10・即答
菜穂は、迷うことなく即答した。
「うん」
「それって……やっぱり俺のせい?」
「違うよ、私のせい」
きっぱり言いきって、緒形同様にベッドの上で正座をする。
「このたびは、無茶なお願いをしてごめんなさい。やっぱり私、どうかしてた」
「あ、いや……」
「たぶん、やけくそになってた。だから、緒形くんが気乗りしていないってわかっていても、強引に事を進めようとしたんだ」
おかげで、ひどいしっぺ返しをくらった。もし、途中で緒形がやめなかったとしても、今日は最後まで至らなかっただろう。
そのことを、誰よりも菜穂自身がよくわかっていた。悪いのは、ぜんぶ自分なのだ。
「まあ、気乗りしていないっていうのは……当たらずとも遠からずというか……」
「だよね。ずっと憂鬱そうだったもんね」
苦笑する菜穂に、緒形は「ああ」と同意しかける。けれど、すぐに我に返ったのか「あ、いや」と慌てたように首を横に振った。
「違う、三辺に魅力がないからとか、そういうんじゃなくて──そういう意味では、ぜんぜん問題ないんだけど」
「いいよ。無理しなくて」
「無理してない、本当だって! 俺、ちゃんと三辺のこと抱けるから!」
「今なら?」
「今なら……ていうか、あのころだって緊張さえしてなけりゃ、べつに……」
徐々に声が小さくなっていく緒形に、菜穂は今度こそ声をあげて笑ってしまった。
当然、緒形は「なんだよ、バカにしてんだろ」と垂れ目がちな目尻をつりあげる。
「してないよ、ぜんぜん」
「嘘だ……三辺、本当は俺のこと『ED野郎』とか思ってんだ。で、明日派遣仲間に『実は緒形くんって……』ってバラすつもりだろ」
「そんなことしないってば」
笑いながらたしなめたのは、緒形が本気で牽制しているわけではないとわかっているからだ。
実際、今、お互いを包みこんでいるのはゆるやかな空気だ。高校時代の甘やかさとも違う、もっと気さくで親しげとでもいうような。
だから──今なら、訊ける気がした。彼に抱いてもらえなかった「高校生の自分」が、ひそかにずっと知りたかったことを。
「ねえ、緒形くん。ひとつだけ質問してもいい?」
緒形は、警戒するように視線をあげた。
「いいけど……へんな質問じゃないよな? 場合によっては俺、答えられないよ?」
「そんなことはないよ──たぶん」
「たぶんかよ!」
すかさず入ったつっこみに、菜穂はふふと笑みを洩らす。
ああ、やっぱり今なら訊けそうだ。実は、ずっと知りたかったことを。
「緒形くん、あのころ、本当に私のこと好きだった?」
「好きだったよ、決まってんだろ」
先ほどの菜穂と同じく、緒形もまた即答した。
「緊張しすぎてうまくできないくらい好きだったよ──そこ、疑うなよ」
拗ねたように睨まれて、菜穂は「ごめん」と苦笑した。
たしかに、冷静に考えてみればひどい質問だ。けれど、当時の菜穂はそのことをずっと訊いてみたかった。なんなら、再会してからも、常に胸にくすぶっていたくらいだ。
「私は、逆で──あのとき『やっぱり好かれていなかったんだな』って思ったんだ」
実際、当時の緒形の女友達たちは、菜穂を「変わり種」として見ているふしがあった。「緒形のタイプではない」「ただの気まぐれ」「少しばかり『変わったもの』をつまみたくなっただけ」──それらを、菜穂としてはすべて受けとめたわけではなかったけれど、いざ彼とできなかったとき「ああ、こういうことなのか」と妙に納得してしまったのだ。
「ごめんね、疑って」
「いや、まあ……あのころの俺も、褒められた感じじゃなかったし」
「そうだよね。女の子の友達、多かったし」
軽口ついでにチクリと刺すと、緒形は「えっ」と目を丸くした。
「三辺、もしかして気にしてた?」
「まあ……それなりに?」
「マジか……俺、三辺はそういうの気にしてないと思ってた。ちょっとそのへんの女子とは違うっていうか、達観してるところがあったから」
「そんなことないよ。私、ふつうの女子高生だったもん」
だからこそ、本音では緒形を取り巻く女子生徒たちをずっと気にしていた。
聞こえよがしに嫌味を言われるのは不愉快だったし、そんな彼女たちと緒形が仲良かったことも不満だった。
なにより、彼女たちは、同性の菜穂の目からみても可愛かった。おしゃれに気を遣い、いつも自信ありげで──緒形のそばにいることが「当たり前」だと言わんばかりのその態度が、本当はうらやましくて仕方がなかったのだ。
「だから、よけいに思ったんだ。できなかったとき『ああ、私じゃダメなんだなぁ』って」
「いや、だから、それは──」
すかさず訂正しようとした緒形に、菜穂は「わかってる」とやわらかく返した。
「今日ちゃんと言ってもらえたから……大丈夫、修正した。『そんなことなかったんだ』って」
言葉にしたとたん、こみあげてくるものがあって、菜穂は慌ててうつむいた。
ああ、ダメだ。そんなつもりじゃなかったのに。
「……三辺?」
緒形が、心配そうに近づいてこようとする。
菜穂は、軽く手をあげてそれを制した。
「気にしないで。なんでもないの」
ただ、高校時代の自分を抱きしめたくなっただけ。「よかったね、ちゃんと好かれていたね」と、背中を撫でてあげたくなっただけなのだ。
菜穂は、目尻にたまりかけた涙を瞬きで散らした。
そして、心からの笑顔を見せた。
「ありがとう、緒形くん……ちゃんと教えてくれて」
本当に、ありがとう。
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