第10話 ゴーレムという代物
「ここは……」
「警戒しときなさい。こんな、いかにも何かありますって空間では特に」
そこは通路が存在せず、何本かの柱が存在する広間となっていた。天井はやや高い。
中央には、なにやら大きなモンスターらしき影が蠢いている。
「えーと、リリィ。向こうはまだこっちに気づいてない。引き返すなら今のうちよ」
あまりにもあからさまな状況を目にしたセラはそう言うが、リリィは首を横に振る。
「でも、それじゃ稼げない」
「まあね。ああいう強敵っぽいのを倒すと、大抵は良さげな財宝が手に入るというのが相場だけど」
「苦労に見合うかどうかは、わからない?」
「ええ。それでもやるの?」
「やる」
冒険者というのは危険と隣り合わせ。
そもそも危険から逃げてはあまり稼げない。
大きく稼ぎたいなら、時には危険を乗り越える必要がある。今がその時だった。
「さて、まずは相手の正体を探る必要があるわけだど」
「じゃあ、わたしが仕掛けて確認してくる」
「え、ちょっと、待ちなさい」
勇敢なのか無謀なのか。
リリィはランタンを持つと、大きなモンスターらしき影に近づく。
近づいていくと、少しずつ相手の大きさや形状がはっきりしてきた。
それは石で作られた人のような代物。
よく見ると、全身は切り出された石で構成されているため、明らかに誰かが作ったと考えていい。
「あれはゴーレムよ。これでも私は魔術師の端くれだからわかるけど、ダンジョンに出てくるのとは何か違う」
ちょっとした家くらいの大きさがあるゴーレム。
ずんぐりとしているが、二人の存在に気づいたのかゆっくり動き始めると、まるで四足歩行をする獣のような姿勢を取る。
「ああいうのって、ダンジョンに普通に出てくる?」
「いえ、私の記憶にある限りでは、出てくるとしても二足歩行が普通ね。本で読んだだけど」
「つまり……あれってやばい奴?」
「おそらくは。ゴーレムって体のどこかに、動かす印みたいなのがあるから、そこを削れたら無力化できるけど、伏せてるせいでまったくわからない。ほぼ確実に、お腹側のどこかとは思う」
四足歩行する石のゴーレムは、まるで威嚇するように時々足を地面に叩きつけるも、攻撃してきたりはしない。
一定の距離を保ったまま、近づいて来ない。
まるで出ていくよう促しているかのような行動に、少しばかり考える余裕が出てくる。
「いっそのこと、地下への階段を探して一気に突破するとか」
「町のダンジョンみたいに明るかったならそれもありだけど、野良のここは暗闇のせいで視界が悪い。あまりおすすめはしないわ」
面倒なゴーレムを相手にするより、下への階段を見つけてそのまま通り抜けた方が色々と楽。帰りは帰りで大変だが。
リリィの提案に対し、セラは微妙そうな表情のまま首を横に振る。
そもそもゴーレムがおとなしく探索させてくれるはずがないので、結局はどうにかしないといけない。
「ロープとかあったら、柱に縛りつけられるかな」
「誰が結ぶのよ。結んでる間に吹っ飛ばされるっての」
巨大で頑丈な相手にどう戦うか。
手持ちの武器を叩きつけたところでほとんど効果はない。
ならば魔術師であるセラの魔法に頼るしかないが、正面から倒すのは魔力が足りるのかという心配がある。
そこでリリィは新たに一つの提案をした。
「セラが魔力の塊をぶつける魔法を使うでしょ。多分ゴーレムはセラの方に向かうだろうから、その間にわたしはランタンを消して壁際を探索する」
「……それしかなさそうね。暗闇いける?」
「割といける。夜の町って真っ暗なところがあって、そこで泥棒と追いかけっこしたことあるけど、どこにもぶつからなかった」
「なんでそんなことを?」
「お金なくて、偶然泥棒を見つけて、泥棒から盗めばいいのでは、って考えて」
「バカなことやってても生きてる時点で、その実力を信じておくわ」
呆れ混じりに何か言いたそうなセラだったが、軽く頭を振ったあと杖を握ってゴーレムの方を向く。
その間にリリィは、ランタンの火を消して暗い壁際に移動し、息を潜める。
「威嚇に専念してるから動きが遅い、なんてことがないといいけれど」
セラは杖を振るうと、ゴーレムに対して魔力の塊を放つ。
握り拳くらいの大きさをしたそれは、一度ではなく何発も放たれ、次々とゴーレムに命中する。
しかし、相手はちょっとした家くらいの巨体であるため、あまり効いているように見えない。
表面が少し欠けただけ。
「……あれを倒すのは、骨が折れそうね」
攻撃を受けたあと、ゴーレムの動きは変わる。
今までの威嚇するような行動はなくなり、地面に無造作に手を置くと、何か掴んで投げてくる。
「くっ」
セラは咄嗟に回避するも、尻尾の先にいくらか当たる。
投げられたのは、土の塊だった。
より正確には石の混じった土。
