第11話 潜んでいた賞金首
「これって……」
「私に聞かないでちょうだい」
地下七階に到着した二人を出迎えるのは、まっすぐな通路と一つの扉。
いったい何が待ち受けているのか不安は増していくが、何かを得たいなら進むしかない。
「一応、戦闘になったら任せるから」
「ええ、任せなさい」
リリィは剣を引き抜いたまま、そっと扉を開ける。
モンスターがいた場合に備えてセラは杖を構えていたが、扉の向こう側を目にした瞬間、杖を下ろした。
「おや、こんなところに人が来るとは」
扉の向こうは部屋となっており、驚くことに人が住んでいた。
ギルドの安宿に匹敵するくらい、内装は何もないが。
「ええと、あなたは……」
相手は見た目だけなら老いた人間の男性。
白い髪、灰色の目、身につけているのは土色のローブ。
そこまで確認したあと、驚く自分自身をなんとか隠しながらリリィは質問をする。
厄介なことに、目の前にいるのは賞金首のワイズ。
レーアにお金を返す時、見かけた手配書。それに描かれているのと同じ顔がそこにはあった。
「はてさて、君たちにはこの老いぼれが何に見えるかね? 敵か味方か?」
「まどろっこしいことを聞いてくる時点で、怪しいとしか思えないけど」
セラはかなり胡散臭く感じているのか、杖を握る手の力が強まるが、リリィは真面目に考え込む。
「ダンジョンの中ということを考えると、攻撃してこないので敵ではないです。でも味方でもない」
「ふむふむ。ダンジョンの中は、地上と同じ感覚でいると危ない。一定の警戒心を保ち続けないといけないわけだ。つまり、敵味方を断定することは避けるべきであるのだな。しかしどちらの可能性も捨てないこと」
「あの、こっちからも質問いいですか」
「なんだね? 言ってみるといい」
「上のゴーレムは、あなたが作ったんですか?」
リリィが質問をすると、謎の老人は持っていたコップをテーブルに置き、さっきよりもやや真面目な表情になり頷いた。
「そうだ、と言ったら?」
「あなたの名前や、ここにいる目的を聞きたいです」
怪しまれないよう、それとなく聞き出す。
相手は、自警団、ギルド、商会、三つの大きな組織が組んでまで捕らえようとしている危険人物。
もし戦いになった場合、命の奪い合いになることは確実。
それだけは避けたい。
「知れば、君たちは表の世界を歩けなくなる。それでも構わないかね?」
「え、それは……」
真面目な表情から語られる言葉は、重苦しい響きを伴っていた。
リリィはなんとか表情を変えないでいたが、緊張からか白いウサギの耳が小刻みにピクピクと動く。
「すまんすまん、さすがに脅かしすぎた。獣人の子どもは、耳とかの反応が面白いから、ついやってしまう。名前はワイズだ」
ワイズという老人は大きく笑ったあと、近くの荷物をまとめながら話していく。
「ダンジョンの研究をしている。一般にも広まってるのは、宝箱がいつ復活するか、どの位置に現れるか、中身の質を上げるにはどうすればいいか。そういう研究が主なものになる」
「宝箱ばかりですね」
「ダンジョンは経済と結びついてる。どこの国も、ダンジョン無しには成り立たない。ある意味当然なことだとも」
ダンジョンと、その内部に出現する宝箱。
様々な中身が冒険者を通じて市場に出回り、経済活動の一部となる。
もはや人々の日常に溶け込んでいるため、それらが失われた時、どれほどの混乱が起こるか予想できない。
「その言い方からすると、違うのを研究してるんですか?」
「うむ。君たちは冒険者のようだが、気になったことはないかね? どうしてダンジョンという構造物が出現しているのか」
「ええと……考えたことありませんでした」
「私も同じく。生まれた時から存在してたし、疑問に思うことはなかった」
「そうだろうとも。誰もがそうだ。恥じることはない」
ワイズは大きく頷いた。
自分も疑問に思うまで長い月日がかかったと言って。
「その、宝箱と関係ないならどんな研究を?」
「おっと、肝心の部分を話していなかった。この老いぼれが研究しているものは、ダンジョンがどうやって生み出されているのか」
「だから野良ダンジョンにいたんですか。ところで進展とかは」
