第7話

1・抗議

 玄関のドアに鍵をかけるなり、緒形はスマートフォンを手に取った。

 メッセージアプリからお目当ての人物を選び、すぐさま通話アイコンをタップする。幸いにもそれほど待たされることなく、相手は電話に出てくれた。


『どうしたの、雪野。めずらしいわね、あんたが電話をくれるなんて』

「どうしたのじゃないだろ! どういうことだよ!」

「どういうって?」

「番号だよ!」


 緒形は、尖った声で吐き捨てた。


「あいつに俺の番号を教えたの、母さんだろ!」

『ああ、そのことね』


 受話口から届いた母親の声は、息子とは違い、ずいぶん淡々としたものだ。


『じゃあ、もうあの人から連絡がいったのね』

「来たよ! つーか、なんで番号教えたんだよ!」

『だって、向こうが「教えて」って言うんだもの』

「教えんなよ!」

『いいじゃない、親子なんだから』


 事もなげにそう言われて、緒形は思わず息をのんだ。

 すぐさま「あんなやつ、親じゃねぇよ」と怒鳴りそうになったが、もしかしたら「母親である私が、息子の個人情報をどう扱おうが勝手だ」という意味でそう言っているのかもしれない。

 緒形は、再び言葉を飲み込んだ。

 短い沈黙が流れ、受話口からは母のため息が届いた。


『ねえ、連絡がいったってことは、あの人の事情も聞いているのよね?』

「……ああ」

『だったら……』

「絶対に応じない。あいつは他人だし」

『そんなことないでしょ。あんたの父親よ』


 目の前が、怒りで赤く染まった。今度こそ、緒形は「父親じゃねぇし!」と怒鳴り返した。


「あいつのこと、二度と『父親』っていうな」

『でも……』

「それと、あいつに限らず、誰に対しても俺の個人情報を勝手にバラすな。そういうの、ほんとマジで勘弁して」


 はっきり釘を刺した緒形に、母親は「他の人には、さすがに教えないわよ」と不満そうに返してきた。


『でも、あの人は別でしょ。あんたの血縁者なわけだし』

「……っ、だから……」

『それに、困っているのは本当だと思うわよ。「このままじゃ、手術を受けられない」って言ってたし』

「だとしても、そんなの俺の知ったことじゃないから」


 八つ当たりするように吐き捨てて、そのまま一方的に通話を切る。自分でも子どもじみた態度だとは思ったが、どうにも怒りがおさまらない。


(ほんと、勘弁してくれよ)


 両親が離婚して以来、緒形は「父親」であった男をずっと憎んできた。自分の「雪野」という名前を嫌いになったのも、あの男が原因だ。


(そんなヤツが、なんで今更……)


 ドアに寄りかかったまま、ズルズルとしゃがみこむ。深く息を吐き出してもなお、この胸の怒りがおさまる気配はなかった。

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