第8話 今月分の返済

 朝、借りている部屋のベッドで目覚めたリリィは笑みを浮かべていた。

 手を伸ばした先には、お金の詰まった袋がある。ここ数日で稼いだものだ。


 「ふふふふ、朝から行っちゃおうかな?」


 レーアが借金の回収に来るのは夕方以降であるが、ここはいっそ朝から返してしまうのも面白い。

 そう考えるリリィだったが、起き上がったあと少し考え込んでから再びベッドに寝転がる。

 いっそのこと、夕方まで何もせずゴロゴロしてしまうのもありだと考えたからだ。


 「頑張ったし、今日くらいは休んでも……」


 昨日は依頼をこなしたあと、ずっとのんびりしていたが、それでも気分的にはまだもう少しゴロゴロしていたい。

 怠惰な様子を隠そうともせず、あられもない姿のままベッドで眠りにつくリリィ。

 だが、それも長くは続かない。

 昼をいくらか過ぎた辺りで目を覚ますと、面倒そうな表情で出かける用意を整える。


 「……眠れない」


 そもそも体力が有り余っていて、睡眠時間も充分に足りている。

 二度寝をしてもすぐに目が覚めてしまい、かといって何もない部屋に居続けるのは暇すぎて逆に苦痛。

 これといって予定のないリリィは、借金を返すためにレーアの屋敷へと向かった。


 「すみません。レーアはいますか?」

 「うん? 君はリリィだったか。確認するので少し待つように」


 レーアの親は商会を率いており、ヴァースの町で一番のお金持ち。

 娘に対してプレゼントした屋敷には、完全装備の門番が常に立っている。

 リリィがレーアに会いたいことを伝えると、門番の一人は屋敷の中へ入っていく。

 残る一人は、肩をすくめながら話しかけてくるが、職業柄あまりよろしくない行動である。


 「大変そうだな。金を返すためとはいえ、うちのお嬢様に会いに行くのは」

 「門番やってる時にそういうこと言ってると、怒られますよ」

 「なあに、話し相手が君だから大丈夫。この屋敷には、お嬢様と従者と俺たち門番くらいしかいないから。……ラウリート商会を率いる、お嬢様の母上殿はくっそ怖いけどな。あの方がここの屋敷にいたら、ずっと真面目にするしかない」


 適当に話をしているうちに、確認を終えた門番が屋敷から戻ってくる。


 「客人がいるが、構わないだろうか?」

 「大丈夫です」

 「おいおい、どんな客人か教えておけよ。中でばったり遭遇するかもしれんし」

 「ふーむ。一理ある。現在、レーアお嬢様と面会しておられるのは、ヴァースの町の治安維持に尽力している自警団の団長、オーウェン殿だ」


 自警団の団長と聞いて、リリィはわずかに表情を変えるが、門番たちは門を開けるのを優先しているので気づかない。

 屋敷の扉をくぐると、レーアの従者の一人が待っていた。


 「案内します。ついてきてください」

 「ええと……失礼します」


 豪勢で広大な屋敷は、少し見回すだけでもお金がかかっているのが理解できる。

 大理石の床はまるで鏡のように光を反射し、天井には小さめだが豪華なシャンデリアが輝いている。

 広々としたホールには、わざわざ金銀で作られた調度品が飾られており、もし泥棒が屋敷に入り込んでもどれを盗っていくかで頭を悩ませるだろう。


 「何か気になるものでも?」

 「いつ見ても、お金ってのはあるところにはあるんだなー、と」

 「レーアお嬢様のお母様は、大変な子煩悩でいらっしゃいますから。これだけの贈り物をしているのがその証。それゆえに、当時お嬢様を優先しなかったもののきちんと助けたあなたに対し、利子のない借金を」