当たったのが、鱗のある尻尾部分だから良かったものの、そうではない上半身の場合、結構な大怪我になっていただろう。
「……うわ、あれはやばい。急がないと」
セラがゴーレムと戦って注意を引きつけている間、リリィは壁際をコソコソと進んでいた。
こういう広間において、地下への階段があるとしたら壁際だろうという判断から、壁に沿って移動している。
ただ、離れたところで起きている戦闘を見る限り、あまり悠長にはしていられない。
「……遠距離攻撃はある。けど動きは遅い。セラはまだ大丈夫だね」
冒険者としての視点は、ただ冷静に状況を把握させていく。それはある意味冷酷でもあった。
セラは悪態をつきながらも、ゴーレムと距離を離したまま戦っており、もうしばらく任せても問題ない。
壁際を調べて既に半分。位置的にはゴーレムの真後ろ。
その時、リリィはゴーレムに対して疑問を抱いた。
「……そういえば、広間の中央から動いてない」
入ってきてから今に至るまで、四足歩行するゴーレムは、ほとんど位置を変えていなかった。
まるで何かを守っているような動き。
「まさか、ね」
嫌な予感がした。
もしかしたら、下におりるための階段は壁際にはなく、ゴーレムの真下にあるのではないか。
その嫌な予感は、残念ながら的中してしまう。
ぐるっと一周したにもかかわらず、階段らしきものを見つけられなかったのだ。
「ああもう! あとどれくらい戦えばいいわけ!?」
少しずつ怪我が増えているのか、セラから苛立ち混じりの声が聞こえてくる。
まだ余裕を残しているが、あと数分もすれば勝手に退却するかもしれない。
「……仕方ない。行くか」
狙いはあちらに向いており、今のところ自分については気づかれていない。
リリィは深呼吸すると、慎重に、しかし大胆に、ゴーレムの背後から近づいていく。
獣のように四足歩行の状態となっているが、その巨体ゆえに、股の間をくぐって通り抜けることができる。
「あーあ、やっぱりここに階段あった。印は……」
ゴーレムで隠れている広間の中央に、地下への階段はあった。
あとはゴーレムを動かす魔術的な印だが、これは見上げるとすぐに見つかる。
人間で言うとお腹と胸の間に、何か黄色の塗料で描かれた図形が存在していた。
これを削れたら、一気に無力化できるのだろうが、問題は武器を剣しか持っていないという部分。
リリィは音を出さないように剣を引き抜くと、数秒ほど考え込み、セラに合図を出すためランタンに火をつけた。
「ばっ……いつの間にあんなところに!」
「お腹と胸の間に印はある。わたしが失敗したら、あとはセラに任せた!」
当然ながら、近くで明かりをつければゴーレムに気づかれてしまう。
かなりの至近距離なせいか、一度見下ろしてから捕まえようと片手を動かす。
そのわずかな時間に、リリィはゴーレムの印に剣を叩きつけた。
ガツン!
硬い物同士がぶつかる音のあと、ほんのわずかに黄色い破片が地面に落ちる。
爪の先ほどの小ささしかないが、この攻撃によってゴーレムの動きはわずかに鈍くなった。
「やばやばやば」
迫ってくる石の手から逃げるため、リリィは全力で走る。
そのおかげで、石の指先が白い髪の毛をかすめるだけで済んだが、まだ戦いは終わっていない。
「よくやったわ。これで狙える」
セラは前に進み出ると、リリィが言った印が描かれている場所へ魔力の塊を放つ。
威力自体は魔法全体から見ると低めだが、初歩的で単純ゆえに安定した効果が出せる。
黄色い図形に命中すると、ゴーレム自体はともかく、表面に描かれている図形は大きく欠けた。
それから数秒もすると、ゴーレムはゆっくりと動かなくなっていき、最終的にはその形を維持できずに崩れ落ちた。
「よし、勝った!」
「勝てたのはいいけど、あのゴーレムはお金にはならなそう」
大きな石の塊がゴロゴロと辺りに転がっているが、金目のものは特に見当たらない。
「ゴーレムは、お金になりそうな部分ってあるの?」
「ある。まず魔力を通す触媒が必要で、それを核にして全身を石とかで構成するわけ。これにより自ら動くゴーレムができる。……けれども」
「売り物になりそうなゴーレムの核が見当たらない?」
「そう。これだけの大きさ、かなり高価な触媒が使われているはずだけど、それらしいものはない」
「作った人が、ずっとどこかから動かしてたりとか」
リリィのその言葉に、セラは嫌そうな表情を浮かべる。
「つまり、かなりの実力者が潜んでるってことになるけど。私たちを蹴散らせるほどの」
「うーん、怖くなってきた」
謎は増えたが、ここで帰るわけにもいかない。
今のところ、野良ダンジョンを探索することで得たのは、モンスターの素材と謎の種だけ。
もう少し目ぼしいものが欲しい二人は、地下七階への階段をおりていく。
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