第7話 サイクロプスの目を得る

 ダンジョンの中は広く、それでいて入り組んでいるため、長く活動する際には内部の地図が必要不可欠。

 冒険者としての必需品であるわけだが、当然ながらタダではない。

 一つの階層ごとに、商人などから買う必要がある。


 「セラ、何階までの地図持ってる?」

 「地下十階まである。そっちは?」

 「……地下五階」


 信頼できる地図はそこそこの値段がする。

 安い地図もあるにはあるが、質が低いので探索途中に迷う可能性が出てくる。

 どれくらいまともな地図を持っているか。

 これで懐具合がある程度わかるわけだ。


 「やれやれね。サイクロプスが出てくるのは地下六階以降だってのに」

 「だから地図貸して」

 「いいわ。ほら」


 ダンジョンに出てくるモンスターは、一定の階層ごとに、より強力になっていく。

 一階から五階まで、六階から十階まで、という風に。

 五階層ごとに地図の値段は跳ね上がり、お金にそこまで余裕のないリリィにとっては用意するだけでも一苦労。


 「そういえば、おちびちゃんは地下六階以降のモンスターと戦えるわけ?」

 「そのおちびちゃんってのやめてよ。リリィって名前がある」

 「リリィ、あなたがどれくらい前衛として役立つのか、後衛の魔術師としては知りたいわ」

 「一対一なら余裕。群れが相手だとわからない。その場合は身の安全を優先して逃げたから」

 「へえ? ろくな防具を身につけてないのに。ま、お手並み拝見といきましょうか」


 実力に関しては、どれだけ口で説明しようがあまり意味はない。

 なぜならモンスターとの実戦という、最も確実で手っ取り早い確認方法があるゆえに。


 「キー!!」

 「ちょっと邪魔」


 道中、羽が生えたネズミのようなモンスターが襲いかかってくるが、リリィは剣を適当に振るって返り討ちにする。

 小さいモンスターはそこまでの脅威にはならない。数がわずかなうちは。


 「キー!」

 「キーキー!!」

 「な、なんだか多くない?」


 これまで遭遇するのは数体の集まりだったが、今は数十体もの大きな群れが追いかけて来ている。


 「ここは私の魔法で一掃といきたいところだけど……」

 「だけど?」

 「ごめん、範囲攻撃できるようなやつは使えないのよ。というわけで、チマチマ倒すか逃げるしかない」

 「ああもう!」


 まともに戦ったところでこれといって得るものはない。無駄に疲れるだけ。

 武器を振って牽制しつつ、早足でさっさと次の階層である地下六階におりてしまうと、小さなモンスターの群れは追いかけて来なくなる。

 ひとまず面倒な戦闘を避けられたわけだが、リリィは目を細めてセラを見る。


 「何か言いたそうね」

 「範囲攻撃の一つや二つ、持ってそうな感じなのに」

 「魔術師なのに範囲攻撃を持ってなくて悪うございましたね」

 「あ、拗ねた」


 無駄なやりとりを交えつつ、現在位置の確認が行われる。

 二人が今いるのは地下六階。

 そこからは今までの階層と違い、少し崩れた地下通路となっていた。

 天井の一部が崩落し、壊れた壁や石畳からは土が剥き出しになっている。


 「さーて、この階層からサイクロプスが出てくるわけだけど、安易に斬りかからないように。頑丈な肉体に弾かれた時、隙ができてしまう」

 「わかってる。斬るとしても、注意を引くために弱くするから」

 「私はいざとなったら、味方に当たる可能性があっても魔法を放つ。立ち位置には気をつけなさいよ」


 地図を見ながら適当に移動していると、遠くから戦いの音が聞こえてくる。

 気づかれないよう、音のする方へ慎重に移動していくと、曲がり角の向こう側で数人の冒険者とサイクロプスが戦っているのを発見する。

 ダンジョンの通路はそこまで天井が高くないため、巨大な体躯を持つサイクロプスはかなり窮屈そうに体をかがめていた。


 「相手はでかすぎて通路に詰まってて動きは鈍い。あのでかい手に捕まらないことを優先しろ。図鑑には、人を握り潰すことができるとか書いてあった」

 「しっかしまあ、なんて頑丈さだ。目への攻撃は手で防いでしまうし、そろそろ退くか?」


 前衛が壁となり、後衛がその後ろから攻撃していくという、ありふれた戦い方。

 しかし、決定打を与えられないようで、このままではジリ貧と判断した冒険者たちはさっさと逃げ去ってしまう。


 「……気づいてないし、仕掛ける?」

 「……やりましょう。消耗してるだろうし」


 このあとどう動くか決めたあと、リリィは深呼吸をしてから剣を強く握る。

 今まで活動してきたのは地下五階まで。

