第16話 オウルベア討伐
崩れた天井や壁の一部は、瓦礫となって通路に散らばり、ダンジョンにおける移動を邪魔してくる。
片付ける者はいないため、ずっとそのまま放置されているが、そんな瓦礫にも利用価値はあった。
「虫みたいなやつがいる。しかもでかくて長い」
「初めて見る。これ使おう。せいっ」
リリィとサレナの二人は慎重に移動していたが、道中で大きな虫のモンスターと遭遇する。
ムカデに近い姿をしており、人に巻きつけるくらいに長いこともあって、あまり近寄りたくない相手。
ひとまずリリィはその辺におちている瓦礫を投げつけるも、甲殻はそこそこ堅いのかあっさりと弾かれてしまう。
「当てたのはいいが、効いてないぞ」
「ただの石ころじゃダメだったか。残念」
注意を引くことはできた。
向こうから近づいてくるなら動きの予想がしやすく、初めて戦う相手でもやりようはある。
しかし、待ち構える二人に対して、大きなムカデは近づくどころか逃げ去ってしまう。
「ん? 逃げた」
「結構堅そうな相手だったし、逃げてくれるならそれがいいよ」
オウルベアと戦う前に、無駄な戦闘で消耗しなくて済んだことは嬉しいことだが、戦っている最中に乱入してくる可能性があるのは悩ましい。
二人は慎重に進んでいくが、道中で小部屋を見つけるので一時的に休憩する。
その最中、サレナは周囲を見ながら呟く。
「そういえば」
「どしたの?」
「ダンジョンは地下にあるのに意外と明るいな、と」
「冒険者ギルドの管理下にあるから、らしいよ」
ヴァースの町にあるダンジョンは、どの階層にも一定の間隔で魔法のランタンが設置されていた。
魔力を吸収して光を放つため、火よりも安全で安定した光源となる。
ただし、深い階層になるほど設置される数が減るのと、モンスターが破壊してしまう場合があるので、暗闇の割合は増えていく。
ギルドの管理下にない野良ダンジョンにはまったく設置されないので、そちらの内部は真っ暗。
どちらにせよ、自前のランタンを用意した方がいいことは確か。
「管理された危険な空間。そこでは大勢の人々がお金を稼ぐために潜る。なんというか……潜らされてる気がしなくもない」
「どういうこと?」
自警団の団員であり、普段はあまり冒険者として活動していない者だからこその意見に、リリィは耳をかたむける。
「オーウェン団長についていく形で何回も潜ったことあるが、宝箱を見つけたりする。役割は荷物持ちだったが」
「それでそれで?」
「なんで宝箱なんてものが出てくる。しかもお金になりそうなものが」
「そう言われると気になるけど、今まで誰もわからないままだし」
ダンジョン自体は昔から存在し、冒険者ギルドという組織が運営されている程度には、人々の暮らしに根付いている。
それでもわからないことだらけ。
リリィが軽く肩をすくめると、サレナは腕を組む。
「あたしはこう考える。ダンジョンを介して地上に宝箱の中身を運ばせている、という風に」
「どうしてそう思ったの」
「花の蜜を吸う虫とか鳥がいる。目を凝らすと、そういう存在に花粉がついてたりする。なんとなく似ていると思った」
「おおー、そう言われるとそういう気がしてきた」
無邪気に頷くリリィの姿は、ここがダンジョンの中でなければ可愛らしい。
サレナは軽く息を吐くと、やれやれとばかりに頭を振った。
「どれだけ考えたところで、正しいかどうかはわからない。あたしたちに確かめる術はないから」
「ギルドの人とかに言ってみる?」
「やめておく。調査に駆り出されそうだし」
結局のところ、予想は予想でしかない。
話しているうちにそこそこ時間が経ったため、二人は休憩を終えて移動を再開した。
どこにオウルベアがいるのかはわからず、地図を見ながら今まで通っていない通路を進んでいく。
それから十数分ほどが過ぎると、自然と足は止まる。
遠くで気になる音を聞きつけ、二人のウサギの耳はピクピクと動いた。
「戦闘っぽい音が聞こえる」
「冒険者じゃない。モンスター同士か?」
音の聞こえる方へ静かに向かうと、なにやらボリボリと噛み砕くような音がはっきりと聞こえてくる。
姿を隠せそうな曲がり角から、そーっと見てみると、毛皮を持つ大きなモンスターが、ムカデのようなモンスターを食べている光景が存在した。
「あれって」
「フクロウのような頭部……オウルベアだ」
既にムカデの方は死んでいるのか動かない。
オウルベアは甲殻ごと食べていくため、長かった姿はどんどん短くなっていく。
今はまだ食事中で気づいていないが、食事が終わればどうなるか。
「……どう仕掛けよう?」
「リリィ、さっきみたいに石ころを投げろ。そして逃げ回れ」
「疲れさせるってこと?」
「そうだ。直線では追いつかれるかもしれないが、ダンジョンには曲がり角が多い。幸い、行き止まりになるようなところは地図を見る限りない」
「うへえ……まあ、元気なまま正面から戦うよりはマシか」
「依頼人の望み通り、正面から堂々と戦うとも。ただし、疲れさせてから」
単純だがなかなか大変な作戦が決まったあとは、近くの瓦礫から手頃なものを拾って投げる。
「グァル……」
「こっちだよ」
しかし、片手で投げられる石ころは一切効いてないのか無視され、オウルベアは食事を優先した。
大きい石なら効果はあるのだろうが、投げる時に近づかないといけないのが問題。
「……無視されてるぞ」
「……あれ使う。危ないから隠れてて」
そこでリリィは紐を取り出す。
一部の幅が広くなっているそれは、投石紐やスリングとも呼ばれる代物。
これの広い部分で石ころを包むと、一気に振り回し始めた。
「せいっ」
振り回しつつ狙いを定め、一気に投げると、勢いの乗った石がオウルベアの頭部に命中する。
さすがに無視できない威力だったのか、オウルベアは食事を中断し、大きな鳴き声と共にリリィへと迫った。
ドドドドド……!
