第12話  艦母は諦めない


 艦橋要員へ、一気に緊張感が広がる。

 さらに別の指示も発せられた。

「『防盾(ぼうじゅん)』展開!」


 テーザの言葉の後。

 艦体の側面全体から重低音、金属音が鳴り響く。


 それから、地の底から湧き上がるような揺れがくる。

 体勢が崩れるほど激しい振動ではないが、体の芯を突き抜ける感じの震えがあまり気持ちのいいものではなかった。


 その不快な音や振動はあまり長く続かなかった。


 あたりに静寂が戻った頃。


 艦体の周囲に、巨大で堅牢な盾が浮いている様子が目に入る。

 それはソリッドスケールを守るように全方位を取り囲んでいた。




 制片を慌ただしく操作していたテーザの顔色がどんどん悪くなる。

 「なんで、敵に囲まれているんだろ……。

この空域での戦闘は、起こっていないはずなのに」

 彼女は艦母席の床を見つめたまま、独り言のように呟く。


 教師およびセラ達学生も、なすすべなく見守っている。


 追い討ちのように、艦橋の通信士が口を開いた。

「――て、敵艦から信号が送られています」


 テーザは顔を上げて答える。

「報告して」


 息を飲み、通信士は読み上げた。

「……『降伏せよ』以上!」


 それを聞いたテーザは、悔しそうに唇を噛んだ。

 明らかな危機。

 敵の遊撃部隊に取り囲まれている。

 逃げ道はない。

 そして、対抗するための手段もなかった。


 安全な空域からクロノスを視察する。

 ただ、それだけの任務。


 敵の艦隊に囲まれる理由が分からなかった。

 単に運が悪かっただけとは、どうしても思えないのだ。



 ――いろいろ考えたい事はある。

 しかし、今テーザにそのような時間は残されていない。



 彼女はセラ達に向かって告げる。

「本艦からの脱出を要請します。

敵が我々からの回答を待っている今が好機です」



 次に、艦橋を見渡して、テーザに注目している艦橋要員に命令を下した。

「艦橋要員も退避してください。

以降は自分が引き継ぎます」


 その場にいた船員は、一瞬顔を背けて悔しそうにした後、黙って指示に従う。

 足早に、けれど落ち着いて艦橋から退出していく。


 訓練されたわけでもないセラにとって、船員達の行動は異様に見えた。

 みんな、テーザを残して去ろうとしているのだ。

 学生の彼女にとって、そこまで急に割り切る事は無理である。



「……行きましょう」

 立ち尽くしている生徒に向かって、教師は声をかけた。


 それに従い、コルデナは教師の元に集まる。


 しかし、セラはその場に留まった。

 その行動に教師は戸惑う。


「少しだけここに居させてください」

 セラは静かに言った。

 彼女は不可解な話をしてはいるが、とくに混乱している様子はない。


 それは教師にも伝わったようで、ただ確認するだけの言葉が返ってくる。

「……セラさん。

今のあなたは感情に支配されていない、そう思っていいですね?」


 セラは「はい」と答えながら、首を縦に振って肯定した。


 本来なら、生徒の勝手な行動を許すわけにはいかない立場だ。

 だが、どうにも否定できない威圧感がある。


 教師は折れた。

「わかりました。

でも、脱出艇の準備が整うまでの――少しの時間だけです」


 そう言い残し、そのまま教師とコルデナは脱出艇の格納庫へ向かう。


「アナタ、わがままを言えましたのね。

あとはワタクシ達に任せて、ゆっくり追ってきなさいな」

 去り際にコルデナが一声かけた。


「ありがとうございます」

セラは礼を言う。

余計な事を聞かず、自分を信じてくれる2人の姿勢に、彼女は深く感謝した。




 ――セラは艦母席の方を振り向き、駆け足で近寄る。

 その様子を不思議そうに眺めながら、テーザは聞いた。

「……なぜ、残った……の?

高速艦載艇……なら、たぶん、敵の……包囲網……を……振り切れる……から。

急いで……格納庫に行っ……て」


首を横に振り、その指示を断るセラ。

「いいえ。……ここに居ます。

テーザさん、貴方は強い人ですね。

こんな時でも毅然としていられるなんて、尊敬しかありません」


 テーザは褒められて嬉しくなる。

「……ありがと。

リゼ様、が……私がまだ新人の……時に、演説で……言ってた……んだ。

『艦母は泣いてはいけない』

『艦母は逃げてはいけない』

『艦母は諦めてはいけない』

……って、ね。

そうしな……いと、乗組員が……信頼してくれ……ない……。

……こんなダメな自分……でも、この3箇条を……ずっと、守っ……て来られた。

君も……お母さんの……言葉、……覚え、ておくと……いいよ」

 昔を思い出しながら、彼女は語る。


 あたりには2人の他に誰もいない。

 静まりかえった艦橋に、続けてテーザの声が響く。

「尊敬……する、リゼ様の娘を……この艦に乗せら……れて光栄、だった。

自分は、ここで……終わりだけど……。

きっと、君は……歴史に……名を刻む人……だから。

……それ、を手伝え……て、嬉しい」


 それから彼女はセラの目を見て、遺言とも呼べる言葉を贈った。

「クロノスを、……必ず……落として。

お願い……」


 テーザは言いたい事が言えたのか、満足そうに微笑む。



 

