第18話 賞金首の暗躍

 「飽きた。違うの食べたい」


 町の大通りに面し、冒険者ギルドに程近い食堂の中。

 空になった食器を前に、食事を終えたリリィは天井を眺めながらぽつりと呟く。

 オウルベアを討伐し、他のモンスターに死体を食べられる前に地上へ運んでギルドへ売却。

 これにより得られたのは、お金と無料の食事券。

 ここ数日、その食事券を使い続けていたのだが、メニューを選べないという致命的な欠点があった。

 毎回同じ内容ともなれば、さすがに飽きてくるわけだ。


 「……外に行こう」


 することがないので町中をぶらぶらと歩くリリィだが、その背中はどことなく哀愁が漂っていた。

 セラは未だに姿を見せない。

 サレナは自警団の仕事がある。

 いっそレーアのところに遊びに行くことも考えたが、変な計画を聞かされるのは面倒。

 最終的に、あちこちを適当にうろつく。

 目的のない散歩は普段よりも色々と見えてくるものがある。


 「なんだか……人が少ないな」


 ヴァースの町の大通りは、普段は多くの人々で賑わっている。

 だが、歩いているうちにリリィは、妙に人が少ないことに気づいた。

 二割くらい人が減っているのだ。特に冒険者や商人が。

 賞金首騒ぎがあった時でも、手配書があちこちに貼られたくらいで大きな変化はなかった。

 ならいったい何が理由なのか?

 リリィは近くで会話している冒険者パーティーに声をかける。


 「人が減ったからか、依頼も減ったなー」

 「ま、冒険者も減ったから熾烈な取り合いにならないのはマシだな」

 「あの、少しいいですか」

 「ん? どうしたのかな?」

 「なんか冒険者とか少なくなってるんですけど、何か知りませんか?」


 話を聞いた冒険者たちは、わずかに顔を見合わせると一枚の紙を取り出す。

 紙にはびっしりと文字が書かれていた。


 “王都アールムにおいて、一ヶ月後に新王の即位式が盛大に執り行われる運びとなりました。この重要な式典には、アルヴァ王国民、並びに諸国の代表者が一堂に会し、新たな時代の幕開けを共に祝うことが求められています。参加する皆様には、豪華なご馳走と祝宴を。また、参加費用が負担となる場合においても、旅費を補助いたしますので、どうぞご安心ください。この栄えある機会に参列することで、歴史的な瞬間に立ち会うことができます”


