第14話 最強冒険者計画

 夜から朝に変わろうとする時間帯。

 ベッドで寝ていたリリィは物音によって目を覚ます。

 それは扉が小さく何度も叩かれる音。


 「こんな時間に誰?」


 首をかしげながら扉越しに問いかけると、聞き覚えのある声が返ってきた。


 「リリィ、開けなさい。話があります」

 「……眠いからあとで」

 「一ヶ月ごとの支払いを十倍にしますよ。わかりやすく言うと、銀貨十枚から百枚に」

 「うわ、横暴過ぎる」


 脅されてしまっては、開けないという選択肢は存在しない。

 あくび混じりに扉を開けると、レーアの他にはもう一人、黒ウサギの少女であるサレナがいた。


 「これはどういうこと?」

 「少し賞金首の件を調べていた途中、リリィが泥棒を追いかけてると耳にしました。そしてこちらの方が、泥棒を捕まえたというのも」

 「……このお嬢様はなんなんだ。寝てるところを呼びつけてきたんだが。オーウェン団長は苦笑するばかりで止めようとしないし」

 「えー、そのー、ラウリート商会のお嬢様」

 「ええい、だからこんな横暴がまかり通るのか」


 寝てる時に叩き起こされたせいか、サレナは非常に苛立っており、不機嫌そうな様子を隠そうともしない。

 リリィもその気持ちを理解できるのだが、レーアの前で迂闊なことを口にすればあとが怖いため、黙っていた。

 ラウリート商会は、ヴァースの冒険者ギルドと組んで手広く商売をしており、町に暮らす者で関わらずに済む者はいない。

 つまりは相当なお金持ち。

 町の有力者との関係も深い、というより有力者そのもの。


 「寄付を増やせば、大抵のことは通ります。そもそもお母様は自警団にお金を出している立場なので」

 「そりゃ、お金を出している側は強いよねえ。それで、レーアはどうしてここに」

 「金貨、手に入れたようですね?」


 その瞬間、辺りは静まり返った。

 リリィは無言で扉を閉めようとするが、レーアは足を置いて妨害する。


 「サレナ、リリィを押さえなさい」

 「すまない。スポンサーの娘には逆らえない」

 「え、ちょ、くっ、力が強い」


 白ウサギと黒ウサギによる掴み合いはほぼ互角。

 その間にハーピーの少女は中に入り込むと、金貨の入った袋をすぐに見つけ出す。


 ジャラジャラ


 袋が振られ、なんとも魅惑的な音が鳴ると、白黒ウサギの掴み合いは終了する。


 「リリィ、これはなんですか? わたくしに黙ってこんな大金を手に入れるとか」

 「野良ダンジョンを攻略した時、エリクサーの材料になるかもしれない植物の種を宝箱から入手した。で、ギルドで金貨と引き換えてくれた」

 「そうですか」


 うんうんと納得するように頷くものの、さらなる話があるのは明らか。

 レーアは扉を閉めたあと、自分はベッドに腰かけ、リリィに対しては床に座るよう指示を出す。

 そのあと袋に入っている金貨を一枚ずつ数え始めた。


 「全部で五十枚。さて、これだけのお金をどう使うかですが」

 「わ、わたしのお金……」

 「有効活用しないといけません。まず装備の更新はするとして……最強冒険者計画を行えるかも」

 「や、やだ。変な計画に乗りたくない」

 「借金を早期に返済するという、あなたのための計画なのですよ」

 「あー、そろそろ帰っても?」


 目の前で繰り広げられる光景に興味がないようで、サレナは手をあげて質問をする。


 「そういえば、リリィは一時期自警団にいたと聞きます。当時のことを話してくれますか?」

 「…………」

 「わたしのこと睨むのやめてよ」


 サレナは舌打ちしそうなくらい険しい表情でいたが、相手が相手なので従うしかない。

 大きく息を吐いたあと話し始める、


 「そこのリリィとあたしは、かつて孤児でした。冒険者として浅い階層で日銭を稼いでいましたが、食い繋ぐことは大変。そのため自警団に入ったんです。あたしが誘った形です」

 「そうですか。なぜ、あなたは残り、リリィは出ていったんです?」

 「……組織にいるのが合わないんでしょう。実力はかなりのもの。けれど、数ヶ月もしないうちに辞めてしまった」

 「サレナ、あなたは怒らなかったの?」

 「合わないものは仕方ありません。無理に引き留めたところで、その実力は発揮できなくなる」


 話が一段落すると、二人の視線は床に座るリリィに向いた。


 「リリィ、あなた結構好き勝手していますね」

 「いやもう本当に。あのオーウェン団長が引き留めたにもかかわらず、迷うことなく出ていったのは、団長のことを尊敬している者からすれば喧嘩を売ってるのと同じ」

 「……いや、でもさ、自警団にいても何か問題起こしてたかもしれないし」


 その時、レーアはパンパンと手を叩く。

 羽根に隠れていて、人の手とはやや異なるため、そこまで大きな音は出ないが。


 「色々聞けたのでよしとします。朝になったらまた来ます。これだけのお金があるので、少しばかり真面目に将来に備えないと」

 「それはわかるけど、無茶苦茶するのはやめてよ?」

 「ついでに、サレナにもついてきてもらいます」

 「なぜあたしも?」

 「わたくしはこう見えて冒険者として登録していますが、お母様からダンジョンに潜ることを禁止されていて、どういう装備がいいのかわかりません。その点、あなたはたまにオーウェン団長とダンジョンに潜っているというのを聞いています」

