第6話 魔術師の勧誘

 「今日で二枚、明日で二枚。うん、充分に間に合う」


 今月分の支払いとして必要なのは、銀貨十枚。

 手元にあるのは六枚であり、あと二日で四枚集める必要がある。

 はっきりいって余裕があるため、リリィはどこかお気楽な様子で、冒険者ギルドの中にある木のボードを見ていく。

 町中から集まる様々な依頼は、楽に稼げる美味しいものもあれば、面倒な割にあまり稼げない不味いものもある。


 「よし、これに」


 比較的良さげな依頼を見つけたのでそれを取ろうとするも、リリィの小さな手が届く前に、他の手が伸びてくる。


 「悪いな、お嬢ちゃん」

 「あっ」


 依頼は早い者勝ち。

 誰もが美味しい依頼を求めているため、のんびりしていたら先に取られてしまう。

 リリィは、自分よりも先に依頼を取っていった冒険者を見て軽く舌打ちしたあと、報酬として銀貨が貰えるものを探していく。

 そして銀貨という文字が見えた瞬間、しっかりと内容を見ずに取ってしまうのだが、取ったあとどういう依頼か読んでいくと、少しばかりその顔は険しくなる。


 「……しまった、もう少し読んどけば」


 一度でも依頼をボードから取ったら戻すことはできない。

 やっぱりやめます、という行動をギルドは認めない。

 それを認めてしまっては、きりがないからだ。

 一応、少しの罰金を支払えば取った依頼をなかったことにできるが、今のリリィは借金を返済しないといけない立場。

 出費はできる限り抑えたい。


 「どうしたよ? 思わず自分の身に余る依頼を取っちまったかい?」


 苦悩するリリィを見て、近くの冒険者が興味本位で声をかけてきた。


 「できるかできないかで言えば、できるけれど……」


 その手が持っている紙には、こう書かれていた。


 “腕に自信のある冒険者の諸君。ダンジョンには様々なものが存在する。製法が不明な武具、特別な薬、そして地上では見ることのできないモンスター。それゆえに今回こうして依頼を出したわけだが……ダンジョンにしか出てこないモンスターの素材を取ってきてほしい。具体的には、サイクロプスというモンスターの目を、傷を少なめで丸ごと。報酬は銀貨二十枚”


 この依頼内容を目にした冒険者は苦笑する。


 「ふーむ、そこそこきつい相手だな。一番面倒なのは、柔らかな目を傷少なめという部分だが。目が弱点なのに攻撃できないとなると大変だ」

 「それに運ぶ時も気をつけないと。傷が増えたら、目を届けても依頼が失敗になるかも」

 「頑張りな。冒険者として食っていくとなれば、こういうやらかしを乗り越えてこそ、より上を目指せる。そんな細っこい体じゃ、どこかで死にそうだが」


 好奇心を満たせたからか、声をかけてきた冒険者はどこかへ行ってしまう。


 「はぁ……この依頼を成功させれば、しばらく借金に頭を悩ませることはないけど……うーん」


 サイクロプスは、一つ目をした巨人のようなモンスターであり、その巨体から繰り出される攻撃は、素手であっても命の危険がある。

 それでいて肌は分厚くて岩のように頑丈なため、手持ちの剣では効果的な一撃を与えることは難しい。

 リリィは唸る。

 装備を新調するお金はない。

 しかし、目を狙わずにサイクロプスを倒す必要がある。

 そうなると求められるのは、魔法が使える魔術師。


 「報酬を山分けしてもお金は足りるし、誰か手が空いてる人いないかな」


 冒険者ギルドには、依頼を受けるボード、各種手続きを行う受付、パーティーを組むことを考えている冒険者が集まるちょっとした酒場がある。

 軽く小腹を満たす食べ物と、唇を湿らせる程度の酔えない酒しかないが、適当に時間を潰せる場所ということで、そこそこの賑わいを見せていた。

 早速、リリィは魔術師らしき者たちに声をかけるが、依頼に書かれている相手がサイクロプスということで次々と断られてしまう。


 「ごめん、無理」

 「どうしてですか」

 「だってさ、脆そうな君が前衛なのは不安。防具らしい防具を身につけてないし」

 「むむむ……」


 見た目が与える影響はとても大きい。

 ウサギの獣人であるリリィは、冒険者なのが不釣り合いと言っても過言ではないほどに可愛らしく、正面からモンスターと戦えると言われても、初対面の者にとってはそれを素直に信じることは難しい。

 脆く、儚く、可憐。

 そんな印象をすぐに覆す術を、リリィは持っていなかった。

 ギルドの中で喧嘩を起こし、勝利したところを見せつければ解決するが、そのあとに待っているのはギルドからの厳重注意。

 高額の罰金か、しばらくダンジョンに潜ることを禁じられるか。

 どちらにせよ、今のリリィには致命的なものとなる。

 なのでどうすることもできない。


 「あら? おちびちゃんじゃないの」


 一時的に組む相手を探している途中、背後から聞き覚えのある声が。

 振り向くと、紫の髪と目が特徴的なラミアの女性が、椅子に座ってお酒をチビチビと飲んでいた。


 「セラは何してるの?」

 「朝から酒を飲んでるけど」

 「えぇ、朝からって……うわ、酒臭い」


 そこにいたのは、昨日ダンジョンの中で知り合い、ちょっとだけ一緒に行動したセラという人物。

 彼女が被っている三角帽子が大きいせいで、近くの席にいる他の冒険者は少しばかり鬱陶しそうにしているが、それは些細なこと。

 今ここで重要なのは、セラが魔術師の格好をしているという部分。


 「少し聞きたいことあるんだけどいいかな」

 「変な質問じゃないなら答えてあげる」

 「魔法使える?」

 「え? 使えるけど。なによ、魔術師の力を借りたいわけ? ちょっと依頼見せなさい」


 リリィの持っている依頼の紙を、セラは無造作に取ると、書かれている内容を読んでから肩をすくめた。


 「あらら、サイクロプスの目を取ってくるとか、これまた面倒な依頼ねえ」

 「だから手伝ってほしい。報酬は半々で」

 「うーん……一人じゃやってられないけど、二人なら少しは楽か。モンスターの群れが相手でも一人で対処できる実力はあるわけだし、足手まといではない。……わかったわ。その条件で組んであげる」


 ラミアの魔術師。

 その実力は未知数とはいえ、お金に困っているような様子がないのを見るに、冒険者としての実力はそれなりにあると考えていい。


 「それじゃ、ダンジョンに」

 「あ、ま、待って。吐き気が」


 あと一時間もすれば真昼になる。

 朝から飲んでいたということは、かなりお腹の中にお酒が入っているわけで、リリィはなんともいえない表情のまま、酒場のバケツへと向かうセラを見送った。


 「うぅ、おええええ……」


 あまり聞きたくない声や音が続いたあと、ややすっきりした様子のセラが戻ってくる。

 リリィはわずかに距離を取った。

 露骨過ぎるとあれなので、さりげなく。


 「ええと、ダンジョン行けそう?」

 「数分ほど休めば余裕よ。あとなんで離れるわけ」

 「いや、ちょっと……」


 朝からお酒を飲んで、飲み過ぎた結果目の前で吐く。

 あまりにも大人としてダメダメ過ぎるセラに対し、リリィは内心ため息をついた。

 これはもしかして人選を間違えたかも。

 とはいえ、彼女以外に組んでくれる魔術師はいない。

 今のところ頼りない部分が目立つが、一人よりも二人の方が色々と楽ではある。

 冒険者ギルドで一休みしたあと、リリィとセラの二人はダンジョンの中へ潜っていった。

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