第9話 野良ダンジョンの攻略

 数日が過ぎたある日のこと。


 「むむむ……」


 様々な依頼が貼られている木のボード。

 そこには唸りながら悩むリリィがいた。

 少し視線を動かせば、他にも悩んでいる冒険者がいたりする。

 全員の視線は一枚の紙に向いていた。


 “ヴァースの町から徒歩一時間の平原に、野良ダンジョンが発見された。攻略したい冒険者は、ギルドに前金として銀貨を五枚支払えば参加できる。先着で三パーティーまで”


 それは冒険者向けの告知だった。

 野良ダンジョンというのは、人々が暮らす村や町や都市以外の場所に出現するダンジョンの総称。

 ギルドの管轄外なこともあって、内部では一攫千金を狙うことができなくもないが、可能性は低い。

 基本的に、野良ダンジョンは地下五階までのものが大半。

 一つの階層は狭く、それでいて浅いため、あまり稼げないのだ。


 「前金は、一応払えるけど……」


 ここで重要なのは、前金を支払うだけの価値があるのかという部分。

 自分だけで潜れるなら、払った分を取り戻すことは容易いが、他の冒険者も参加するとなると赤字になる可能性が出てくる。

 それゆえに、リリィの周囲にいる冒険者たちも参加すべきかどうか悩んでいた。


 「どいたどいた。冒険者たるもの、未知の財宝を得られる野良ダンジョンに挑まずしてなんとする! 俺たちは参加するぞ。管理下のダンジョンはチマチマとしか稼げん!」


 四人組のパーティーがやって来ると、わざわざ宣言してからギルドの受付に向かった。

 すると冒険者たちの間に参加しようとする空気が生まれ、それを察知したリリィは早足で受付に向かうと、野良ダンジョンへ挑む前金として銀貨五枚を支払う。


 「おや、一人だけですか? パーティーメンバーは?」

 「いません」

 「せめて、あと一人はいた方がいいとだけアドバイスしておきます。荷物持ちだけでも構わないので」

 「わかりました。探します」


 パーティーメンバーを探すといっても、どういう人物を探すかが問題だった。

 手頃な人物として、ラミアの魔術師であるセラの姿を探してみると、酒場で飲んでいる姿を発見する。


 「ちょっと手を貸して」

 「んもう、せっかく気持ちよく飲んでるってのに。まあいいわ。あなたのこと優先してあげると言ったのは私だし」


 以前よりも酒臭く、だいぶ酔っているように思える。

 こんな有り様でも、野良ダンジョンなら大丈夫だろうということで、二人一緒に受付へ向かう。

 手続きを済ませたあと、ギルドが用意した馬車へ乗ることに。

 今回参加するのは、四人組のパーティー、リリィとセラの二人組、そして三人組のパーティー。


 「うーむ、ウサギのお嬢ちゃん、パーティーメンバー探すにしても、もう少し別の奴はいなかったのか」

 「……じ、実力は確かなので」


 大型の馬車は十人以上が乗れる代物だったが、どうしても密集する形になる。

 飲み過ぎたセラが放つ、酒の臭い。

 これに顔をしかめる者が続出するが、時間と共に薄れていくため、最終的には何か言ってきたりする者はいなくなった。


 「皆さん、到着しました。馬車から降りてください」


 しばらく経つと、平原の真ん中で馬車は停止する。

 ギルドの職員である御者が示す先には、地下への階段が存在し、そこにダンジョンがあることをこれ以上なく主張していた。


 「野良ダンジョンに挑むのが初めての方はいますか?」

 「はい」


 リリィは手をあげる。


 「現地に到着しているので、基本的なことは飛ばします。これは重要なことですが、野良ダンジョンの最下層には、コアがあります。いわゆるダンジョンコアと呼ばれる代物です」

 「どういうものですか?」

 「見た目は、大きくて丸い宝石。内部には大量の魔力が蓄えられており、ギルドでは高く買い取っています」

 「もしかして取り合いになるんじゃ」


 周囲の冒険者パーティーを見ながら言うと、ギルドの職員は頷いた。


 「最短のルートでコアだけを手に入れようとするなら、そうなります。ただ、それでは前金を払ってまで来た意味が薄れます。コアを入手した瞬間、ダンジョンは崩壊を始めていき、内部のモンスターや宝箱は消失しますので」

