第21話:親の在り方
あれから幾日が経過して、あたしたちは変わらず仕事に明け暮れていた。
時刻は二十時、セントリア地下に張り巡らされたカウンセラー専用の路線。本部に到着したあたしたちは階段を上り、扉のパスコードを入力する。認証が完了し、開いたところシャーリィとガードに出くわした。
「あ、シャーリィだ。お疲れ様、これから仕事?」
「ミライ、お疲れ様。うん、これからだよ」
「そっか。時間も遅いけど、頑張ってね。でも無理したら駄目だよ」
「それ、ミライが言うの? 私たちは大丈夫だよ。行ってきます」
くす、と微笑を浮かべて専用車両に乗り込むシャーリィとガード。
休暇を経て仕事に復帰した彼女は、以前よりも少しだけ表情が晴れているように見える。
働きっぱなしでは体も心も休まらない、結果として笑顔も消えてしまう。表情や感情が希薄になるのは気力の消費を最小限に抑えるための防衛本能なのだと思う。
そう思うからこそ、七日間休まず働き続けたママは本当に常識外れなカウンセラーだったのだと戦慄する。それについていけるパパも人間離れしているとは思うが。
そんな二人からあたしが生まれたのだ、やはり仕事漬けの日々を送るのは必然なのかもしれない。つい苦笑する。目敏く気付いたのはアステルだ。
「どうしたんだ? 思い出し笑い?」
「うん。昨日、マリアからパパとママの話を聞いたんだ。想像以上に変わった人たちだったんだ、って知って笑っちゃったの」
ティオが鼻で笑った。あたしを馬鹿にしたものではなく、むしろあたしに同調しているような笑い。そうだろうな、とでも言いたげなものだった。
「奴らの実績だけ聞けばさぞかし高尚な存在に見えるだろうが、その実態は変人そのものだ。パストも、キョウもな」
「やっぱりティオ、二人のこと知ってるんじゃん。前はごまかしてたのに」
「そうさな。まあ浅からぬ縁だったとだけ言っておこう」
あたしが知る限り唯一の喋る猫だ。人と関われば少なからず深い縁にはなるだろう。あたしの傍に現れたのもそういった縁なのかもしれない。家にいられない自身の代わりにティオにお守りを頼んでいた?
いや、それは違う。ティオはあたしが本部に保護されてから現れた。パパとママに言われたのならもっと前から一緒にいてくれたはずだ。
であればどうして? なにがきっかけであたしの前に現れたのだろう。何度聞いても教えてはくれなかったが、パパとママの縁が繋いだものなのだと思う。敢えて深く触れる必要もないか。
「マリアは言ってたよ、あたしとティオは二人に似てるって」
「
「まあ……うん、話を聞く限り、ね」
「ミライの両親はどんな人だったんだ?」
アステルが興味を持ってくれるのは珍しい。彼は実質片親のようなものだったし、家族や親というものに興味が湧くのも自然なことなのかもしれない。
昨日マリアから聞いたことをそのまま伝える。最初はうんうんと聞いていたアステルだったが、二人のエピソードを話し始めた辺りから表情が曇り始めた。
「……なるほど。うん、確かに、ミライの親って感じがするよ」
「えっ、でもあたしはまだまだ大人しい方だよ!」
「いや、どうだろうな……やんちゃなところは充分に遺伝してる気がする」
「わかるぞ、アステル。パストほどじゃあないが、こいつも大概だよなぁ?」
「えーっ! 絶対ママの方がすごいって! エピソードで言うなら!」
ふたりが言うにはどっちもどっちということのようだ。あたしなんてまだまだ常識の範疇だと思うが、それでも少し外れているように見えるらしい。こんなに近くで、半年も一緒にいるというのに。
がっくりと肩を落とすあたしに対し、ティオは「まあ」と口を開いた。
「子は親を超えるものだ。いずれお前もでっけぇカウンセラーになるだろうよ。はあ、先が思いやられるぜ。これから俺はどんな苦労を背負っていくことになるんだか」
「さすがにママの奇想天外っぷりは超えられないよ……でも、ママより優秀なカウンセラーにはなってみたいと思う」
「それだけ俺も頑張らなきゃならねぇんだろう? やれやれ、どこかで一人前になってほしいもだがねぇ」
苦労と不安を深い息にして吐き出すティオ。口ではげんなりしていても、なんだかんだ手伝ってくれるのだから文句は言えない。
あたしたちはエレベーターに乗りユニット長のエリアへ。部屋の扉をノックし、返事を受けてから入る。
「マリア、仕事終わったよ。アステル、ハートリウムをお願い」
「ああ。これだよ」
アステルがハートリウムを手渡す。マリアはじっくりとその様子を観察し、満足したような笑みを浮かべた。
「文句のつけようがありません。よく頑張ってくれていますね。アステルも、最近特に仕事に身が入っているように思います」
「マリアにわかるものなの? カウンセリング中のあたしたちにはわからないけど」
「顔つきからなんとなくわかります。以前よりも精悍な顔つきになっているように見えますよ」
「あんなことがあった後だから。二度とミライの邪魔をさせないように、気を引き締めてるつもりだよ」
あんなこと。というのは先日のカウンセリングのことだろう。灰皿で殴られ流血し、詳細を聞けば腹も蹴られていたらしい。
ガードの仕事はカウンセラーの仕事が滞りなく進められるよう守ること。あるいは、ハートリウムの厳重な保護だ。
