第3話 食べてよし 売ってよし

 その食堂は冒険者ギルドの近くにあるからか、入っている客は冒険者ばかりで騒がしい。

 ただ、酔っぱらいによる喧嘩が日常的に発生する酒場よりは、全体的に落ち着いている。


 「すみません。この無料券を使いたいんですけど」

 「大丈夫ですよ。無料になるのは日替わりのやつだけですけど。追加の注文はありますか?」

 「ないです」


 空いている席に座って料理が届くのを待つリリィだったが、ただ待っているのも退屈なため、店と交渉するセラを頬杖をつきながら見る。

 厨房を借りる際、料金の部分で少し揉めていたが、無事に借りることができたようでその姿はすぐに見えなくなった。


 「わたしが食べ終えるまでに完成するかな?」


 無料券を使って注文したものは、すぐに運ばれてくる。

 内容は、パン、溶けたチーズ、肉と野菜の煮込み。

 これだけならまともな食事だが、よく目を凝らすと、パンは温かいもののカチコチで、チーズは細かな破片を集めて器に入れて溶かしたような代物、肉と野菜の煮込みに至っては、煮込み過ぎて原型を留めているものはごくわずか。


 「ま、こんなもんだよね」


 味自体は及第点。

 これで有料だったら文句の一つや二つを言いたくなるところだが、無料なので黙々と食べるリリィだった。

 カチコチなパンは煮込みに浸して柔らかくし、水分を吸ったパンと共に、溶けたチーズをスプーンですくって口の中へと運ぶ。

 それを繰り返していくと、やがて無料の食事はすべてお腹の中へ。


 「ふう……」


 ちょっとした満足感と物足りなさと共に、軽くお腹をさすっていると、厨房の方で何か爆発音が聞こえてくる。


 ボン! ボボン!