 「つまり、上の階層で稼いでからコアを取った方がいいと」

 「はい。相談してもよし、抜け駆けしてもよし。殺し合いにでもならない限り、ギルドはあまり介入しない方針です」


 なかなか自由に動けるが、それは相手も同じこと。

 早速、冒険者パーティー同士による事前の話し合いが行われる。


 「コアは最初に到着したパーティーのものにするとして、実際に入手するのは他がすべて最下層に到着してからでどうだ?」

 「賛成で」

 「いいと思う」


 話すことは多くない。

 早い者勝ちとはいえ、節度ある早い者勝ちの方が総合的に稼げる。

 四人組と三人組のパーティーは、それぞれ攻略と探索の二手に分かれたが、リリィは少しフラフラしているセラを見て探索を優先することに。


 「あ~、馬車で揺られたせいできつい」

 「しっかりしてよ」


 しばらく戦力としては使い物にならないが、荷物持ちとしては役立つ。

 野良ダンジョンはかなり暗いため、ランタンを持たせた照明係としても活躍する。


 「あれは、トカゲ!」

 「高くは売れないけど、お金になる時点で些細なことね」


 進行方向には、人の腕くらいあるトカゲのようなモンスターがいた。

 なかなかに素早いが、素手ではないので容易に対処できる。

 リリィは飛びかかってくる相手を回避し、頭部を剣で刺して仕留めると、解体して売れそうな部位を袋に入れていく。


 「はい、これ持ってて」

 「本調子じゃないし、従うわ」


 はっきりいって浅い階層のモンスターは弱い。町のダンジョンに出てくるものよりも。

 出会い頭に次々と仕留めていくにつれて、セラが運ぶ荷物の量は少しずつ増えていった。

 身軽さを維持できたリリィは、戦闘と探索の双方において活躍しているが、疲れたため地下三階辺りで休憩の時間となる。


 「荷物は溜まってきた。これ全部売ったら、いくらになるかな?」

 「大半は銅貨になるものばかり。たまに銀貨になりそうなのがあるから……合計で銀貨十枚ってところかしら」

 「び、微妙……」


 かけた労力の割に稼ぎは少ない。

 行きと帰りの時間。パーティー内部での分配。

 それらを考慮すると、野良ダンジョンは実入りが悪い。


 「あーあ、初めての野良ダンジョンなのに」

 「一攫千金なんて夢のまた夢よ。運が良い一部の話は広まるけど、微妙な稼ぎについては当たり前過ぎて広まらない。ま、こういう経験を積んで優秀な冒険者になるわけ」


 休憩のあとは探索を再開するが、地下四階の通路において興味深いものを発見する。

 木製で、そこそこ大きく、これ見よがしに自らの存在を主張している箱。

 いわゆる宝箱である。


 「これ宝箱? 初めて見た」

 「町にあるダンジョンは、ずっと内部に熟練冒険者がいるものねえ。すぐ取られるから見る機会はないか。さてさて、この箱からは何が出てくるかしら」


 浅い階層なので豪華な代物は期待できないが、ダンジョン内の宝箱という時点でワクワクしてしまう。

 リリィは罠がないことを確認すると、恐る恐る蓋を開けた。


 「こ、これは……」


 大きな箱の中には、手のひらサイズの小さな袋があった。

 リリィは首をかしげつつ、袋の中身を確認してみると、植物の種がいくつか入っているだけ。


 「なにこれ」

 「植物の種でしょ。なんの植物かは知らない」

 「うーん、とりあえず町に帰ったらどういうものかわかるか」


 謎の種を手に入れたとはいえ、その価値は不明なので素直に喜べない。

 モンスターを蹴散らしつつ地下五階に向かうと、既に二つのパーティーが全員揃っていた。


 「おっと、ウサギのお嬢ちゃんたちが一番最後か。あそこ見てみ」


 示された先には、一本道な通路と扉があるだけ。

 扉がわずかに開けられるので、リリィは隙間から奥を見る。

 小部屋の中央に台座が存在し、その上に大きな宝石らしき物体が乗っていた。

 あれこそが、ダンジョンのコアなのだろう。


 「おお、高そう。ところで、どっちのパーティーがコアを手に入れるんですか?」

 「このおっさんのパーティーだ。人数差が響いて、あと少しのところで先を越された」

 「ははは、悪いな。四等分するからそこまで儲けが出るわけでもないが」


 四人組のパーティーは小部屋に入り、台座に乗っているコアを持ち上げた。


 ゴゴゴゴ……


 その瞬間、野良ダンジョンの内部が揺れ始め、少しずつ内部の崩壊が進行していく。


 「よし、ギルドの調査によると、数時間ほどは大丈夫だそうだが、天井や壁が壊れていく地下に長居するのは、あまり精神的によろしくない。脱出するぞ」


 攻略を終えたダンジョンに長居する意味はない。

 このまま全員で地上に向かおうとするが、小部屋の一部が崩れた際、リリィは立ち止まる。

 薄暗くてわかりにくいが、通路らしきものが見えた。


 「ちょっと待って」

 「どうしたどうした?」

 「ここに通路が」

 「……本当だ。おいおっさん、どうする?」

 「隠し通路の先に、何が待ち受けているかわからん。既にコアを手に入れたから進まんぞ。パーティーを率いる身だ。未知に挑むには、用意が足りない」

 「……なら、俺たちもそうしよう。ウサギのおちび。あんたは進むのか」


 問いかけられ、リリィは頷く。

 幸い、セラの酔いは覚めてきている。

 いざとなれば、さっさと地上へ逃げ帰ればいい。


 「はい。やばそうならすぐ逃げるので」

 「戻ったら、何があったか教えてくれ」


 二つの冒険者パーティーに見送られながら、リリィはセラを連れて隠し通路を進む。

 曲がり角を何回か越えた先には、地下六階への階段があった。

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