第11話 異変
――――
――4日後。明け方。
ソリッドスケール艦内。セラの船室。
ベッドでセラが寝ていると、ドアがノックされた。
彼女は目を擦りながら起き、明かりをつける。
夜明け頃であり、少し日の光が差し込んではいたものの、まだ周囲は暗さが残る。
セラはゆっくり歩み寄ってドアを開けた。
上等客室であるため、内側から開けないと入れない仕組みになっている。
廊下にはテーザが立っていた。
――パジャマだ。
「…………おは、よ」
「……おはようございます。早いですね」
眠そうに挨拶してきたテーザに、セラも挨拶を返した。
「こん……な、時間……にごめん……ね。
……もうす……ぐ……、戦場に……入る……から……。
起きて……艦橋、に……来てほ……しい」
セラが返事をしながら頷くのを確認した後、テーザは重そうな足どりで去っていく。
おそらく熟睡していたのだろう。
まだ彼女の体は本調子ではないようだ。
セラ達の客室は艦母自室の周囲にある。
テーザは起床のついでに、声を掛けてくれたらしい。
現在、ソリッドスケールは『満翔(まんしょう)空域』というエリアを航行している。
この満翔空域では翔力が豊富にあるため、艦母の翔力がなくても艦船の移動くらいはできる。
よって、戦場への往復に満翔空域が使われるのはもちろん、補給基地や拠点が置かれる事も多い。
そして、この領域の通過中はまさに艦母にとって、休憩するのに絶好なタイミング。
テーザも艦橋から離れ、休んだり睡眠をとっていた。
――同艦内。艦橋。
セラが艦橋に移動すると、艦母席にまだテーザはいなかった。
その代わり彼女の制霊が専用ケースの中でフワフワしている。
休憩中の主の命令で、航路の管理を担っているようだ。
一番乗りで手持ち無沙汰なセラは艦橋をキョロキョロ見渡す。
艦橋を囲むように広々と張り巡らされた窓からは、大艦隊が目に入った。
ものすごい数の戦艦が、規則正しく整列しながら前進している。
壮大な風景に、彼女はしばらく見とれてしまう。
そうしていると。
――突如、背後から声がかかった。
「ごきげんよう」
コルデナだ。
彼女の顔色は良く、すっかり復調していた。
「コルデナさん! ごきげんようございます〜」
「……アナタ。なめてますの?」
しばらく不調だったコルデナが元気を取り戻し、喜ぶセラ。
浮ついた感じの挨拶で怒られても、気分は軽快だ。
その後、教師とテーザも合流。
艦母席に座ったテーザは同時に複数枚の制片を開き、戦艦および戦場に異常がないか確認する。
それから彼女は、制片を見ながら口を開いた。
「本艦はこの後、艦隊を離れて独自任務に移ります。
激戦区を避け、敵軍が展開していない空域からクロノスを視察後、速やかに帰投する予定です」
軍務内容をそれっぽい口調で伝えるテーザ。
普段の様子からは考えられないほどハキハキしている。
生徒達はそんな彼女の言葉に対して、首を縦に振り返事をした。
テーザはそれを見てから2人に言う。
「制片を出してください。
データを配布します」
客人なため制霊球は自室に置いてきているが、常に制霊は近くにいる。
だから問題なく送受信は可能だ。
セラ達はテーザに従って制片を開く。
もちろん、ヘィスンもいて強制的に軍用ネットワークに侵入していた。
送信されたデータにはスケジュールや戦域マップ、艦載艇のマニュアルなどがあった。
――それから、敵の要塞クロノスの情報も含まれていた。
いよいよ本番なのだと実感させられる。
ソリッドスケールは味方艦の間を抜けて、敵のいない安全な空域へと単身で移動する。
その途中。
「なんか、すごく巨大な戦艦がいますね。
……船体が赤くて、目立ちます」
セラがやたら存在感があり視界に入ってくる戦艦に対して感想を述べた。
それは彼女が言う通り、赤く、巨大で、艦隊の中央部に陣取っている。
他の戦艦とは別格。
戦況に大きな影響を及ぼしそうな存在だった。
「あれは『ロイヤルスカーレット』という戦艦だよ。
この艦隊の旗艦なんだ」
テーザが説明した。
ロイヤルスカーレットは綺麗な戦艦だった。
艦体には貴婦人のマークが刻まれている。
艦母は美しいご婦人なのかもしれない。
――と、セラが妄想していると。
「あれは、お姉様の艦でしてよ」
コルデナが答えを出してきた。
「……え、あんなに大きな戦艦を?? すごい!」
まさかのクレン。
セラは声に出して驚く。
だが、クレンの強大な能力を称えるセラに対して、コルデナは客観的な指摘をした。
「何を言っていますの?
……理論上、アナタにもあの規模の超大型艦は運用可能ですわ」
天師なのだから、翔力は負けていない。
彼女の意見は適切である。
「私にも……可能……」
セラは実感に乏しく、言葉を復唱してしまう。
「天師なのですから、ご自分の能力は把握しておいたほうがよろしいわね」
もっともな助言をするコルデナ。
「でも、私1人で超大型艦を運用している姿が想像できません……。
あまりにも規模が大きすぎます」
どうやら翔力の問題ではなく、管理能力への自信のなさがあるようだ。
経験0の学生が抱える不安としては、 当たり前なのかもしれない。
今まで、漠然とした艦母の仕事内容しか学んでいなかった。
しかし、ソリッドスケールに乗艦してから、艦母の大変さを目の当たりにしっぱなしだ。
テーザのように単独で大勢の人員を動かせるようになるには、多くの経験が必要だろう。
セラが考え込んでいると、テーザが遠慮がちに声をかけてきた。
「――1人というわけじゃないよ。
ロイヤルスカーレットくらいのクラスになると、艦母の下に副艦母という役職がいる。
クレン様が席を離れている間、翔力の供給をするのが副艦母の仕事。
……とくに君の場合は、翔力が高くて、経験豊富な副艦母が就くと思うよ」
それを聞いた彼女は、即座にとんでもない頼み事をした。
「じゃあ、テーザさんお願いします。
他のベテラン艦母が就いたら、私なんか絶対に説教されまくりなので……」
若干、現実逃避をしているようだ。
しかし、手のひらをブンブン左右に振りながら、テーザは拒絶した。
「無理無理無理無理無理!
