第4話 借金の原因

 ヴァースの町は、ダンジョンが存在するからか朝から騒がしい。

 冒険者は当然として、精力的に活動する商人もなかなかにうるさかったりするせいで。

 ダンジョンから戻ってきた冒険者が持っているだろう希少な代物。

 それを取引する機会は、早ければ早いほどいいからだ。

 他の商人よりも自分こそが先に。

 誰もがそう考えるため、必然的に朝早くから活動する商人は増えていく。


 「……ふぁ~あ」


 大通りから少し離れているとはいえ、安宿の壁程度では外のうるささから耳を守ってはくれない。

 リリィはあまりすっきりとしない目覚めに顔をしかめつつも、外に出るための用意をしていく。


 「ええと、スカーフスカーフ」


 ウサギの耳を通す穴が空いたスカーフを頭に巻いたあと、青い長袖の衣服に身を包み、軽く体操をして体に異常がないかの確認を済ませる。

 もし体のどこかに痛みがあれば、今日ダンジョンに潜るのは中止となる。万全な状態でなければ、大怪我をする可能性があって危ない。

 慎重であるからこそ、リリィは今まで無事に過ごしてこれた。

 そして荷物を持って宿の外に出るのだが、あり得ないものを目にしたせいで、思わず足が止まる。

 なぜなら、宿を出てすぐにレーアと遭遇してしまったからだ。


 「な、なんでここに」

 「様子の確認です。逃げたりしないとは思いますが、一応」


 今いる場所は、基本的にお金のない者ばかりが暮らしている区画。

 なので清掃も行き届いているとは言えず、そこそこゴミが散らばっていて辺りは汚れている。

 そんなところに、護衛付きとはいえ、お金持ちなレーアがわざわざやって来るとは。

 リリィはやや驚きつつも、その場を立ち去ろうとする。


 「待ちなさい」

 「ダンジョンに稼ぎに行くつもりなんだけど」

 「少しわたくしに付き合いなさい。何もタダとは言いません。朝食を食べさせてあげます」

 「高い店がいい」


 割と図々しい要求はすぐに断られる。


 「ダメです。わたくしのお小遣いはそこまで多くないので」


 レーアは態度こそ大きいが、リリィと同年代のまだ子ども。

 親には頭が上がらず、意外と自由に使えるお金は少ない。

 それでも一般人よりはだいぶ多いのだが。


 「なので、馬車で町を巡りながら買い食いをします」

 「……馬車動かすのはタダなんだ」

 「家にこもってばかりではいけないというのが、お母様の方針ですから。外に出るなら色々と大目に見てくれるんです」


 少し歩けば馬車が見えてくる。

 護衛は御者として前に、リリィとレーアの二人は後ろの方へ乗り込む。

 ゆっくりと馬車は進んでいき、移動に合わせて景色は変わっていく。


 「では早速ですが、昨日一緒にいた女性はどのような人物ですか?」

 「え?」

 「ラミアの女性です。監視させていた者から報告がありました」

 「今とんでもないことが聞こえてきたんだけど。ラミアの人は、偶然会っただけの冒険者だよ」


 ダンジョンの中は無理としても、町の中にいる間はほとんどのことを見られていたと考えていい。

 思わず、周囲の物陰などに目を向けるリリィだった。


 「返済を特別に延期してあげてるからこそ、町から逃げ出した場合を想定して監視をつけているわけです。……そうしないと、お母様から怒られるのはわたくしなので」

 「お金持ちの家も、色々大変そう」

 「む、リリィが土下座してまでお願いするから、わたくしは返済期限を引き延ばしてあげたのですよ」

 「それについては、ありがとう」

 「お礼の言葉もいいですが、返済は大丈夫なんですか?」


 借金の話題になった瞬間、リリィは自信に満ちた笑みを浮かべ、手元にある銀貨を取り出して見せつける。


 「昨日だけで既に六枚。明日までには、余裕で十枚用意できるよ」

 「それはなによりです。返済が間に合わない方が面白いのですが」

 「ひどい」

 「そもそもですよ? あなたが勝手にエリクサーを使ったせいで」

 「いやいや、そうしないとお互い死んでたし」


 なぜリリィはレーアにお金を返しているのか?

