第8話:剣を握る理由
「大変でしたね、シャーリィ。あなたの疲労に気が付けなくてごめんなさい」
「いえ、私こそ……限界が来る前に吐き出せばよかっただけなので……」
「元はと言えば自分のケアが至らなかったことが原因です……シャーリィ、力になれなくてすみませんでした」
「そんな、謝らないでください。これからはもう少し頼らせていただきますね。至らないカウンセラーですけど……よろしくお願いします」
シャーリィの心が体に帰ってよかった、めでたしめでたし。
とはならず、独断でカウンセリングを行ったあたしたちはきっちりマリアにお叱りを受けることとなった。シャーリィのガードは黙ってくれていたようだったのだが、アステルが様子を見に来ていたらしい。しっかりと報告されていた。
そういうわけで、マリアからの言いつけでお茶会を見守ることとなった、正座で。頑張ったのにこの仕打ちはひどい。
「あ、あのー……あたしたちも、そのー……お茶とお菓子を嗜みたいなぁー、なんて……あはは……」
「万年人手不足だろうが、俺たちの厚意には感謝してもらいたいところだがねぇ……」
発言権はないも同然。不躾なあたしとティオの間に鉄の塊が振り下ろされる。アステルのものだ。振り返れば、血も凍るような真顔であたしたちを見下ろしている。
「ふたりとも休むって言ったろ? それにユニット長を通さずに勝手にカウンセリングするなんて
「アステルの言う通りです。休むと言ったのなら休んでください。人手不足はその通りですが、なるべくなら酷使したくないのです。特に若手のあなたたちが勝手なことをして、万が一失敗した場合のフォローは誰がすると思っているのですか?」
マリアは普段とても穏やかだ。だからこそ、怒らせると本当にろくなことがない。口調こそ優しいが、表情が怖い。笑顔なのに笑っていないのだ。
下手に逆らうとどうなるかわかったものではない。素直に謝るのが得策か。
「ごめんなさい……」
「悪かったよ、勝手に動いて……」
ティオとは変なところで通じ合っている。示し合わせなくても謝るタイミングが重なるなんて、これもまたふたりでひとりの所以かもしれない。
反省したのが伝わったのか、マリアはため息を一つ。
「次からは必ず私を通してください、いいですね」
「はーい……」
「善処しよう……」
マリアが手招きする。ようやく許しを得られたものの、叱られて精神的に参っているのもある。素直に飛びつけない。とぼとぼと歩いて席に着くと、リラックスする柔らかな香りが鼻孔をくすぐった。
ぐう、と腹が鳴る。体は正直だなんて誰が言ったのか。マリアとシャーリィがくすくすと笑う。
「ミライもティオもよく頑張りました、召し上がれ」
「いただきます」
「俺は遠慮しておく。猫に人間の食い物は合わん」
背を向けるティオはそのまま部屋を出ていった。休暇を満喫するだった予定を崩してしまったのは申し訳ないと思う。次の仕事までゆっくり休んでほしいものだ。人手不足である以上、あまり時間の猶予はないだろうけど。
「でも、どうしよう……」
ふとシャーリィが呟く。考えているのはハートリウムを産み出した元凶のことだろう。
ティオがモンスターと言ったのも頷ける。カウンセラーがハートリウムを生むほどのストレスを与えてくる相手となると、送り出せるカウンセラーも相当限られるだろう。
あたしとシャーリィは同期だが、本来であれば任せられる相手ではないはずだ。シャーリィは断ることもできなかっただろうから、ほぼ強制のようなものだったと思う。
「ねえマリア、詳細ってあたしが聞いても大丈夫?」
「ミライ」
背後から聞こえるアステルの声は鋭い。休めという圧力を感じる。慌てて振り向いて釈明する。
「べ、別にあたしが行こうって話じゃないからさ! ただの興味!」
嘘っぽく聞こえていなかっただろうか。アステルはなにも言わない。表情は相変わらずの鉄仮面で、きちんと届いているかはわからない。
「そうですね……万が一もあります、ミライにも念の為情報を共有しておきましょうか」
マリアは自身のデスクから紙を持ってくる。三枚あるようで、シャーリィ以前の担当が記したカルテだった。そのうち一番上のものを手に取る。
「なになに……名前はカイルさん。年齢は十五歳、あたしと同い年なんだ。ヒアリング項目は……ん? なんでこんな単語が羅列されてるの? 文章になってないからわかりにくいな」
「た、たぶん、他の人のもそんな感じだと思うよ。私もそう書くと思う……」
おずおずと手を挙げるシャーリィ。なんのことかと目を丸くしていると、静かに語り出す。