 最初は気のせいかと思いきや、不規則に何度も聞こえてくるため、食事をしていた者たちは嫌でも音の聞こえる方へ視線を向けた。


 「うん?」

 「なんだなんだ?」

 「皆さん安心してください。派手な音がするだけで、これといって危険なことはありませんから」


 様子を確認していたらしい店員が、奥から出てきてそう言うと、辺りは先程までのうるさい状況に戻った。

 リリィだけは、セラが何かやらかしたのではないかと首をかしげるが、爆発音から少しすると、髪と衣服がやや乱れたセラが料理の入った器を持ってやって来る。


 「ごほっ……お待たせ」

 「厨房の方から変な音がきこえてきたんだけど。あれってセラが?」

 「爆発する木の実がね。ちょっと下処理が甘くて、途中で爆発して辺りに散らばっただけだから」

 「直撃したっぽいけど、やっぱり痛い?」

 「……それなりには。あと、そろそろ料理の方に目を向けてほしいんだけど?」


 そう言われてリリィは視線を下にずらす。

 炒め物、スープ、サラダ、その他にも色々と料理はあるが、それらすべての共通点として、あの歩くキノコが使われていた。


 「あれ、持ち帰った量と比べると少ない」

 「さすがにあれ全部は食いきれないでしょ。というか、作る私も疲れるから残りは売るつもり」

 「ふーん」

 「はいはい、売ったお金は分けてあげるから」


 軽いやりとりのあとは、冷めないうちに食べてしまう。

 味は意外なことに美味しく、パクパクと食べ進めることができるため、目の前にあった料理はすぐになくなる。

 これは二人で食べているのも大きい。


 「なんか意外。料理の腕前が良いなんて」

 「子どもだからといって、あんまり舐めたこと言ってると、ぶつわよ?」

 「いきなり脅してくるとかひどい」

 「冒険者やってると、舐められないように振る舞うことが大事になるわけ」

 「へー」

 「あんまりわかってなさそうね。まあいいわ」


 食事のあとは、残ったキノコを買い取ってくれる店に換金しに行く。

 食材としては、普通のキノコと大して変わらないが、錬金術などの材料としては多少の価値がある。

 冒険者ギルドに面している大通りには、ダンジョン関係の店が揃っているが、セラが向かうのは、町の中でも人通りの少ない狭くて寂れた路地。


 「こういうところにも店あるの」

 「ある。知る人ぞ知るって感じだけど。大通りとかは客が多すぎるってことで、こういう人の少ないところに店を構えてる人はそこそこいる」


 会話の途中、セラは立ち止まり、一見するとただの家にしか見えない建物の扉を叩く。

 数秒ほど待つと、ひとりでに扉が開くため、切り分けたキノコが詰まった包みを中へ投げ入れてしまう。


 「ここなんの店?」

 「モンスターから得られた部位をお金に変えてくれるところ。ただ、あまり同じものを多く投げると、換金せずにそのまま投げ返してくるからほどほどに」

 「相場は?」

 「大通りとかの店とあんまり変わらない。一番の利点は、目立たずにお金へと変えることができるってところかしら。例えば、大勢の視線がある中で、大量のお金を財布に入れたりなんかしたら……」

 「泥棒が付け狙ってくるかも」

 「なので、こういう店の需要があるわけ」


 やがてお金が投げつけられる。

 地面に落とさないようセラは空中で掴み取ると、半分ほどをリリィに手渡した。

 内容は銀貨一枚と銅貨が二枚。

 これにより、銀貨が六枚揃った。

 銀貨十枚を返済する期限にはまだ余裕があるため、リリィは笑みを浮かべる。


 「おお、これであと四枚!」

 「そこまで喜ぶのはどうして?」

 「いやあ、ちょっと借金してて。明後日までに銀貨を十枚用意しないといけなくて」

 「たったそれっぽっちのお金で苦労してるとか大変ねえ」


 何かろくでもないことを思いついたのか、セラはニヤリとした笑みと共に、自分の財布らしき袋に手を添えると軽く揺らした。

 中身がかなり詰まっているのか、ジャラジャラという音が聞こえてくる。


 「うわ、子ども相手にお金の量を自慢してくる大人とか始めて見た」


 あまりにも大人げないやり口に、リリィは呆れ混じりに言う。

 いくらなんでも大人としてそれはどうなの。

 そんな視線を向けるも、セラはまったく気にしていない。


 「おほほほほ、早くお金持ちになりたいなら、強くなりなさい。そしてダンジョンの中では弱々しく振る舞うのよ。そうすると、カツアゲしてくるバカな冒険者が寄って来るから、そいつらを返り討ちにしてお金を巻き上げるの」

 「うーん、見習ったらダメな大人だ、これ。というか、それに近いことやったよ」

 「あら、そうなの? なら私が助言することはないわ。死なない程度に頑張って稼ぎなさいよ」


 セラは手を軽く振りながら去っていく。

 ラミアとしてのヘビな下半身は遠くからでも目立つが、入り組んでいる路地ではすぐに姿が見えなくなる。


 「今日はもう休もうかな」


 少し日は傾いているが、外はまだまだ明るい。

 完全に日が沈むまでの間、依頼をこなしてさらに稼ぐことはできるが、明日に備えて多少の余力を残すのも大事。

 リリィは大通りに出ると、冒険者ギルドの近くにある狭い路地に入り、その奥にあるオンボロな安宿に入る。

 外観は、これが宿なのかと思えるくらいにはボロボロ。しかしながら、内部は意外と整っているという二面性があった。


 「部屋空いてます?」

 「空いているよ」

 「二階の部屋で」

 「ほら、鍵」


 受付で退屈そうにしている女性に銅貨一枚を渡すと、代わりに鍵を渡される。


 「あと、ついでに体を綺麗にするお湯とタオルも」

 「追加料金、銅貨三枚ね」

 「どうぞ」

 「じゃあ準備ができたら呼ぶから」


 次は銅貨を三枚。

 ただ泊まるだけなら、かなり安く済むが、それ以外のことを求める場合は追加料金がかかる。

 二階の部屋に入ると、置いてある家具はベッドだけという殺風景過ぎる光景が現れる。

 そして唯一存在するベッドは固いため、快適な睡眠には程遠い。


 「ふう……明日と明後日までに銀貨を四枚。この調子なら、大丈夫なはず」


 一眠りするリリィであったが、お湯の用意ができたということで途中で起こされたりするものの、それ以外は特に何事もないままその日は終わりを迎えた。

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