第3話
1・晴れて、復縁?
「えっ、付き合うことになった!?」
すっとんきょうな声をあげる千鶴に、菜穂は無表情のまま頷いた。
「待って……どういう経緯で?」
「べつに大したことじゃないよ。ただの成り行きみたいなもの」
「でも、あんたこの間まで──」
「それよりC社から戻ってきた原稿だけど」
浜島の名前が出てきそうな気配を感じて、菜穂は強引に話題を変えようとする。けれど、それで引き下がるような千鶴ではない。
「いやいや、待って! いったん整理させて!」
彼女は素早く周囲を見回すと、内緒話をするように顔を近づけてきた。
「なんで緒形さんと? 浜島さんは?」
「浜島さんとは縁がなかったみたい」
「けど、あんた……」
さらに言い募ろうとした千鶴だったが、菜穂の様子を見ていろいろ察したようだ。
「じゃあ、ええと……緒形さんとは縁があったってこと?」
そんなものはない。あってたまるものか。
そう吐き捨てたいのをグッと堪えて、菜穂は曖昧な笑みを浮かべてみせた。おそらく、これが今の自分にできる精一杯の強がりだ。
「そっか……じゃあ、浜島さんのことはもういいんだね」
千鶴は、どこか残念そうな口振りで昼食用のおにぎりにかじりついた。
「でも、まあ──とりあえず、おめでとう! ある意味、良かったのかもね。もともと知り合いってことは、へんに気を遣ったりしないで済みそうだし」
「そうだね」
「けど、いちおう気を付けなよ。ほら、緒形さんっていえば……」
千鶴が眉をひそめたところで、休憩室のドアが開いた。中に入ってきたのは、まさに渦中の人物だ。
「おつかれ」
軽く手をあげて、緒形が近づいてくる。
千鶴は、一瞬気まずそうな顔をしたあと「それじゃ、ごゆっくり」と弁当を片付けはじめた。
「えっ、いいよ、気にしないで」
「まあまあ、銀行に用事があるの思い出したからさ」
絶対に嘘だと思ったが、指摘できるような雰囲気でもない。
かくして千鶴は意味ありげな目配せを残して去り、空いた席には緒形が腰を下ろした。
「もしかして俺、邪魔だった?」
気づかう緒形に、菜穂は「そんなことないよ」と無難に返した。
「千鶴、銀行に用事があるんだって」
「へぇ」
「緒形くんは? 今から昼休み?」
「だと良かったんだけど、急きょ13時30分から打ち合わせが入ってさ。ひどいよなぁ、俺、営業先から帰ってきたばかりなのに」
つまり、次の予定まで20分ほどしかないというわけだ。
それなら、こんなところで油を売っている場合ではないのでは、と冷静な頭で菜穂は思う。ただし、口にはしない。それもまた冷静な判断というものだ。
「じゃあ、お昼はどうするの?」
「打ち合わせが終わってからかな」
「それだと15時とかにならない?」
「なるだろうけど、いつものことだから」
当たり前のようにそう答える緒形を、菜穂はほんの少しだけ気の毒に思った。制作部署も休憩時間が不規則だが、営業もまた相手の都合に振りまわされやすいのだろう。
だから、つい余計な気を働かせてしまったのかもしれない。
「ひとつ食べる?」
「えっ?」
「サンドイッチ。これとか、まだ口をつけてないし」
ランチボックスごと、緒形の前に押しやる。中に入っているのは、食べやすいサイズにカットしたたまごサンドとハムサンドだ。
「あ、でも、こういうの嫌だったら……」
「いや、食べる」
緒形の大きな手が、ハムサンドを一切れ摘んだ。
「悪い、正直助かる。今朝もあまり食べてなくてさ」
「ちゃんと食べたほうがいいよ。営業先で倒れたら大変でしょう?」
「そんなヘマしないって」
そのわりに、緒形はあっという間にハムサンドをたいらげてしまった。どうやら、菜穂が思っていた以上に腹をすかせていたようだ。
「良かったら、もうひとつどう?」
「いや、それはさすがに……三辺も腹が減るだろ」
そう言いつつも、緒形の視線はランチボックスから離れない。まるで欲求を隠しきれない小学生のようなその態度に、菜穂はつい笑ってしまった。
「いいよ、どうぞ」
「けど……」
「私、今日はそこまでお腹が空いてないから」
それに、もしこのあと小腹が空いたとしても、常備しているチョコレートを食べればいい。決まった時間に食事をとれないこの職場では、皆、気軽に自席で食べ物を口にしている。
「じゃあ、もうひとつだけ」
大口をあけて、緒形はサンドイッチにかぶりつく。
そういえば、高校時代の彼も、優男風の外見に似合わずよく食べるひとだった。ふたりでファストフードに行ったときも、ハンバーガーふたつをぺろりと平らげるだけでは飽き足らず、ポテトとチキンナゲットを追加注文していたくらいだ。
(そういうところ、今でも変わってないんだな)
懐かしさに、菜穂が頬をほころばせたその矢先。
「ところで、今週末ってどう?」
天気の話題でもするようなさり気なさで、緒形がするりと訊ねてきた。
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