「その、すごいの……ご子息様のことを聞いてもね、文句しか返ってこなくて……カウンセラーは無能とか、早く帰ってこないと試験に間に合わないとか、ママ友に合わせる顔がないとか……とにかく自分の都合を押し付けてくるタイプで、患者様本人の情報がなにも得られなくて……」
ティオが言っていた通りだったとは。モンスターと呼んだのは的外れでもなんでもなかったわけだ。
カウンセラーが知りたいのは家庭環境や家での様子、生活リズムなど。生活のどこに原因が潜んでいたのかを絞ることでカウンセリングの質は上がっていく。
その様子だと、本当に心象世界を見るまで状態がわからなかったのだろう。情報不足でカウンセリングを行うのは極めて危険だ。なにが原因か特定できない以上、情報収集から始めなければならない。
しかしハートリウムはそんな悠長なことを許さない。地形や気候の変化、あるいはもっと直接的な妨害でカウンセラーを追い出そうとするだろう。シャドーが他責型だとしたら、そのまま襲われる可能性だって充分にある。
シャーリィの言った通り、他のカルテも同様で患者本人の状態を確認することは困難を極めているようだった。実際、ハルシエ病の疑いが記されていたのも三枚目のカルテからだった。
マリアは重苦しいため息を漏らす。
「新しいカウンセラーを向かわせようにも、ベテランのカウンセラーが出払っているので、帰り次第になってしまいます。ですが、ハートリウムの発生から時間がかかり過ぎているのも事実。依存度も相当高まっているでしょう、迅速に対応してあげなければいけない……とは思っています」
本当なら名乗り出てあげたい。ただ、そうなるとティオも一緒になる。おまけにアステルにも大きな負担をかけることになるだろう。
それに、シャーリィと同期のカウンセラーという点も不利に働く可能性が高い。カウンセリングに失敗した者と同程度の経歴となれば門前払いを食らうことにもなりかねない。
どうしたものか。なんとかしてあげたい気持ちだけが募っていく。その気持ちを見透かされたか、マリアが続ける。
「まあ、私の方でなんとかします。ミライは勝手に動かないように」
「わ、わかってるよ! 刺す釘は一つで充分!」
マリアは実質育ての親のようなもの。ごまかそうとしたって隠し通せるとも思わなかった。本当に行く気はないのだから、少しは信用してくれてもいいのに。
そのとき扉がノックされる。このタイミングで客人となると、報告に来たカウンセラーだろうか。
マリアが迎え入れるが、現れたのは余裕のない表情の女性。あれは確か受付の人? なにか急を要することがあったに違いない。
「どうしました?」
「例のご家族様が『すぐにでもカウンセラーを寄越せ!』と怒鳴り込んできて、現在ロビーで暴れています!」
「まさか直接お越しになられるとは……」
頭を抱えるマリア。予想外の行動に出る辺り、ご家族様も余裕がないのだと思う。
シャーリィを一瞥すると微かに震えていた。思い出すだけでこの状態になるのだ、相当厄介な相手であることは間違いないのだろう。
マリアが席を立ち、あたしたちに一言。
「あなたたちは自室に戻っていてください。私がなんとかしますので、いいですね」
その念押しはあたしにしか向けていないだろうに。
シャーリィやアステルはこくこくと頷いていた。マリアも相当追い込まれていることはわかる。逆らうようなことがあればどうなるかわかったものではない。一目見ることさえできれば――とは思えど、おとなしくしているのが身の為だろう。厄介事には巻き込まれない方がいい。
駆け足で部屋を出ていくマリア。あたしたちも解散するとしよう。
「あたしが片付けておくから、みんなは戻ってていいよ」
「いいの?」
「うん、反省の意味も兼ねてるし」
「じゃあお願い、しちゃおうかな……ありがとう、ミライ。ティオにもよろしく言っておいてね」
「はーい。みんな、お疲れ様」
手を振ってシャーリィとガードを見送る。しかしアステルは残ったままだった。まだなにか疑っているのだろうか。せめてもの反抗で口を尖らせる。
「……ちゃんと言いつけは守るもん」
「疑ってないよ。俺も片付け手伝おうと思っただけ」
「え、なんで? いいよ別に、一人でできるし」
「ミライの勝手な行動はガードの監督不行き届きだから、俺のせいでもあるよ。早く終わらせて、ゆっくり休もう」
そう言ってアステルは茶器の片付けを始める。本当にわかりにくいだけなのだな、と実感する。優しさも備えているのだから、もう少し愛想よくすればいいのにと思ってしまう。
