第13話 帝国艦隊
――――――。
――――。
――ゾルマリス帝国軍。遊撃艦隊。
旗艦。艦橋。
「……あとはソリッドスケールの降伏を待つだけか。
全艦に通達、敵艦に注視し、射程外の距離で待機せよ」
艦母の言葉に従い、通信士が連絡をとり始める。
艦橋は適度な緊張感に包まれながらも、比較的余裕のある雰囲気だった。
相手はたった1隻。
それを艦隊で取り囲んでいる状態だ。
完全な優勢により、あくびが出そうなほど楽な任務にも思える。
「しかし、相手の航路や艦名は事前情報通りでしたね。
我が帝国のスパイは本当に有能で助かりますよ」
制片のデータを見ながら、航空分析官が得意そうに言った。
ソリッドスケールの航路は帝国側に筒抜けになっていた。
現在、駐留している空域も把握されており、気付かれないように包囲するのも容易なのだ。
ただ、艦母はあまり楽観視していない。
「重装甲艦ソリッドスケールか……。
足は遅いが、タフな戦艦だな。
もし降伏しなかったら、骨が折れそうだ」
古参の域に達する彼女にとって、そう簡単に物事が推移しないという予感は常に付きまとう。
今まで生き残ってこれたのも、この警戒心によるものが大きいだろう。
ソリッドスケールのような、防御に特化した戦艦は扱いが難しい。
とくに、フォーラ王国の軍事技術は、帝国の何世代も先を歩んでいる。
艦船の形状は流線形が主体になっており、ただでさえ槍弾が当たりにくい設計がされていた。
帝国の角ばった戦艦とは、そもそもの性能が違う。
そんな艦母の気持ちが、よく分かる航空分析官も、共感するしかなかった。
「確かに、フォーラ王国の造船技術は侮れません。
それに今回は、拿捕しなければならない任務です。
投降してくれると楽なんですけどね」
戦場とは違い、対象を拿捕する今回の任務はいろいろと面倒くさい。
敵艦が1隻というのもあって、艦隊戦で負ける事はありえないのだが、逆に逃げられてしまえば全てが失敗となる。
そういう面から考えると、ソリッドスケールは相性が悪く、とても厄介。
降伏勧告への返答が重要だ。
そして、任務の核心は別にある。
「蒼空の天師か……。
本当に、あの艦に乗船しているのだろうか」
艦母は最大の不安を口にした。
蒼空の天師(セラ)を捕える事。
ここまで大規模に作戦を行う理由がソレだ。
天師を捕虜にすれば敵国の戦力を大幅に削げ、その天師を懐柔できれば自国の戦力を大きく向上させられる。
遊撃艦隊を1つ投入したとしても、惜しいものではない。
「ちゃんと彼女を連れ帰らないと、天才参謀殿が立ち直れないくらいダメージを負いますよ。
天師を捕らえるために、長い時間をかけて準備してきた計画ですしねぇ」
やや自嘲ぎみに航空分析官が言う。
彼らは、とある帝国参謀の直命で動いていた。
今回の情報はすべてその人物が入手したもので、ずっと機会を狙った上での出撃だった。
フォーラ王国の思惑とは関係なく、帝国は帝国で失敗できずに必死な状況なのだ。
――――。
数十分待った。
「ソリッドスケールから入電!」
通信士が叫ぶ。
艦母と航空分析官は息をのむ。
降伏してほしい、その一心だ。
しかし。
「……『降伏勧告を拒否する』……」
回答はこちらの望みを一蹴するものだった。
「……仕方ないか。
戦闘準備!!」
艦母は艦隊すべてに通達する。
それと同時に、通信士がまた口を開いた。
「さらに、入電!
『1分後に抵抗を開始する』とのこと」
あまりの異常さに、艦母は聞き返す。
「――抵抗だと?!
