第13話 泥棒と自警団
謎の種がどういうものか判明したのは、リリィが居眠りをしたあと、ある程度経ってから。
起こされるので受付に向かうと、硬貨が入った袋が用意されていた。
袋の口が開いているので中が見えるが、なんと金貨が数十枚も入っている。
「これは?」
「リリィ・スウィフトフットさん。あなたが持ち込んだ種は、希少な植物の種であり、ギルドは金貨と引き換えたいと考えています」
「どう希少なのか教えてください」
植物と一口に言っても様々。
食用、薬用、あるいは他者を害することのできる毒を持つものも。
冒険者ギルドの職員は、少し迷った末に小声で答えた。
「エリクサーと呼ばれる薬の原料になるかもしれない植物です」
「かもしれない?」
「実験は行われているものの、成功したという話は聞きません。ギルドとしては、高く買い取ってくれる相手に品物を引き渡すだけなので」
「そうなんですか。あ、種とお金を引き換えます」
エリクサーの原料になるかもしれないとはいえ、種から育てるなんて気が長いなと考えるリリィは、とりあえず金貨の入った袋と交換した。
これでかなりのお金持ちになったわけだが、どう使うかが問題だった。
装備の更新、借金の返済、単に無駄遣いしてしまうという選択肢もある。
悩みながらギルドを出ていくが、その時、冒険者の集団に声をかけられる。
「よう、白ウサギちゃん、ちょっといいかい?」
「……なんですか?」
「野良ダンジョンで稼いだんだろ? どういうところだった?」
「んー、割と普通。むしろ他の冒険者と上手く話し合うのが大事だなって」
「なるほど。確かにそれはそうだ。ダンジョンの中で稼ごうにも、冒険者同士で取り合う形になるからなあ」
「もういいですか?」
「ああ。呼び止めて悪かったな」
怪しげな冒険者の集団から離れようと、早足で歩くリリィだったが転んでしまう。
「え?」
いきなりのことに思考が追いつかなかったものの、膝をついた時に理解する。
足元の一部だけ、地面が盛り上がっていたのだ。
それはすぐ元通りとなり、なんの痕跡も残らない。
明らかに、誰かが魔法を使って転ばせてきた。
どこの誰なのかは、すぐ明らかとなる。
さっき声をかけてきた冒険者の一人が、金貨の入った袋を奪って走り去っていくのだ。
「ど、泥棒!!」
叫んだところで効果はない。
周囲の人々は驚くものの、さっきの冒険者たちは全員が姿を消していた。
「くそ、金貨の入った袋を取るとか」
幸い、袋を取った者は視界の中にいる。
リリィは足が負傷してないのを確認したあと、全力で追いかける。
せっかくの大金、奪われたままではいられない。
「返せー!」
「やだね。これだけの大金、ガキにはもったいねえ」
泥棒は狭い路地に逃げ込むが、リリィにとっても慣れた場所なので少しずつ距離は縮まる。
「逃がさない」
「冒険者として登録した名前に、スウィフトフットってつけるだけはあるな。だがな、打つ手はある。捕まった間抜けとは違うんだよ」
「うっ!?」
走っている途中、足元の地面がわずかにへこむ。
リリィは思わず転びそうになるものの、なんとか突破するが、さらなる妨害が続いた。
まず小さな壁が現れて道を塞ぐ。
これは家の壁を蹴って走りながら飛び越える。
すると今度は複数の柱が不規則に生えるが、やや走る速度を落としながらも体を捻りながら突破した。
「なんのこれしき!」
「ちっ、ろくに足を止められんとは。将来が末恐ろしい子どもだな」
「妨害する仲間がいても、これじゃ意味がない」
「果たしてそうかな?」
走り続けるうちに、人の少ない区画に入っていた。
空き家が多く、大通りからも遠いところのため、かなり閑散としている。
泥棒は行き止まりとなっている道の奥で立ち止まると指笛を吹いた。
「あらら、こんな奥深くまで追いかけてくるなんて。よっぽどの大金が入っているのかしら」
「知ったことかよ。足の速いガキを痛めつける。まずはこれだ」
「油断するな。大金を持ってて、こっちの妨害を突破した上でここまで来たんだ」
リリィの背後から、武装した男女が現れる。
逃げ切れないのなら、いっそのこと誘い込んで対処する。そういう思惑があるようだ。
挟み撃ちを受ける形となったリリィは、剣を引き抜いたあと少し悩む。
前方には一人だけ。しかし行き止まり。
後方には数人いるが、突破できればこの場から逃げることができる。
「……これはまずいかも」
「白ウサギちゃんよ。俺たちの仲間にならないか? その足の速さ、色んなところで役に立つ。それに大金を稼ぐ運もあるときた。お前さんみたいな子どもをいたぶるのは、こっちも心が痛む」
