第6話
1・一段落したものの……
(終わった……なんとか間に合った)
制作部の進捗管理担当者から連絡をもらった緒形は、そのまま机に突っ伏してしまった。
結局、本来の納期よりも1日過ぎた正午に納品完了となった。同チームの先輩からは「よかったな、半日遅れで済んで」と笑顔で背中を叩かれたが、同意などできるはずがない。
おそらく、このクライアントは、来月から緒形が引き継ぐことになる。
(今後は連絡を密にして、早めに原稿を進めていかないと)
管理システムの進捗状況が「FIX」になったことを確認し、緒形は鞄から財布を取り出した。
「今から昼飯か? なにを食うんだ?」
愛妻弁当を頬張る先輩に「牛丼ですかね」と軽く返す。
「は!? 今日は終日社内だろ!? たまには、ゆっくりうまいもんでも食ってこいよ」
あきれた様子の先輩に「検討しまーす」と笑顔を返して、緒形は営業部をあとにした。
正面玄関を出たとたん、ひやりとした風が吹きつけてきた。10月も半ばな上、このあたりはビルが立ち並んでいるので日中もどことなく空気が冷たい。
緒形は軽く身震いすると、迷うことなく3軒隣りの牛丼屋に入った。誰かと食事をするならばそれなりに店を考えるが、ひとりならチェーン店の牛丼で十分だ。
手元のタッチパネルでおなじみのメニューを選ぶと、スマホの地図アプリを起ちあげる。
カラフルなフラグが並ぶなか、黄色を選択。地図上に表示されたのは「お土産店リスト」だ。
(対応してくれた制作会社には後日お礼をするとして──今日は、制作担当者とアシスタント、進捗管理者、マネージャーってとこか)
普段の差し入れなら「個別包装」かつ「配りやすいもの」「手が汚れないもの」を選ぶが、今回は迷惑をかけたお詫びとお礼を兼ねたものだ。敢えて、高級店のケーキやシュークリームも有りかもしれない。
(取り皿や切り分けがいらないもので、紙ナプキンとお手拭きを人数分もらうことにして──)
あれこれ検討しているうちに、牛丼大盛りが運ばれてきた。別添えの生玉子をしっかり解すと、しょうゆを数滴垂らして丼に投入する。
それらを頬張りながら店を決め、会社に戻る途中で「お詫びの品」を購入した。
時間帯のせいか、あるいは納期開けのせいか、制作部にはポツポツとしか人がいなかった。もしかしたら、皆、今日は外でのんびりとランチをとっているのかもしれない。
「あれ、緒形くん、どうしたの?」
声をかけてきたのは、制作部マネージャーの小山だ。自席で、高そうなサンドイッチを食べている。
早速、緒形は「その節はお世話になりました」と、カップケーキの入った箱を差し出した。
「やだ、わざわざ良かったのに」
「でも、今回は小山さんや制作部の皆さんに、めちゃくちゃご迷惑をおかけしましたから」
「そうだね、次からはハンドリングよろしくね」
「はい、そのつもりです」
小山と話をしているうちに、今回制作を担当してくれた社員たちが、昼休みを終えて戻ってきた。そのひとりひとりにお礼とお詫びを伝え、差し入れのカップケーキを渡す。
皆、喜んでくれたことに内心ホッとして、緒形は営業部に戻ろうとした。
「あ、緒形くん、ちょっと」
再び、マネージャーの小山に手招きされた。
「なんでしょう?」
「ああ、ええとね……緒形くん、三辺さんってわかる? 緒形くんたちのチームの担当ではないんだけど」
突然、菜穂の名前を出されてドキリとする。
もしや、プライベートでのあれこれを知られたのだろうか。思わず身構えた緒形だったが、マネージャーが口にしたのはまったく予想外の内容だった。
「実は、今回のライティングを引き受けてくれたライターさんね、もともとは三辺さんが押さえていた人だったの」
「えっ、じゃあ……」
「申し訳ないとは思ったんだけど、無理に譲ってもらったの。そのせいで、彼女にはよけいな業務を強いてしまったから……」
小山が言い終わらないうちに、緒形は「わかりました」と発していた。
「あとで彼女にもお礼を伝えます」
「うん、よろしくね」
胸がざわついた。
そういえば、数日前──原稿があがってくるのを待っていた際、菜穂と自動販売機の前で出くわしたことがあった。
あのとき、彼女は残業の理由を「制作会社からの原稿待ち」と言っていたが、もしかしたらこちらのトラブルの余波を受けていたのかもしれない。
(そういうの、言いそうにないもんな……三辺は)
さて、どうしようか。緒形は、頭を悩ませる。
小山たちに差し入れしたカップケーキを追加で買ってくるか、それとも──
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