「あまり進んでない」
ため息混じりに肩をすくめる。
その様子を見る限り、本当に進んでいないようだ。
「あまりってことは、進んでる部分とかあるんですか?」
「あるにはある。ダンジョンは人の手が加わっている。つまり人為的に生み出されている。どこの誰が、なんのために、その辺りはさっぱりだがね」
「謎に満ちてますね」
「だから研究しがいがある。一生をかけても届かないかもしれない謎だ」
荷物をまとめ終えたワイズは、ここで話を中断すると部屋から出ようとする。
「さて、そろそろ失礼させてもらう。このダンジョンは攻略されたようだから、生き埋めになる前に出ていかねば。そうそう、これは忠告というよりも助言だが、さっき話したことは他言無用にしておいた方がいい。君たちのためでもある」
「わかりました。捕まるのは嫌なのでそうします」
リリィが頭を軽く下げながら言うと、ワイズは扉にかけていた手を離し、わずかな笑みを浮かべて振り返った。
「なんだ、君は手配書を見ていたのかね。ずいぶんと広まるのが早い。手を打たねば」
「…………」
「無言はいけない。何か言わないと」
「み、見逃してくれませんか」
「それは、利益よりも不利益が多い。できない相談だ」
「はん、だったら……!」
今まで静かにしていたセラは、杖を構えて魔力の塊をぶつける魔法を放つ。
至近距離なので命中するかと思われたが、ワイズはより強力な同じ魔法で反撃を行う。
セラの魔法は打ち消され、そのまま何発もヒトの上半身やヘビの下半身へと命中していき、やがて倒れた。
「う、うぅ……」
息はあるのでギリギリ生きてはいるようだ。
「情熱的だが、届かない。次は君の番だ。ウサギの子」
「くっ……」
状況は圧倒的に不利。
相手は武器らしい武器を持っていないが、魔法の実力でセラを上回っている。
斬りかかったところで、すぐに反撃が行われる。
一撃で勝負を決める必要があるが、いったいどうすれば。
リリィは剣を構えて相手の出方を見るが、厄介なことに動かない。
「どうしたね? 私を倒すには攻撃しないと」
「そっちから仕掛けたらどうですか。そうすればすぐに終わる」
話すうちに、リリィは少しだけ心に余裕が出てきた。
魔法を使うには呪文を唱える必要がある。
相手に悟られぬよう小声でしても、同じ部屋にいるので口の動きを見ればすぐにわかる。
向こうから仕掛けてこないのは、攻撃手段が魔法しかないのだろう。
もし避けられでもしたら反撃の剣が肉体を貫く。
それを警戒しているわけだ。
「こんな小部屋じゃ、威力が高すぎる魔法は使えませんか。威力が弱いものだと殺しきれない。ちょうどいい魔法は、外すわけにはいかない」
「……急に饒舌になるじゃないか」
「一つ教えてください。どうして懸賞金をかけられてるんです?」
「ダンジョンの研究のため、ギルドと敵対することが何度もあった。それゆえにだ」
「それだけなら、複数の組織が手を組んでまで捕まえようとはしないはず」
「大人の世界は色々ある。子どもの君にはわからないだろうが」
長く話していたからか、リリィにはわずかな隙が生まれていた。
ワイズはその隙を見逃さず、次々と魔法を放つ。火球、小さな氷の槍、空中を走る稲妻。
どれも一撃で命を奪うにはやや威力が足りないが、足を止める力は大きい。
「うおおおお!」
火球は命中するとどうなるかわからないため、リリィは体を捻って回避し、氷の槍が頬をかすめるものの、痛みを無視して踏み込んで跳ぶ。
稲妻は命中してしまい苦痛に顔が歪むが、既に跳んでいるので勢いは止まらず、リリィの持つ剣はワイズへと突き刺さった。
「ぬぅ……素早い、ウサギだ」
「はぁ、はぁ、わたしの勝ち」
お腹と胸の合間、そこを貫かれたワイズだが、リリィを強く押し退けて部屋を出ると、剣を引き抜いてから、巻いてある羊皮紙を取り出した。
「死は、避けねばならない。君のことは覚えた、ウサギの子よ」
広げられた羊皮紙がボロボロになって崩れるのに合わせ、ワイズの姿はその場から消えた。
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