから、さっさと捕まえないといけない」


 犯罪者の位置が表示される地図だが、描かれているのは町全体の大雑把な部分のみ。

 細かいところは、現場に到着した者が頑張って捕まえるしかない。

 ひとまずリリィとサレナは、地図上の一番近い黒い染みに向かうと、そこは大通りの真ん中。


 「人がまばらだけど、変装して紛れてるのかな」

 「なら片っ端から聞いて回るだけだ」


 白黒ウサギの二人組。

 それは遠くからでもよく目立つ。

 特に片方は自警団なこともあって、聞き込みをしている途中で一人だけ怪しい動きをする者が出てくる。


 「見つけた。あいつだ」

 「よし、捕まえよう」


 最初は歩いて近づくが、通行人の振りをしていた犯罪者はいきなり走り出した。

 だが、リリィが投げるおもりのついた紐によって転ばされると、あっという間に捕縛されることに。


 「くそー、捕まるとは。白ウサギは走りながら投げてくるとか無茶苦茶だ」

 「いやあ、それほどでも」

 「おい、脱走を手引きした者の姿はわかるか?」

 「知らねえよ。なんかフードのついたローブに身を包んでて、顔とか姿とか見えなかった」

 「そうか。本部に連れていく」

 「待ってくれ、思い出せる限り言うから、見逃してくれないか」

 「内容次第だ」


 貴重な情報を得る機会ということで、狭い路地で話を聞くことに。

 なお、逃げられないよう足は軽く縛られている。


 「なんだか顔をできる限り隠そうとしていて、口元ぐらいしか見えなかった。老いた人間の男なのはわかった。素手で魔法使ってたから、結構な実力者のはず。見張りを遠くから魔法で眠らせたりするのは、俺の他に捕まってる魔術師とかビビってたね。あいつは普通じゃないって」


 魔術師だからこそ感じ取れる同類の危険な実力。

 犯罪者ですら恐れるとなると、桁違いと言える。


 「実力ある魔術師か。対応できるのは自警団でも一部だけだな」

 「見かけたのは一人だった。でも、他の牢も同時に開いたから、協力者とかいるかもしれない」

 「情報提供に感謝する」

 「……逃がしてくれたりとかは」

 「内容次第と言ったはず。逃がすほどの価値がなかった」

 「ちくしょー」

 

 捕まえたあとは、町の北側にある自警団の本部へ連れていく。

 複数の魔術師によって、急ごしらえとはいえ新しい牢が作られており、その中に犯罪者は入れられる。


 「くそー、出せ、出しやがれー」

 「うるさい。ふう……サレナ隊長、ご苦労様。それにリリィも自警団を手伝ってくれて嬉しいわ」

 「ふん。まだ捕まえる者がいるからあたしたちは行く」


 短い間しか自警団にいなかったリリィだが、そもそも町にずっと暮らしているので、顔を覚えている団員はちらほらいた。


 「何年も前、ちょっといただけなのに、意外と覚えられてる」

 「当時の同期の中で、お前が一番実力あったからな。あたしぐらいか、ギリギリ匹敵できたのは」


 歩いている途中、昔の話になると少し盛り上がる。


 「自警団にいた時、なんか実力を含めて色々確認してたね。で、わたしとサレナが組むことに」

 「一緒に入った同じウサギの獣人ということで、あの時は嬉しかった。その後、一緒に泥棒を挟み撃ちにしたり、屋根の上で捕り物になったり、たまに無表情なままあたしに指示を出したりしてたな。なんとも順調な日々だった。なのにすぐ抜けてしまうときた」

 「いや、ほら、わたしは組織が合わないから」

 「…………」

 「あの、何か言ってよ。無言は困る」


 サレナはリリィを見つめたあと、軽く息を吐いた。

 どこか過去を懐かしんでいるようで、わずかな笑みを浮かべる。

 今までの仏頂面から考えるとこれは珍しい。


 「今のお前は、当時とはだいぶ違うな。あの時は、割と冷たい感じだったが」

 「そうだっけ?」

 「ああ。今は、そこそこ笑顔を見る。演技ではないといいが」

 「……演技で笑うのは大変なんだよね」

 「ふん、あたしに演技はいらないぞ。まあどっちでもいいが」


 その後も大規模な捕り物は行われ、夜になってようやく一段落する。

 特殊な地図に表示される犯罪者の数は、残り三つとなっており、あとは自警団の方でどうにかするとのこと。

 そして自警団を手伝ったリリィには、ちょっとした報酬が、団長であるオーウェンから直々に渡される。


 「いやあ、助かった。最初にいくらか減らせたのは大きい。というわけで、これをやる」

 「剣、ですか」


 渡されるのは、今使っている剣と大きさなどの違いがほとんどない、使い込まれた片手剣。

 鞘から引き抜くと、市販品よりは質が良いのがわかる。


 「昔、金貨二十枚くらいで買ったやつだ。このまま倉庫に眠らせるよりは、現役の冒険者に渡した方がいいだろう? あとはまあ、自警団の金を動かすのは手続きが面倒でな。今回の脱走に、町の門に、とにかく色々な書類が待っている。書くものを増やしたくないわけだ」

 「ありがとうございます」


 お古とはいえ、結構な高級品。

 その重みは、久しく忘れていた責任感のようなものを少しだけ感じさせた。

 リリィは頭を下げつつお礼を口にしたあと、自警団から去ろうとするが、大通りに出た辺りでサレナに呼び止められる。


 「あたしについてきてほしい。話がある」

 「……わかった」


 相手が真面目な様子でいたため、ついていくと、人目を避けるように裏門から再び自警団の建物の中へ。

 到着した先は団長室だった。

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