第2話人間への頼み事

ズカズカと乱暴に進む男にムリヤリ連れてこられたのは大きな屋敷だった。そこは街にいた時とは比べ物にならないほど、寒気が強い。


ゾクゾクとまるで風邪の引き始めのように全身の鳥肌が立つ。


たまらず金華は声を荒らげた。


「おいコラ!!てめぇ私になんの用なんだよ!!」


『その事は兄貴を交えて話す。…話せればだが。』


「はぁ!?」


焦りを含んだ目を下に向けて長い廊下を進んで行く男を見て、黙ってついて行く金華。少しして目当ての部屋に来たのか、男はスパァン!!と勢いよく襖を開けて金華の腕を引き中に入って行った。


『兄貴!大変なんだ聞いてくれ、菊菜きくなの結界が破られた!!』


「うわ、ミイラだ。」


『バカヤロウ!!生きてるってんだ!!』


兄貴と呼ばれたおそらく部屋の主であろう男を見て思わず後ずさる。


その男は枝のように痩せこけボロボロの着物で壁に寄りかかるように座っているのだ。


一見しただけでは死体と間違えても仕方がない。それでも異様な静けさに包まれたこの部屋では微かに呼吸が聞こえるから生きてはいるんだろう。


「生きてるってコレ、寝床は棺桶ですってレベルだろ。死なせてやれよ、こんな生きる気力もねぇミイラ。」


『てめぇっ!!元はと言えばお前ら人間が菊菜の結界を破るからこんな大事になってんだ!!尻拭いしてやろうってのになんだその言い草は!!』


「あぁ!?知らねぇよんな結界なんか!!こちとら巻き込まれただけだボケ!!てめぇが頼みてぇ事あるつってムリヤリ連れてきたんだろうが!!」


『っのクソガキ!!』


「つーか破れたんなら張り直せよ。私はできねーけど。」


耳を掻きバカにしたように鼻であしらう金華に悔しそうに唇を噛んで拳を固める男。


一触即発の雰囲気の中、男がゆっくりと深呼吸をし口を開いた。


『この時代に…あいつ程の霊力持った巫女なんかいねぇだろうが…』


「は?」


『お前らが破った結界は…大昔にいた菊菜ってすげぇ巫女が人柱となって作った物だ。そう簡単にできるものじゃねぇ。』


「…。そーかよ。で?私にそこまで文句言ってるけど何がヤベーの。」


『はぁ…。時の流れは非情だな。お前がここに来た時見た門があるだろ。あれはあの世とこの世…つまり現世と常世を分ける鬼門なんだ。』


「ふーん。」


『昔…、その門を使って二つの世界の均衡が崩れかけた時があった。妖が暴れ人を喰らい、人間共も対抗するように妖を滅した。おかげで生と死のバランスはめちゃくちゃだ。』


「…」


『だからあの鬼門に結界を張って隔てたんだ。正規ルートでしか魂を導けないようにしてな。なのにお前ら人間が…はぁ…』


そこまで説明してガックリと項垂れる男。


金華はその話をどこかで聞いたような。と考えていれば幽世町に伝わる言い伝えだと気づいた。


「なるほどねぇ。で、私に何頼むつもりだったんだよ。」


『…お前みたいな人間は稀だ。だから現世に流れ込む妖や悪霊を叩きのめして送り返してほしい。』


「え?そんだけ?」


『言っとくがお前の感覚がおかしいだけだからな。普通の人間はビビって拒否する話だ。』


拍子抜けなほどサラッと言われた言葉に男はジト目だ。単純な頼みに金華もなんだと退屈そうにしている。


「まぁ人間相手にすんのも弱くて退屈だったし。別にそれはいーけどよ、結界はどーすんだよ。」


『…。もう一度結界を張れるとすれば、兄貴だけだ。』


「そこのミイラが?」


『黙れバカ力妖怪。兄貴程の鬼神はいねぇんだ』


「おいなんで人間から除外した。こいつは何でミイラになってんだよ。そんなすげーのに。」


『…はぁ、人柱になった菊菜は兄貴の恋人だった。』


「え。いや、巫女だろキクナ。」


『当時の俺らと同じ反応じゃねぇか。まぁ菊菜の方が強かったんだけどな。一人で勝手に人柱になんかなりやがって…』


「ふーん。」


チラッと兄貴の方を見ては盛大にため息をつく。そして遠慮もなく俯いているその半ミイラの男の前で立っては当然のように胸ぐらを掴み、持ち上げた。


『おいっなにするんだ離せ!!』


「ざけんな。ったく、おい聞いてるかミイラ野郎」


「…」


「てめぇ女が命かけて特攻決めてんだぜ?なのにこのザマかよ。その女が今のてめぇ見たら失望するだろうな。」


「…」


「腑抜けのてめぇに代わって私がバカやらかす妖怪、おっぱらってやるさ。人間より手応えあるだろうしな。」


「…」


「ふん。…これ以上大事なモン失くしたくねぇならいつまでもイジケてんじゃねぇ。」


「…!」


「このままだとてめぇの弟達もくたばんぜ。じゃーな鬼神ジャーキー。」


鼻で笑って最後にゴチィィン!!と強烈な頭突きをし、ペッ!と唾を吐きかける金華。ワナワナと震える男を無視して二人を残し部屋を出ていったのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

常世の番人 @kaku10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