 「な、長い」


 まさかの長い文章に怯むリリィだったが、なんとか最後まで読み終えた。

 すると冒険者たちは、少しばかり感心した様子となる。


 「子どもなのに、この面倒臭い文章をよく読めたな」

 「意外と文字が読めない冒険者ってのはいるからなあ。まあそんな話は横に置いておくとして」


 軽い咳払いのあと説明が始まる。

 こっちもそこまで詳しくは知らないが、という前置きがされた上で。


 「ここ数日、こういう紙をちらほらと見かけるようになった」

 「結構な下準備が必要だが、遠くの者と話せる魔法を使った魔術師が確認すると、これは事実らしい。それで、気の早い奴らは王都に向かってるわけだ」

 「その、誰がこれを広めたのか、とかは」


 この疑問に対して返ってくるのは肩をすくめる姿だけ。つまり、まったくわからない。


 「さっぱりだ。お役人様なら直接やって来て大々的に言うだろうし」

 「王都までは、陸路で三週間、海路使っても二週間。色んな奴らがそろそろ動くだろうから、今以上にヴァースの町から人が減るかもな」

 「そうなんですか。教えてくれてありがとうございます」


 お礼を言ってからリリィは冒険者パーティーから離れるも、それからすぐに驚くようなことがやってくる。

 大通りの一つに人が集まり、なにやら騒がしくなっていた。

 どういうことなのか近くにいる人に聞いてみると、王都から役人と兵士がこのヴァースの町に来たからだという。


 「町の皆様方に伝えるべきことがある! これは重要なことであるため、心して聞いてほしい!」


 役人が語るのは、さっき目にした紙に書かれていた内容とほぼ同じこと。

 アルヴァ王国の重要な式ということで、とにかく人を集めているようだ。

 リリィも参加してみたい気持ちはあったが、まずはレーアに許可を貰わないといけない。

 町の周囲に出かける程度ならまだしも、かなりの遠出ともなれば、借金を踏み倒すのではないかという疑いが出てきてしまう。

 本人にそうするつもりがなくとも。

 というわけで、早速レーアの屋敷に向かうと、そわそわと落ち着かない様子の門番に出会う。


 「レーアはいますか?」

 「ああ、君か」

 「今はちょっと、うちのお嬢様に会うのはやめた方がいい。……だいぶ荒れてるから」

 「いったい何が?」

 「まあ、その、こわーい母上殿から手紙が来てるようでな。それを読んでから不機嫌になってるんだ」

 「また別の日に来ます」

 「すまんね」


 家のことで何か問題が起きているとなれば、部外者はあまり関わるべきではない。

 リリィは再び町中をぶらぶらと歩いていくが、足が止まる。

 遠くに、自分のことを見ている何者かがいるせいで。


 「……誰?」


 厄介なことに、ローブやフードのせいで姿はわからない。

 さらに場所を変えても謎の人物はついてきており、周囲を見渡せば必ずどこかにいる。

 これでは宿に戻ることができない。

 普段寝泊まりしている場所を知られるのは、色々と危険。

 そこでリリィは町に長く暮らしている者しか知らない抜け道などを駆使し、どうにか相手を撒こうとするが、やはりついてきていた。


 「あなたは誰? なんで追ってきてるの」


 剣を引き抜き、警戒混じりに呼びかける。

 相手が何をしてきても反応できるよう、足に力を入れつつ。

 謎の人物は、フードに手をやって風などで吹き飛ばないようにすると、少しずつ近づいてくる。

 ある程度距離が縮まると、相手は小声で話し始めた。


 「ウサギの子。君にお願いがある」

 「その声は……」


 人間の耳では聞き取りにくい小ささだが、ウサギの耳なら聞き取れる。

 相手は、賞金首のワイズ。

 王都にいるはずの人物が、どうしてヴァースの町に。

 そんな疑問に答えるかのように、ワイズは言葉を続けた。


 「気になるかね? 王都にいるはずなのに、ここにいることが」

 「それなりに」

 「偽の情報で撹乱しただけのこと。新王の即位式により、町から人は大きく減るだろう。それはダンジョンの内部において冒険者が減ることに繋がり、ギルドの人員も多少は影響を受ける。これは好機であるから、コソコソと身を隠しながら戻ったわけだ」

 「まず、どんなお願いをするのか言ってくれないと」

 「ははは、それもそうだ。では率直に」


 顔はフードで隠されていても、身長の差もあって口元は見える。

 そこにはニヤリとした笑みが存在していた。


 「この老いぼれと共に、ダンジョンの最下層まで向かってほしい。そしてコアを得る」

 「ダンジョンの攻略を目指す、と。でも、確か最下層はギルドの職員がいて守ってるはず」

 「そちらはどうとでもなる。新王の即位式が始まるため、町から一時的に人員が減っているから」

 「というか、どうしてわたしを? 他の冒険者でもいいはず」

 「この身に剣を突き立てた。その身のこなしや実力を見込んでのこと。一度敵対した程度で協力関係を結ばないほど狭量ではないよ」


 納得できる言葉だが、明らかに裏がある。

 相手の口車に乗ったところで、ろくな結果は待っていないだろう。

 リリィは断ろうとするが、ワイズはそれを読んでいるのか、金貨を投げつける。


 「人の話は最後まで聞くものだ。親から習わなかったのかね」

 「あいにく、物心ついた時から親はいないので」

 「孤児、か。その生まれで安定した日々を送れている実力は、なんとも将来有望だ。ぜひとも力を貸してほしいのだが」

 「……まず、なんのために攻略を」


 金貨を拾いながらリリィは尋ねた。


 「ダンジョンの研究。以前も言ったと思うが」

 「攻略したらヴァースの町からダンジョンが消える。それは多くの人々が困ることに繋がる」


 ダンジョンから得られる産物は、ヴァースという町における経済の根幹を成していた。

 もし無くなれば、町は大きく衰退するだろう。最悪の場合、町そのものが放棄される可能性だってある。


 「安心したまえ。野良ダンジョンと違い、人々が暮らしてるところに出現するダンジョンは、一週間もすれば復活するとも。各地の冒険者ギルドに保管されている過去の文献に、様々な記録が残っていた。それを読んだから間違いない」

 「……文献を読むのは、違法なやり方で?」

 「職員を気絶させたりとかはしょっちゅうだ。おかげで高い懸賞金をかけられたがね」


 肩をすくめつつ話す姿を見る限り、嘘はついていない。

 どれだけ本当のことを話しているかは不明だが。

 悩んだ末に、リリィは首を横に振る。


 「協力はできない」

 「そうか。残念だ」


 相手の声が聞こえた瞬間、リリィは即座にその場から走り出した。

 だが、途中で体は動かなくなってしまう。まるでクモの糸に絡め取られたかのように。


 「う、体が動かない……!」

 「このまま逃げられて、ギルドなどに話されるのは困る」

 「こ、殺すの?」

 「いいや。以前会ったあと君は大勢に言いふらさなかった。君の仲間であるラミアも。その点を考慮すると、今日会ったことを忘れてもらうだけにしよう」


 ワイズは先程リリィが拾った金貨を回収する。それに何か魔法を仕込むことで、動きを止めたのだろう。

 そのまま頭を掴み、呪文のようなものを唱える。

 次の瞬間、わずかな光と衝撃が発生すると、視界に入らないようワイズは近くの路地へと姿を消した。


 「……あれ? なんでここに」


 ふらつきながらもリリィは辺りを見渡し、何か考える様子を見せた。


 「何か……大事なことを忘れてる気が」


 だが、深く考え込むことはなく、気を取り直してその場から立ち去る。

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