 「お母さん、か……」


 それは小さな呟き。誰にも聞き取れないほどの。

 親のいない孤児からすれば、子煩悩な親はある意味羨ましいものだ。

 口にしたところでどうしようもないが。


 「もしも初めて出会ったあの時、地上に送ることを優先していたら、借金そのものがチャラになってたかな。もう過ぎた話だけど」


 リリィはラウリート商会に対して、莫大な借金を背負っている。

 しかしながら、利子はない。

 これはあまりにも大きい。

 長い時間をかけて少しずつ返済することができるからだ。

 ただ、冒険者としての成功を積み重ねて一気に大きく稼がないと、今のペースだと死ぬまで返済を続けることになる。


 「……レーア・ラウリート殿。本日は有意義なお話ができてなによりです。では」


 もうすぐレーアのいる部屋に到着するというその時、自警団の団長であるオーウェンの話す声が聞こえてきた。そのあとすぐ扉を開けて出てくる。


 「おっと、待たせてしまったかな? こっちも色々あるから、怒らないでくれよ?」


 彼はリリィを目にすると、わずかな笑みを浮かべつつ軽く手を振りながら屋敷から去っていく。

 いったい何を話していたのか気になるが、今はそれよりも重要なことがあった。

 リリィが従者と共に部屋に入ると、レーアは椅子に座っていたため、早速お金の入った袋を見せつける。


 「今月の分、耳を揃えて返しに来た!」

 「受け取りましょう」


 小さな机に銀貨十枚が並べられると、レーアは一枚ずつ数えていき、最後は大きく頷いた。


 「うん。確かに確認できました。これで今月分は終わりです。来月分の返済は遅れないように」

 「大丈夫」


 リリィは自信満々に言ったあと、少し首をかしげて質問をする。


 「そういえば、さっき自警団の団長とは何を話してたの? なんだか真面目そうな話だったけど」

 「それをわかっていて聞きますか。まあ、隠してもすぐにわかることなので教えますが」


 レーアはそう言うと、机の引き出しを開けて中から真新しい紙を取り出した。

 その紙には、高齢な男性の顔が描かれていた。それもかなり詳細に。

 白い髪、灰色の目、身につけているのは土色のくたびれたローブ。

 少し視線を下にずらすと、文字が書かれている。

 この顔を見たらギルドに報告。名前はワイズ。賞金首なので連れてきたら生死を問わず金貨五千枚。と書かれていた。


 「賞金首?」

 「何か悪いことをして懸賞金をかけられた犯罪者のことです。自警団は冒険者ギルドと協力して、このワイズという人物を捕まえる気のようです。明日以降、この紙はあちこちに貼られるでしょう」

 「なんでレーアにもこの話が?」

 「ラウリート商会を率いているお母様とも協力関係にあることを知らせに来たとのこと」

 「うわ、なんか凄い大きな話だ」


 自警団、ギルド、商会。

 これらはヴァースの町において有力な組織であり、地味にそれぞれ町における縄張り争いで揉めていたりする。

 そんな三つの組織が協力してでも捕まえようとしているワイズという人物は何者なのか。

 少しばかり考え込むリリィに対し、レーアは声をかける。


 「ついでに、わたくしにも協力を求めてきました。資金的な援助を」

 「するの?」

 「少しだけ。ラウリート家の者が協力していることを周囲に示す。そんな形式的なものに過ぎませんが」


 大きな出来事が裏で動いている。

 だが、一般冒険者なリリィにとっては縁遠い話。

 こうして話を聞くことしかできない。


 「もしリリィが参加したいなら、紹介しますけど」

 「いや、やめとくよ。何があるかわからないし」


 参加したところで、大金が稼げるわけでもない。時間を無駄に取られるだけ。

 それなら冒険者としてダンジョンに潜っている方がいくらかマシ。

 どうせ誰かが捕まえるだろう。

 そう判断した末の答えだった。


 「あ、動向とか教えてもらうことってできる? 少し気になって」

 「いいですよ。ヴァースの町に暮らす者として、賞金首が捕まるかどうかは気になることですし。大きな動きがあった時は教えます」


 そのあとは軽い雑談をし、お茶やケーキを楽しんでから帰る。

 今月分は払い終えたが、すぐに来月分を貯めないといけない。

 石畳を歩きながら、リリィは体を伸ばし、どんな依頼を受けるか考えていた。

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