 ――沈黙が続く。

 暗に、セラに対して退避しろと促しているようだ。



「……格納庫には、行きませんよ」

「なんでよ」

 頑なに拒否するセラに、ツッコミを入れるテーザ。


 だが――。

「だって…………テーザさん……泣いてるから」

 セラは眉をハの字にして、悲しそうに指摘した。


 確かに、テーザの目尻には涙の粒が見える。


 テーザは慌てて涙を手で拭いながら謝った。

「ごめん……最後の……最……後で、かっこ……悪いな……。

『艦母は泣いてはいけない』って……さっき、言った……ばかりな……のにね」


 彼女はきっと、怖いはずだ。

 敵の艦隊に囲まれ、降伏勧告をされている。

 そんな絶体絶命の状況下、少しの気の緩みで涙が出てもおかしくない。


 セラは気丈に振る舞うテーザに言う。

「ここには私たちしかいません。

だから、少しくらい涙が出てもノーカンですよ、ノーカン。

それより、『艦母は諦めてはいけない』。 ――――そう、ですよね?」


「……べつに、諦めて……ない、よ。

君……たちを……逃がす、のが……自分の仕事……なんだ……。

それが……達成され……れば、こっちの勝ち……だ」

 テーザが自分で引いた勝利のライン。

 天師であるセラを守りきれれば、目標が達成される。



 しかし、セラは首を横に振って否定した。

「――自分が助かる事を、諦めています」


 学生特有の甘い考え。

 テーザはそう感じてしまう。

 軍人にとって、何の成果も残せずに死ぬ事のほうが恐ろしい。


「……もう、打つ手が……何もない」

 残念ながら、それが彼女の率直な意見だ。



 ――ところが。

 セラは違うようだ。

「私には、1つだけ手があります。

成功すると断言できるようなものではないですが……。

今から、それを試みます」


「八方塞がり……の、この……状況で?」

 困惑して涙も引っ込んでしまったテーザに対し、セラは頷いた。

 

 だが、それでもベテラン艦母としての懐疑心は残る。

「言って……おくけど、この艦じゃ……君が、誇る翔力は……発揮できない、よ。

……飛翔核に、接続……できる、のは……艦母の自分……だけ……なんだ」



「はい。心得てます。

――それと、テーザさんには記憶を飛ばしてほしいんです。

これから目にする事は、一晩寝たら忘れてください」


「? ……わかった」

 セラの自信ありげな態度に圧倒され、返事をしてしまうテーザ。



 何かが始まるような予兆。

 物事の流れが変わる空気。

 場が明らかに転換していく。




 刹那。

「――ヘィスン!!」

 いきなり、セラが制霊を呼んだ。



 周囲に染み渡る凜とした声だった。


 最初に変化があったのはテーザの制霊だ。

 急に失神したように目を閉じ、体を硬直させたまま水平に浮いてしまった。



 それから順次、複数の制片が勝手に開く。



「あの艦隊はどうやったら撤退するんでしょう?」

 驚いて沈黙するテーザにセラは聞いた。


 夢見心地の彼女は、その問いかけで我に返る。

「……き、旗艦を撃沈するとか、かな。

でも、たぶん凄く後方にいるから、索敵範囲から外れてると思うし、そもそも攻撃が届かないから現実的な発想じゃないね」

 すっかりテーザは、艦母の時の口調に戻っていた。

 臨戦態勢だと感じたらしい。




 その後。

「……あ、あれ?!」

 新たに開かれた制片を見ながら、テーザは驚きの声をあげた。


「めちゃくちゃ後方の旗艦が、捕捉できてるんだけど……。

信じられない。どうなってんの??」

 ヘィスンの存在を、彼女は知らない。

 目の前で起こる、人知を超えた現象には混乱するだろう。

 

 しかし、主人であるセラも、結局のところヘィスンに何ができて何ができないのかを、把握しているわけではなかった。

 やってみるしかない。


「……気にしないでください」

 とは言ったものの、セラには説明のしようがなかった。


「気になるよ!」

 そして、事情を知らないテーザの食いつきも容赦ない。



 とは言え、謎を追求するよりも先に、現状の打破が必要なのは2人とも知っている。

「とりあえず、旗艦の位置は分かるって事でいいですか?」

「そうだね」

 時間があまりなく、一問一答の繰り返しで効率をあげる方法に、自然と移行した。


「その艦を落とすと、どうなります?」

「指揮系統を失って、艦隊が撤退する、かも……しれない」

 セラの質問に、テキパキとテーザが答える。



「じゃあ、攻撃してみます?」

 やがて、セラがとんでもない事を言い出した。



 テーザは呆れた様子で見解を述べる。

「届かないよ……。

ぜんぜん射程が足りない」

 分かりきった事だった。


 敵がソリッドスケールと一定距離を保って接近しないのは、こちらの攻撃を受けないようにするためだ。

 射程外から安全に、降伏勧告の回答を待っている。


「やってみないと、わかりません」

 やる気のセラ。


「えぇ!?」

 予想外の提案に、テーザが声を上げる。


 敵を触発すれば応戦してくるだろう。

 やってみる、ではなく、やってしまったら終わりだ。


 だが、その考えは正す必要がある。

 

「まぁ、時間稼ぎをしたところで……かな。

もし失敗したら、自分が防盾で攻撃に耐えまくる。

だから、敵艦が接近してくる前に、艦載艇で逃げてね。

――これ、約束だから!」


「……はい」

 逃げるつもりのないセラであったが、テーザの圧に負けて了承した。

 

 簡単な話だ、失敗しなければいい。

 成功したのなら、逃げる必要がなくなる。


 そんな、セラの異常な前向きさに、ベテラン艦母は振り回されていた。

 とは言え、もちろん彼女に期待はしているし、希望さえ持ち始めている。

 リゼに感じた勢いを、その娘にも見いだしてしまうのだ。


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