第17話 モンスターを売ってお金を得る

 オウルベアを倒したあとは、証拠となる戦利品を確保するのだが、羽根や爪を得たリリィは腕を組んで険しい表情になる。


 「うーん」

 「どうした」

 「全部持ち帰りたい」

 「……あたしたちだけじゃ運ぶの無理だぞ」


 毛皮、肉、骨、あらゆるものが素材として高く売れるだろう。

 しかし、オウルベアは大きく重い。

 子ども二人で運ぶことは難しいわけだ。

 サレナは首を横に振って諦めるよう促すが、リリィは辺りをうろうろし始めたかと思えば、何か思いついた様子で立ち止まる。


 「来る途中で見かけた冒険者を呼ぶ」

 「……果たして、話に乗ってくる者がどれくらいいるのやら」

 「すぐ戻るよ」


 その言葉の通り、数分ほどでリリィは戻ってくる。パーティーを組んでる数人の冒険者を引き連れて。


 「うお、マジでオウルベアをやったのか。子ども二人だけで」

 「手が空いてるなら、一時的にパーティーを組んでもいいかもしれないな。今の段階でこれなら、成長したらさらに頼りになる」

 「で、白ウサギさん。私たちはこれを運ぶのを手伝えばいいの?」

 「はい」


 大人は三人、子どもは二人。合計五人でオウルベアの死体を地上まで運ぶことに。

 とはいえ、そのまま持って運ぶのは大変ということで、大人たちは近くの小部屋から扉を手に入れてしまう。蝶番の部分を破壊することで丸ごと一つ。


 「いいんですか?」

 「ふふふ、これは一部の者しか知らないのだが、ああいう扉ってのは壊れても数日したら勝手に直ってる。いざという時は有効活用するといい。やり過ぎるとギルドから注意されるけど」