それを果たせなかったことはアステルの誇りに傷をつけたことに他ならない。仕事に身が入る理由としては充分過ぎるほどである。
「カウンセリングに集中できてるのはアステルが頑張ってくれてたってことなんだね。ありがとう、撫でてあげよっか?」
「遠慮しておく。ガードとして当たり前のことをしてるだけだから」
「ご褒美あってこその仕事だと思うんだけどなぁ」
「給料で充分だよ」
「ふふ、アステル意外とはキョウさんに似ているかもしれませんね。献身的なところが」
言われてみれば、あたしが働き過ぎたことにもすぐ気付いてくれていたし、ティオよりもあたしの行動をよく見てくれていたようにも思える。
そういう意味ではアステルの方がパパに似ているとも受け取れるか。さすがに生活の全てを彼に委ねようとは思わないが。
「アステル、パパに似てるって」
「そうか。優秀なカウンセラーのガードに似てるって言われるのは、少し嬉しいな」
かつてないほど表情が緩んでいる気がする。こんなにあからさまな笑顔は初めて見たかもしれない。
これだけガードという仕事を大切に想っているのだ、それだけあの事件は彼にとって大きな転機になったということだろう。血を流した甲斐があったというものだ。口が裂けても言えないが。
「……そういえば、カイルさんのお母さんは? 取り調べはもう終わったの?」
「ええ、そうですね。旦那様の立場としては公にしたくないということで、示談金が提示されました。私としては度し難いことではありますが、上はそれで了承したとのことです。二度と本部に立ち寄らないことを条件にしていたと伺っています」
「守れなかった俺が言うのは筋違いかもしれないけど、納得はできないな。立派な傷害事件だぞ、法の下に裁かれるべきだと思う」
「私もそう思います。上が決めたことには逆らえないというのがもどかしいですね。カウンセラーも守れずになにがユニット長かと、自身の至らなさを痛感しました」
憤る二人を他所に、あたしは別なことを考えていた。
二度とここには立ち寄らないということであれば、カイルさんの今後についてもしっかり準備した上で送り出すべきだろう。退院後の住居や転入の手配など、彼の父親と直接コンタクトを取ることになるとは思う。
アステルは重々しい口調で続けた。
「……この件は、カイルさんには言わない方がいいだろうな。あんなのでも親だ、傷害罪に問われたとなると心を痛めしてしまうかもしれない」
「そうだね。あたしとしても隠しておきたい。カイルさんの病室には何回か顔出してるけど、楽しそうに話してくれるもん。漫画も読めないような環境だったからかな、笑顔が絶えなくて。話聞いてるだけで楽しいのが伝わってくる」
顔を見せる度、カイルさんは読んだ漫画の感想や考察を語ってもらっている。あたしが知らない漫画のこともあるが、その都度説明してくれていた為、なんとなくの概要は把握できる。きっと地頭がいいのだろう、あたしでもすんなり理解できた。
教えることが上手なのかもしれない。今後の参考になるかもしれないし、後々共有しておこう。
「でも、なんか変なんだよね」
「変ってのはどういうことだ?」
ティオの問いかけは自然なものだと思う。彼のあの顔は、あたしにしか見せていないはずだから。
「あたしと目が合うとね、ふっと表情が消えることがあるの。一瞬だけね。すぐに楽しそうな顔をするんだけど。自覚してるのかしてないのか、敢えて問い質したりはしないけど、なにか思うところがあるのかもしれない」
「そりゃお前、能天気な顔してるのが悪ィんだ。カイルは聡明な子供だからなぁ」
「あー、ひどいんだ! これが娘に対する言葉ですよ、愛なんてなかった!」
大袈裟なリアクションをしてみるものの、マリアもアステルも苦笑い。もっと盛大に笑ってくれた方があたしとしても救われるのに。
和みかけた空気を引き締めるようにマリアは咳払いする。
「念の為、ですが用心してください。あの様子だと、無視して現れる可能性もゼロではありません。また、あなたたちを敵視し、なにかしら仕掛けてくる可能性も否定できませんから」
「そこまでされたら逮捕待ったなしだね。アステルが守ってくれると思うし、大丈夫だよ」
「だが、そうなるとカイルの今後も気になるところだがな。身内に犯罪者がいるとなると、就職に不利な要素として見られる可能性も高まる。お利口さんにしてくれる保証はないが、それを祈るしかねぇのがもどかしいところだ」
子供の将来を汚すようなことをしないだろう。
なんて思うのは、親という存在を美化し過ぎなのだと思う。アステルの父親やカイルさんの母親を見ていると、本当に子供を愛しているようには思えなかった。
子供もまた他人。そう思えず、自分の所有物だと認識している親がいることに驚きを隠せない。どうか、親の自覚があるのなら子供の道を閉ざすような真似はしないでほしいと思う。
「じゃああたしたちは戻るね。また仕事あったら教えて」
「はい、今日もお疲れ様でした。ゆっくり休んで、備えてくださいね」
マリアの言葉を受け、部屋を出る。この時間からなら仕事が入っても明日に回るだろう。休むことの大切さも学んだし、今日のところはぐっすり眠らせてもらうとしよう。
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