 何回か地下六階に足を踏み入れたことはあるが、サイクロプスとまともに戦うのは今回が始めて。

 どうしても緊張してしまうが、怯えたりすることはなかった。


 タッ……


 まずは一気に接近する。

 サイクロプスは、先程まで戦った冒険者たちが逃げた方向を見ており、背後から迫る存在に気づかない。

 疲労によって集中力が落ちているのだろう。


 「はぁっ!」


 リリィは成長途中の子どもであり、力はそこまで強くない。

 普通に斬りかかったところで弾かれるだけ。

 なので一点に集中した突きを行う。

 線ではなく点での攻撃。

 速度と体重を乗せた一撃は、サイクロプスの脇腹を貫いた。


 「グ……ゴアアア!!」


 突然の不意打ち。しかも深々と剣が突き刺さっている。

 サイクロプスは苦痛に満ちた叫び声をあげると、近くにいる何者かを追い払うため太い腕を振り回した。

 武器を持たない素手とはいえ、当たるだけでも危ない。

 リリィは剣を手放すとセラのところへ移動し、道具袋からおもりのついた紐を取り出して構える。


 「えげつないわねえ。脇腹に剣を刺したあと、その紐を投げて手足の動きを封じようとするのは」

 「腕と足があるなら、効果あるし。もしセラに投げても、ヘビの下半身が相手じゃあまり効果なさそう」

 「よーくわかってるじゃないの。それじゃ、次の攻撃といきましょうか」

 「えいっ」


 これまた巨大な足に、おもりのついた紐が投げられる。

 上手く絡まったのは一つだけ。

 他はおもりがぶつかるだけの結果となるが、それでも動きに多少の制限をかけることができた。

 それを確認したセラは、サイクロプスに対して杖を振るう。

 呪文のようなものを口ずさみながら。


 「グオオオオ!!」


 サイクロプスは自らの敵を発見し、それを排除しようと移動する。

 窮屈な通路をものともせず、見た目以上の素早さで。

 だが、握り拳くらいの大きさをした半透明で白い塊がいくつも現れると、それは頭部を除いた全身に命中していく。


 「グ……グガアア……」


 一つ一つの威力は大したことないが、十や二十を超える数となれば侮れない。

 到着する前に力尽きたのか、巨大な体躯はゆっくりと崩れ落ちていった。


 「おおー、セラって意外と強いんだね」

 「おほほほほ、私の手にかかればざっとこんなものよ。事前にリリィが脇腹に剣をぶっ刺したのが大きいけど。ちなみに、今のは魔力の塊を放ってそのままぶつけるやつ」

 「他にはどんなのが使える?」

 「……まあ、それについてはそのうち、ね」


 他の魔法について聞かれるとセラは露骨に言葉を濁す。


 「ほらほら、私の魔法よりも、まずは依頼の品を手に入れる方が先でしょ?」


 そう言いながらサイクロプスへ近づくと、杖でつついて反応がないのを確認する。

 まったく反応はないので、命は尽きているようだ。


 「まあね。目玉はどこかなーっと」


 依頼をこなす方が大事。

 というわけで、リリィはうつ伏せになっているサイクロプスの姿勢を変えるために持ち上げようとするのだが、体が大きいだけあってかなり重い。


 「重いから手伝って」

 「やれやれ、貧弱ねえ」


 セラは軽々とサイクロプスをひっくり返す。これにより仰向けの姿勢になった。


 「力ありすぎでしょ」

 「私はラミアだから。二本の足しか持ってない種族とくらべて、足腰の強さが違うのよ」


 目を手に入れるのは、思っていたよりは簡単だった。一人ではなく、二人で協力することができるから。

 ナイフで上手く周囲を切っていき、繋がっている部分を切り離す際は、目を傷つけないよう慎重に作業をする。

 入れ物となる袋には、わずかに水が入っており、強く擦れて傷が増えることを避ける用意がしてあった。


 「よし、あとは帰るだけ」

 「だいぶ楽だったわ。それもこれも、他の冒険者が先に戦ってくれたのが大きいけど」


 帰りはこれといって苦労しなかった。

 戦闘を避け、地図を見ながら階段を上がっていくだけ。

 二人組ということで、金目のものを巻き上げるために襲ってくるような冒険者は出てこない。

 地上に到着し、サイクロプスから得た大きな目をギルドに納品すると、報酬として銀貨を二十枚貰う。


 「はい、これセラの取り分」

 「今日は簡単に稼げた。今後、私の力が借りたい時は言って。あなたのことを優先してあげるから。それじゃ、またね」

 「うん、また」


 報酬を二人で分け合ったあと、セラは片手を振りながら立ち去るので、今月分の借金の心配がなくなったリリィは意気揚々と町へ繰り出した。

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