 「そうなんですか」

 「……リリィ、割とどうでもよさそうな反応はどうかと思う」


 少し工作すると、簡易的なソリが出来上がる。

 このソリにオウルベアを乗せると、繋いだロープで引っ張る者と後ろから押していく者に分かれた。


 「お、重い……」

 「足元に気をつけろ。足を滑らせると危ない」

 「んぐぐぐぐ……! 丸ごとはさすがにきついぜ……」

 「毛皮がチクチクして結構痛い」

 「気張れー! 少しずつ上がってる」


 階段を移動する時は非常に面倒だが、それ以外はスムーズに進み、数十分後には地上にあるギルドへ到着した。


 「おい見ろ、あれ」

 「久々の大物だな。というか丸ごとか。運ぶのきつそうだ」

 「あとで部位が売られてないか店を回るか」


 まさかの大物なモンスターに周囲はざわめくものの、ギルドの職員たちが奥に運んでしまうので少しずつ静かになっていく。


 「ありがとうございました」

 「なに、いいってことよ。手間賃を貰えるし、将来有望な冒険者と知り合うことができた。それに、ソリの件で注意される前に早くギルドから出たい」

 「銀貨五枚でいい。本当は金貨がいいが、交渉する時間が惜しい」


 リリィは手伝ってくれた冒険者たちに銀貨を五枚ずつ渡し、ギルドの一角でオウルベアがいくらになるのか待つ。

 そうしていると、レーアがやって来た。


 「無事に討伐できたようですね」

 「いやもう大変だった」

 「実力は充分に確認できました。そしてギルドに記録も残ることでしょう。リリィ・スウィフトフットがオウルベアを討伐したというものが」

 「……何か企んでる?」


 満足そうに堂々としているレーアを見て、リリィはどこか胡散臭げな視線を向けるも、遮るようにサレナが口を開く。


 「お嬢様、あたしはもう帰っていいか」

 「ええ。人手が欲しい時、また呼ぶこともあるでしょう」

 「……呼ぶとしても、せめてこちらが起きている時にしてほしい」


 自警団の仕事があるということで、金貨を一枚受け取ってからサレナは去っていき、完全にギルドから出ていったのを見届けると、リリィは小声でレーアに尋ねる。


 「それで、結局どういう目的があるわけ?」

 「現段階における実力の確認が一つ。それ以外としては、あのレーアという団員がどれくらい使い物になるか。あとはあなたとあの団員の関係修復もいくらか考えています」

 「なんのために?」

 「適当な冒険者と組んでもらっても困るので。セラというラミアは……まあいいでしょう。魔術師という時点で受け入れます。あまり選り好みできません」


 冒険者の中における魔術師の割合は少ない。

 実力ある魔術師にとって、冒険者よりも良い仕事はいくらでもあるからだ。

 なのでレーアは妥協した。ため息混じりに。


 「わたしの実力が確認できたレーアはこのあとどうするの」

 「ふふふふ、計画をさらに進める時が来ました」


 意味深な笑みだった。

 明らかに面倒事が待ち受けているわけだが、今はおとなしく相手の話を聞くしかない。


 「防具は更新したので、次は武器の更新もしたいところです」

 「良い武器って大事だよね。一般的に売られてる剣じゃ、オウルベアはきつかった」

 「まずは、わざわざ運んできたオウルベアがいくらになるのか。これ次第で行動は変わります」

 「高値がつくといいけど」


 オウルベアに関しては、色々と時間がかかっているのか、数十分が過ぎても何もない。

 そのため二人は一時的に酒場で時間を潰そうとするが、リリィの足は途中で止まる。

 ギルドの職員によって賞金首に関する手配書が剥がされているのを目にしたためだ。

 少し耳をすませると、前よりも賞金首に関する話題は減っていた。

 この分だと、数日もすれば賞金首であるワイズのことは誰も口にしなくなるだろう。


 「あの手配書のワイズって、今はどこだっけ」

 「王都アールムに向かったとのことですが、それ以降の足取りは不明です」

 「王都かあ。ヴァースの町よりも稼げるかな?」

 「アルヴァ王国の中で一番栄えていますから、稼げることは稼げるでしょう。泥棒とかも多いとは思いますが」

 「泥棒も多い……うーん」


 アルヴァ王国は、平地が多く海に面している国であるが、あまり大きくはない。

 それゆえにダンジョンから得られる産物が経済に与える影響は高い。

 ヴァースはたくさんある町の一つでしかなく、王国全体からすれば田舎寄りの場所。

 王都という都会ならば、今以上に稼げることは確実。

 ただ、そういうところでは泥棒も活発になるのが悩みの種。


 「いつか行ってみたいな。賞金首がいなくなったら、だけど」


 野良ダンジョンでのやりとりを覚えているため、リリィはそう言った。


 『君のことは覚えた、ウサギの子よ』


 剣が胴体に刺さった状態でワイズが口にしたその言葉は、もし次会うことがあったとしても、友好的なものにはならないだろう。

 あの時は、狭い部屋だったからこそ勝てた。

 もし、部屋がもう少し広かったら、魔法によって一方的にやられていたかもしれない。


 「お母様が動いてるので大丈夫。王都アールムにいる冒険者は……あまり大きな声で言えませんが、なんだかんだヴァースの町にいる冒険者よりも実力者揃いなので」


 今いるのが冒険者ギルドということで、さすがにレーアは声を抑えながら語る。

 王都には、ヴァースの町よりも深い階層のダンジョンがあるため、上位層の実力はかなりのもの。

 ただし、微妙な実力の冒険者も多いという。

 それを聞いたリリィには、ちょっとした疑問が浮かび上がる。


 「今のわたしが王都に行ったら、どれくらい活躍できそう?」

 「そうですね……パーティーメンバーと一緒にとはいえ、サイクロプスやオウルベアを倒せるので、中級よりやや上な冒険者辺りまではいけるのでは」

 「おおー」

 「これはなかなか凄いことです。なにせリリィは若くしてそれだけの実力があるので」


 レーアの褒める言葉を受けて、リリィは自然と笑みが浮かぶ。

 冒険者として何年も活動しているため、実力を認められるのは素直に嬉しい。

 とはいえ、それもこれもパーティーメンバーとなったセラやサレナの助けがあってのこと。

 いくら認められても、深い階層に一人で挑むことには不安が残る。


 「リリィ・スウィフトフットさん。少しよろしいですか?」


 話していると、ギルドの職員が声をかけてくる。

 オウルベアの鑑定が済んだということで、お金を渡しに来たとのこと。

 リリィは硬貨の入った袋を受け取ると、レーアと一緒に中を見る。


 「金貨は十枚、あとは銀貨と銅貨がまばらに混ざってる……」

 「少し買い叩かれています」

 「なら、ラウリート商会で売るというのは?」

 「確かにそれなら、もう少し高く買い取れますが、わたくしが商会に働きかけたらお母様が戻ってくるので無しです」


 母親に会うことを頑なに避けようとするレーア。

 親のことを嫌っているというよりは、会うことで起こる何かを避けている様子。

 これは手助けしてもらえないと悟ったリリィは、少し不満そうにしつつもギルドの職員を見た。


 「もう少し高く買い取ってくれたりとかは?」

 「申し訳ありませんが、これ以上の現金は不可能です。代わりに、食堂の無料券を渡すことはできます」

 「何日分?」

 「一年分になります」

 「……わかりました。それでお願いします」


 一年分ともなれば、かなり食費を抑えることができる。

 まあそれなら受け入れられるということで、リリィは頷いた。

 その後、レーアに対して計画について尋ねると、オウルベアを売って得られたのが金貨十枚だけでは計画を次の段階に進められない。

 そんな答えが返ってくるため、今日はこの場で解散となる。

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