 事の始まりは、数年前に遡る。

 当時、冒険者として活動していたリリィだったが、地下五階を探索している途中、一人でさまよっているレーアと出会った。

 驚くべきことに、興味本位で潜っていたというのだ。

 一人でいた理由については、敵対的な冒険者の集団から襲撃を受けたせいで護衛とはバラバラになってしまったから、とのこと。

 厄介なことに、レーアは地図などの探索に必須な道具を持っていなかった。

 そんな時の出会いである。


 「何があれかと言うと、出会い頭に剣を向けられたことです」

 「いや、それはしょうがないでしょ。暗かったからモンスターと見間違えたんだし」

 「さすがに傷つきました。とはいえ、状況が状況なのでそれは仕方ないことです。一番あれなのは、わたくしを地上に送るよりも、依頼の達成が大事というのをリリィが言ったことです」


 当時のリリィの対応を思い出すと、ムカムカしてくるのか、レーアはむっとした表情になる。

 ついでに足を軽く蹴ったりする。

 本気の怒りではないが、今でも思うところはあるようだった。


 「……だって地下五階だし、上に行ってから下に戻るの面倒なんだもん」

 「だもん、じゃありません。そのせいで借金を抱えることになったんですよ?」

 「うーん……」


 リリィは言い返すことができなかった。

 ダンジョンというのは、地下深くになればなるほど危険度が増していく。

 地下五階は、地下一階よりも危険なわけだ。

 そんなところを子ども二人で歩くというのは、無謀としか言い様がない。

 そしてそれゆえに、モンスターとの戦いで大怪我を負ってしまう。

 ダンジョンに不慣れなレーアへの奇襲を、リリィが咄嗟にかばうという形で。


 「わたくしがお母様に持たされていた、エリクサーという高価な薬。それを使うことで怪我を治し、なんとか地上に戻ることができました。最初から戻ることを決めていれば、使わずに済んだかもしれないのに」

 「でも、どうせなら、エリクサーのお金はチャラにしてほしかった。レーアのこと地上に送って助けたんだし」


 エリクサー。それは今のところ、ダンジョンの深い階層でしか入手できない希少な薬。

 どんな大怪我でも治すことができ、一部の病気にも効果があるということで、非常に高額で取引されている。

 レーアを助けるためとはいえ、リリィはその薬を自分の判断で使った。

 そしてそれゆえに、エリクサー分のお金を借金として抱えることになったのである。


 「それについては、利子を取らないということで話がまとまっているわけで」

 「あーあ。あとどれだけ返せばいいのやら」

 「金貨にして、およそ一万枚。お金の回収は無理のない範囲に留めているので、当時からあまり減っていません」

 「うわー、完済までの道のりが遠すぎる」

 「冒険者としての経験を積んでいけば、返済は可能です。お母様の計算ですと、高ランクの冒険者となって難しい依頼をこなせば、数年で返せるとのこと」


 利子がないからこそ、リリィは借金を抱えていても割と気楽な様子でいた。

 それでも実際に残りの金額を聞かされると、かなり遠すぎる道のりに、しょんぼりとしてしまう。

 金貨が数枚あれば、働かずに一ヶ月過ごすことができる。物価次第で必要な枚数は変動するが。

 そんな金貨を一万枚というのは、あまりにも遠い目標だった。


 「はぁ、まあ悩んでいても仕方ない。まずは銀貨十枚を用意しないと」

 「頑張ってください。死なない程度に」

 「はいはーい」


 借金の話題はこれでおしまいとなり、あとは買い食いの時間となる。

 馬車が市場に到着すると、レーアの奢りによってリリィは色々と買って食べていく。

 御者は馬車にイタズラされないよう、馬車の近くに留まるが、それがいけなかった。

 賑やかで人が大勢いるところに、子どもが二人だけ。しかも片方はお金持ち。

 ガラの悪い大人が因縁をつけ、意識がそちらに向いた瞬間、何者かが背後から財布を盗み取る。

 悪人による共同作業である。

 すべてが終わったあと、自らの腰が軽いことにリリィは気づき、叫んだ。


 「あぁっ! 財布が盗まれた!」

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