最初に行われるのはまさかの勧誘。
白々しい言葉だが、この場を切り抜けるだけなら誘いに乗るのが手っ取り早い。
だが、リリィは首を横に振って拒絶した。
「お金を盗んできた相手はお断り」
「そうかい。残念だ。お前たち、やれ」
背後から気配が迫る。
相手は複数、まともにやりあえば危ない。
リリィは駆け出した。行き止まりとなった壁の方へ。
「集団の頭を狙う。それは正しい。だけど倒せないと意味ねえよ」
「あとで倒すよ」
「なにっ!?」
目の前にいる泥棒を攻撃することなく通り抜けると、行き止まりの壁を駆け上がり、途中で足に力を込めると強く蹴って跳ぶ。
すると後方から迫っていた者たちを飛び越え、その後方に着地する。
「ふん、そうきたか。サーカスの曲芸師が向いてるんじゃないか」
位置だけを見るなら、挟み撃ちどころか相手を袋のネズミにした。
ただ、これは解決ではない。
相手を倒してお金を取り返さないと意味がない。
「はっはぁ、一人でそこに立って何をするってんだ? 追い詰めたつもりかあ?」
剣を持った大柄な男性が前に進み出ると、剣を縦に振り下ろす。
人が少ない区画ということで命を奪いに来ている。
当たれば危ないが、リリィは少しだけ後ろに跳んで避けると、反撃として相手の手元を狙う。
「こ、こいつ、指を切り落としにきやがった!」
「……ダメか」
さすがに受け止められてしまうため、一度距離を取り、再び攻撃する機会が来るのを待つ。
そんなリリィの動きを見た泥棒たちは、先程までの油断は消え失せ、数を頼みに仕掛けようとしていた。
「……逃げればどうとでもなるけど、お金が」
金貨が数十枚も入っている袋。
それを失うのは避けたいが、戦力差は大きい。
さてどうしたものかと考えるリリィだが、どこからか複数の足音が聞こえてくる。
「この辺りのはずだ! 各員、警戒を緩めるな!」
「はい、サレナ隊長」
さらに大きな声も聞こえてくる。
泥棒の方を見ると、予想外の状況なのか険しい表情を浮かべていた。
「しまった。派手に動きすぎたか」
「今来てるのは泥棒さんの味方じゃないんだね」
「ほざいてろガキ。どけ」
「どかない」
リリィは後退することなく、相手の攻撃を剣で受け流す。
焦りから動きに精彩を欠いている泥棒たちは、たった一人のリリィを排除することができない。
そうこうしているうちに、足音の原因と思わしき集団が到着した。
「泥棒を発見、確保する。おとなしくついてくるなら手荒なことはしない」
先頭に立って話すのは、黒い髪と赤い目が特徴的なウサギの少女。これに褐色の肌が加わる。
リリィを白ウサギとするなら、その少女は黒ウサギ。
名前はサレナ。
彼女はリリィにちらりと視線を向けたあと、無視するかのように泥棒へ意識を向けた。
「返答は? ギルドの前でやったことは見ていたぞ」
「ふん、自警団の連中か。やなこった、だ」
泥棒たちは、行き止まりとなっている壁を越えるため、地面から伸びるいくつかの足場を作った。
おそらくは魔法によるもの。
このままでは逃げられそうなのを目にしたリリィは、おもりのついた紐を、金貨の入った袋を持つ者へと投げつける。
「えいっ」
「うおっ、くそ、足場が崩れ……」
足場は長く維持できないのか、足に紐が絡まった泥棒は壁を越えられずに落下し、既に越えた者たちは申し訳なさそうに逃げていく。
「ごめんねえ。この状況では助けられない」
「すまん、勝ち目がない」
「生きてたらまた会おう。次会った時は臭い飯がどれくらい臭いか教えてくれ」
「て、てめえら……!」
あとはもう捕縛されるだけとなった泥棒は、ロープで縛られ、自警団の者に連れられてどこかへ移動していく。
金貨の入った袋については、黒ウサギの少女であるサレナが拾い上げ、リリィへと手渡した。
「ええと、ありがとう」
「お礼はいらない。あたしは自警団として当然のことをしたまで。それよりも……かつて自警団だったお前の不甲斐なさに悲しくなる。大金に浮かれるのはわかるが、それで盗られるんじゃどうしようもない」
「うっ……」
リリィが何も言えずにいると、サレナは言うだけ言ってさっさとこの場を立ち去ってしまう。
なかなか耳の痛いことを言われたものの、自警団のおかげで大事なお金は無事に戻ってきた。
次また誰かに取られることは避けたいため、リリィは借りている安宿の部屋へと急いだ。
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