 「……くそっ、団長め。余計なことを」

 「それでは..……いえ、部屋を借りましょう。戻ってから改めて来るのも面倒なので」


 空き部屋はいくつかあるため、レーアとサレナは安宿で仮眠を取ることに。

 一人残されたリリィは、もそもそとベッドに戻り、窓の外から見える馬車を見てため息をついた。


 「レーアに付き従う人も大変だ」


 見ているうちに馬車は去っていく。

 ここは裕福な馬車が留まるには向かない区画。朝になったら再び来るのだろう。

 リリィはあくびをしながら横になって目を閉じる。




 窓から朝日が入り込む前に、扉が叩かれる。

 眠気の残るリリィだったがうるさいので扉を開けると、そこには眠そうなサレナと相変わらず元気なレーアが立っていた。


 「さて、二人とも乗ってください」


 あとは流されるまま、既に到着している馬車へ押し込まれる。

 向かうのは、大通りにある冒険者御用達の店。

 安物から高級品まで幅広い店が立ち並んでおり、どの店に冒険者が多いかで町の景気が予測できるほど。

 その中でも、かなりの高級品を取り扱う店に入る三人。


 「おや、これはまた珍しいお客様ですが」

 「今日は、この白ウサギの装備更新のために訪れました」

 「ど、どうも」


 初めて足を踏み入れる高級店に、リリィは緊張していた。


 「なるほど……ですが、ラウリート商会が贔屓にしている商人の方が、より適した装備を揃えられるかと」

 「わかってるでしょ。商会と関係ある商人を使えば、お母様に報告しないといけない。……お母様に根掘り葉掘り聞かれるのは嫌なの」

 「ああ、そういえばかなりの子煩悩であるとか。普段は忙しいものの、親子一緒にいられる理由ができたとなれば、すぐさま戻ってくることでしょう」


 親子関係というのは、いつか複雑になるのが当たり前とはいえ、レーアはかなり母親に対して苦手意識を持っている。

 店員はそれ以上ラウリート家の事情に踏み込まず、リリィに対していくつかの武器を持ってきた。

 片手剣、短めの槍、あとは防具をいくつか。どれも動きやすさを重視してある。


 「獣人の方々は身体能力に優れています。種によって違いはあるとはいえ。防具を身につけていないので、動きやすさを優先して見繕いました」

 「試し切りとかは」

 「木製の人形を用意しています。こちらへどうぞ」


 商品を展示している一室の隣に、武器を試すところがあった。

 リリィは安物の剣から高級な剣に持ち替えると、木製の人形へ斜めに振りかぶる。

 多少の抵抗はあったが、人形は真っ二つとなった。


 「おお」

 「とにかく頑丈さを重視してありますが、安物に比べればそもそもの質が違います」


 次は槍を試すが、こちらは早々に手放した。

 慣れてない武器だからだ。

 そして次は防具を選ぶのだが、金属や革ではなく布で作られたものを手に取る。


 「おや、最初にそれを選ばれるとは」

 「どういうこと?」

 「強力なクモのモンスターから得られた糸を、魔法を駆使しながら衣服としたものでして。軽く、しなやかで、強靭。魔法に対する抵抗力も備えており、安物の金属鎧以上に身を守ってくれます。性能を試してみたい場合は、素手でお願いします」

 「リリィ、着なさい」

 「ま、まさか」

 「蹴ります。避けないように」

 「……とんでもないお嬢様だな」


 サレナが思わず呟くくらいには物騒な話だが、リリィは特殊な服をそのまま着ると身構える。

 レーアは鳥の足で蹴ってくるが、意外なことにそこまで痛くない。受ける衝撃もそこまでではない。


 「剣とこれ買います。ところで値段は……」


 いったいいくらなのか。

 恐る恐る尋ねると、合計で金貨百枚という答えが返ってくる。剣と衣服で半々。

 予算は五十枚。とてもではないが足りないため、どちらかを諦める必要がある。


 「サレナ、どっちがいいと思う?」

 「少し悩むが……防具。攻撃力を高めたところで死んだら意味がない。生きてこそ次がある」


 生きてこそということで、リリィはクモ糸の服を選んだ。

 その軽やかな感触とは裏腹に、金属鎧並みかそれ以上の防御力を持っている。


 「借金の完済は遠いけど、これがあれば役に立つ」

 「むしろ、今までまともな防具なしでよくやってこれたな」

 「いやあ、それほどでも」

 「褒めてない。呆れてるんだ」

 「二人とも、行きますよ。次はギルドです」


 買い物が済んだら店を出る。

 次に向かうのは冒険者ギルド。

 レーアに引っ張られる形で二人もついていく。

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