アステルと一緒に片付けを続けるが、テーブルには先程のカルテが乗ったままだ。これはどこにしまっておくべきか。個人情報でもあるし、マリアのデスクに戻した方がいいだろう。
三枚のカルテを持ってデスクへ向かうが、目を通すくらいならいいだろう。足を止め、カルテを読み進める。シャーリィの言った通り、どれも似通った内容だった。勿論、一人目より二人目、三人目の方が幾らか詳細には書かれている。
患者は進学校通いで、学習塾も通っている。頻度は週五回、迎えはなく一人で帰っているとのこと。両親――父親はセントリアの大企業の役員だといい、患者の教育は母親に一任しているとのこと。当然、付き合う人々の水準も高いという。同年代の子供がいて、お茶会では子供の自慢話を何度も聞かされていたらしい。
ハートリウムが生まれる原因を推測する。母親からの期待と重圧に耐えかねたと考えるのが妥当だろう。それだけならばシャーリィ含めて四人のカウンセラーが突き返される理由はなさそうに思える。
ハルシエ病の疑いがある、というのも三枚目のカルテから記載があった。ハートリウムの様子から確認できたのだろう。可能性としては目に見えるものと実際のものが別物であったとか、頻繁に姿を変えるなどが考えられるか。
必要な情報を事前に得られないという現状がカウンセリングの難易度を跳ね上げてしまっている。ガードがいる以上カウンセリングそのものの妨害はできないはずだが、そもそもの事前準備が足りないのが根本の原因か。
「ミライ」
アステルの声でハッと我に返る。カルテに集中し過ぎていたようだ。
「あ、ごめん。カルテ読んでた」
「片付けは終わったぞ」
「え!? うわ、ごめん! ありがとうアステル!」
テーブルにはお茶会の形跡など欠片も残っていなかった。なんの力にもなれていないことに申し訳なさを感じる。
一方、アステルは特段なにも感じていないようだった。彼の心を動かすのはブシドースピリットくらいのものなのだろう。あるいは、無茶をしたあたしに対してか。わかりにくいだけで、基本的な人間力は備わっている。お茶会の後など欠片も残さない完璧な後片付けに感心するばかりである。
「アステルってなんでも卒なくこなすよね」
「そうか? 片付けなんて誰でもできるだろ」
「片付け以外にも結構なんでもやっちゃうイメージ有るよ。カウンセラーにはなろうとしなかったの?」
「そうだな。カウンセラーは人の心に寄り添う仕事だろ? 俺、心の機微に疎いから向いてないと思って、ガードの道を選んだんだよ」
「そうなんだ。ガードになろうと思ったのはどうしてなの? ブシドースピリットのプロ選手とかは?」
悪気のない質問ではあったのだが、ほんの少しだけ。アステルの表情が曇った気がした。なにか、嫌なことを思い出したのだろうか? ガードになるのに後ろ向きな理由がある? 言えないようななにかが彼の中にはあるのかもしれない。
「答えたくなかったらいいよ、ごめ――」
「守りたいものがあったから」
遮るアステルの声はいつもより優しかった。
彼の守りたいものがなんなのかは見当がつかない。その声音から、それが愛おしく、心から大切にしたいという気持ちは強く伝わってくる。
「ガードの方がそれを叶えられると思ったから。自分勝手な理由だよ」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう」
「ああ。じゃあ部屋に戻ろう」
足早に部屋を出ていくアステル。隠し事ができるような性格ではないし、守りたいものの為にガードになったのは本当だろう。
ガードが守る者なんてカウンセラーくらいな気がするが、あたしがアステルと交流を持ったのは資格を得てからだし、あたし以外に守りたいカウンセラーがいたのかもしれない。
「アステル以外のガードをつけてもらえるように打診してみようかな……もう少し時間かかるだろうけど」
資格を得て半年程度、関係性も良好なのにガードを替えてくれという理由がない。あたしがもっと立派なカウンセラーになれば、アステルも肩の荷が下りて仕事を選べるようになるかもしれない。
「よーし、もっといっぱい頑張らないとだ」
決意を固め、振られた仕事を着実にこなしていこう。あたしだけ頑張っても仕方がないし、ティオにもそれなりにやる気を出してもらわなければ。
ご褒美でもあれば違うんだろうか。なにが欲しいかはアステル以上に読めない。まあそのうちわかるだろう、ふたりでひとりなんだから。
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