たった1隻で、何ができる……」
驚いたのは、航空分析官も同じだ。
「ハッタリですかねぇ……。
でも、この状況で効力があるとは思えない。
ヤケクソにもほどがある」
彼は頭を抱えた。
ソリッドスケールには対抗手段などない。
艦橋にいる全員がそう思っている。
がむしゃらに戦ったとて、こちらの損害などないに等しいはずだ。
――だが、艦母は得体の知れない恐怖を感じていた。
過去にどこかで味わった感覚。
トラウマに近いもの。
不意に。
前線のほうにいる味方艦に異常が生じる。
「何があった??」
艦母はすぐに対応した。
航空分析官は瞳を震わせ、悪夢を見ているような声をあげた。
「…………2番艦と4番艦が、轟沈」
不意の損害報告。
何が起こったのか理解できない。
「?!!
その時の状況報告はないか?」
艦母は混乱しながらも、現状の把握に努める。
「詳しい事は不明ですが、飛翔核を撃ち抜かれたようです……。
こんな戦術、今まで見た事がありません。
恐ろしい制空力……これは現実なんですか?」
航空分析官は少し落ち着きを取り戻し答えた。
だが、未だに目の前の出来事が信じきれていないようだ。
艦橋要員がうろたえるのは仕方がない。
今まで遭遇した事のないトラブルである。
しかし、その中にいて艦母だけは様子が違った。
彼女には覚えがある。
先代の蒼空の天師、リゼとの戦いだ。
射程外から突然沈没させられる旗艦。
統率を失い、逃げ惑う味方艦も次々と落とされていく。
地獄のような戦場で、奇跡的に逃れ、命拾いした記憶。
忘れようとしていた事柄が、次々に頭の中に蘇ってきた。
辛いが、今は恐れているヒマがない。
一刻も早く、逃げる必要がある。
「これは現実だ!!
――全艦、ソリッドスケールから全力で距離をとれ!
相手の射程が、こちらの何倍もあると想定せよ!」
艦母は、航空分析官の曖昧な問いに対して乱暴に答え、すぐさま退避を命じた。
ソリッドスケールのだだっ広い射程に入れば、こちらは攻撃を当てもできずに沈められてしまう。
全艦が脱兎のごとく後退する中。
艦母は別の脅威に気付く。
「――本艦の飛翔核を守れ!
機関室の隔壁を閉じ、周囲に防盾を展開しろ!
……狙われているはずだ」
航空分析官は、艦母の指示に疑問を感じながら作業をしていたが、堪えきれずに進言する。
「機関室の隔壁を下ろしたら、エネルギー効率が極端に落ちて攻撃不能になります」
本来なら、彼の意見は正しい。
しかし、今は非常事態。
艦母は、直感ゆえに上手く説明できない状況に嘆きながらも、なだめようとする。
「攻撃している場合じゃない。
貴官は、我々が後方にいるから安全だとでも、思っているのか。
撤退を見込んで、相手の旗艦を落とそうとするのはセオリーだろう」
彼女の消極的な采配に不満のある航空分析官。
「ですが、ここはあまりにも敵艦から距離が……」
そう、意見しようとした瞬間。
艦体の中心部に、鈍く大きな激突音が響く。
何度も。何度も。
危機を告げる鐘のように鳴り続け、激しく場を揺らす。
飛翔核は容赦のない攻撃に晒され、艦母が事前に対策を講じなければ、今頃は破壊されていたかもしれない。
彼女の機転で助かったも同然であった。
艦橋は揺れ、艦橋要員は体を固定しながら耐える。
「……わかった、か?」
振動に耐えつつ、苦笑する艦母の顔を見ながら、航空分析官は呆然と首を縦に振った。
身をもって、自分の未熟さが理解できたようだ。
「撤退!」
もはや、艦母の命令に異を唱える者は誰もいない。
帝国の誇る遊撃艦隊は、速やかにその空域を離脱する。
たった1隻の敵艦に迎撃されるという惨事。
結果だけ見ればそうなる。
しかし、戦場にいた者は皆、艦母の適切な指示による、最小限の犠牲である真実を知っていた。
人智を超えた正体不明な敵との戦い。
それは帝国側に再び恐怖を与えるキッカケとなった。
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以後、コンテストの規定文字数に沿って、ゆっくり投稿になります
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蒼空のファントムドール ~にわか聖女の異世界AI空戦記~ 林鐘オグラ @rinogu
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