通路をかなり塞ぐ大きな体が全力で走る衝撃は、多少離れていても振動が足に伝わる。
「うーん、やばい。ええと地図地図」
大雑把ながらもルートを確認したあと、リリィは走り始める。
たまに後ろを見て、全力で走りすぎないようにしつつ。
離れすぎたら追いかけて来ないかもしれない。
それでは困るわけだ。
一定の間隔を保ちながら、命懸けの追いかけっこは続くが、その間することのないサレナはこっそりと動いていた。
「……ずいぶんと余裕そうだ。冒険者として登録した名前に、スウィフトフットをつけるだけはあるな。ふう、あたしも動かないと」
大きな瓦礫のある場所に向かうと、瓦礫を運んで通路を塞ぐように積み上げていく。
ただし、片側だけ塞ぎ、片側は通り抜けられるようそのまま。
壁ではなく、長めの障害物を作っていた。
ただの壁ではリリィが通れないし、子どもが積み上げられる程度の瓦礫では、オウルベアが体当たりすれば簡単に吹き飛んでしまう。
ある意味苦肉の策といえる。
挑発から十数分が過ぎた頃。
オウルベアはかなり疲れているのか、もはや歩くような速さとなっていた。
リリィもそれなりに疲れてはいたが、割と余裕を残している。
「そろそろいいかな?」
ぐるぐるとダンジョンの通路を逃げ回るうちに、何度かサレナの姿を見かけると、おびき寄せるべき場所を教えてもらった。
そこでリリィがサレナの待ち構えている通路へ向かうと、狭くなった通路が出迎える。
「急げ、こっちだ」
「これは?」
「動きをいくらか制限するものだ。あたしたちは普通に行き来できるが、オウルベアは巨体のせいで制限される。戦闘が続けば吹き飛んでしまう脆いものだが」
「ないよりはいいよ」
この段階になって、二人はかなり疲れているオウルベアに正面から向き合った。
目に見えてわかるほどに呼吸は荒く、動きはどことなく鈍い。
毛皮の防御力はどれくらいあるのか、リリィは試しに剣を振るうが、あっさりと弾かれてしまう。
「サイクロプスより防御力ありそう」
「突くのもきついか」
「目を狙う?」
「爪のある腕に、あたしたちが吹き飛ばされそうだが」
鋭い爪は、かすめただけでも危ない。
相手が疲労していて弱っている絶好の機会だが、リリィとサレナはどちらも攻めあぐねていた。
毛皮という天然の防具は、剣による攻撃を通さない。
戦闘の最中なので、無防備なところを突くことはできない。
するとリリィは、戦闘をサレナに任せ、自分はいくらか下がってから投石紐による投石を行おうとする。
「どうにか隙を作って」
「無茶を言う。だがやってみる」
相手が急に動くのを抑えるため、サレナは積極的に攻撃を行う。
あまり効果はなくとも、一時的に足を止めることはでき、その間にリリィが放った投石はオウルベアの顔に命中した。
「グルオオ……」
「目じゃないけどよし。怯んだ」
「あたしは後ろへ回るぞ」
サレナは背後に移動すると、後ろ足を狙って突きを行う。
少ししか刺さらないが、わずかな怪我を負わせて出血させることには成功した。
さらにもう片方の足にも突きを行うと、オウルベアはわずかに姿勢が低くなる。
「この位置、フクロウの頭なら……!」
リリィはその瞬間、くちばしのある頭部へ突進をする。剣を強く握ったまま。
ドスッ
目と目の間に突き刺さり、さらに深く刺すためにリリィは体重を乗せつつ力を込めた。
オウルベアは暴れ、近くにいた二人は吹き飛ばされるも、頭部に刺さった剣は致命傷となったのか、やがて力尽きて動かなくなる。
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