翔力が足りないし、荷が重すぎて普通に病む」
断られた後、そのまますぐターゲットが変更される。
それはまるで、副艦母を求めてさまよう不死者のようだった。
「……コルデナさん……」
気持ち悪い笑みで、すり寄るセラ。
コルデナはいち早く異変に気付き、言葉を遮る。
「ワタシが学生の身分だというのをお忘れのようね。
手当たり次第、周囲の人に副艦母の予約をするのはおよしなさい」
もっともな反応。
でも、セラはなんとなく、コルデナなら頼れそうだと感じていた。
「そんな~。
こんなに困っているんですから、一緒に右往左往しましょうよ~」
コルデナは圧倒されていたものの、悪い気はしていないようだ。
苦笑しながら、彼女はデレる。
「ほんとうにもう…………でも、まぁ。
誰にも頼れなくて困った時になら、考えなくもないですわ。
……アナタの心の保険程度には役に立ってさしあげます」
セラが信頼してくれる事、自分の能力を認めてくれる事が素直に嬉しい。
だから無下にはできなかった。
――数時間後。
ソリッドスケール艦橋。
艦隊から離れ、単独行動に移ったソリッドスケールは目的の空域に到着した。
目の前には、山のようにドッシリと構える敵の要塞クロノスが鎮座している。
空に浮かぶ難攻不落の要害。
その大きさは事前に聞いていた通り、まさに一都市に匹敵するレベルだ。
セラとコルデナは口を開けたまま、呆然と眺める。
実際に自分の目で見るクロノスは頭の中で想像していた規模を軽く凌駕していた。
「……アレを落とせば、帝国が撤退して戦争が終わります。
逆に、我が国の首都『ルフイン』に到達してしまうと、帝国に占領されてしまうでしょう」
教師が簡潔に述べた。
ゾルマリス帝国にとっても、クロノスは虎の子と言える。
フォーラ王国侵攻作戦の要であり、最後の砦。
あまりの巨大兵器であるがゆえに、製造するのに何年間もかかり、一度失えば容易に復活させられる物ではなかった。
だからクロノスが陥落する時、帝国は撤退を余儀なくされる。
しかし、要塞がフォーラ王国の首都にまで侵攻した時、抗う術は消え帝国の勝利が決まる。
要塞クロノスは帝国が他国へ侵略する場合の戦術として、必ず第一候補にあがる。
それだけクロノスに落とされた国が多く、実績があるという事だ。
「あんなに大きなものが空に浮いていること自体が信じられない……」
思ったままの感想を口にするセラ。
教師は同意しながら、要塞の仕組みを解説した。
「クロノスは飛翔核を複数持っており、副艦母もたくさんいます。
そして――」
彼女はセラの方を見て、一呼吸おいてから続きを語る。
「そして、艦母は帝国側の天師だと言われています」
帝国にも天師がいる。
その事実にセラが動揺しないか、少し心配になったようだ。
余計な気遣いをしている教師をよそ目に、コルデナも口を開く。
「ゾルマリス帝国には天師が3人いると聞きましたわ。
でも、領地や人口の膨大さを考えれば、妥当なのでしょうね。
我がフォーラ王国のように、さほど大きくもない国が天師を2人も擁している事こそ異例と言えます」
自分の事を言われ、照れるセラ。
「もっとも、それは誇らしい話に違いないのですけれど」
コルデナは素直に天師の価値を認めた。
クロノスの本体および周囲には、巨大なリング状の歯車に似た物体が幾重にも高速回転していた。
それはまるで、要塞に近付く害悪を拒絶する意思のようにも見える。
「……あのリングさ。
どんなドデカい槍弾を撃っても、絶対に叩き落としてくるんだ。
クロノスは翔力のほとんどを要塞の移動とリングの回転に費やしているから、攻撃能力は激弱だけどね」
テーザが苦々しく言う。
彼女もあまり良い思い出がないらしい。
「その話だと、どうやって敵を迎撃するのか疑問ですね」
セラは当然とも言える疑問を抱く。
鉄壁だが迎撃能力の乏しい要塞であれば、いずれ落とされそうだ。
だが、予測された質問にテーザはすぐに答えを返す。
「蜂の巣みたいなものだよ。
中から気持ち悪いくらい戦艦が出てくるんだ。
厄介なことに、大型戦艦クラスまで格納してる。
それに帝国の物量は凄いから、もたついてたら大軍に多方面から囲まれちゃうの」
確かにそうなると、クロノスの短所は消える。
フォーラ王国軍が手を焼いても仕方がない。
一般的に、帝国側の兵器は旧式だ。
フォーラ王国の技術力が世界最高峰なのもあり、兵器の質では大差が生じる。
しかし、物量では帝国が圧倒的。
兵器、兵士ともに豊富である。
そのような状況下、要塞クロノスの存在には違和感があった。
帝国のスケールの大きさを上手く表している兵器であるのは確かだが……。
彼らの持つ建造技術を大幅に超えているのだ。
その裏にある存在に対して、フォーラ王国は大変に警戒していた。
――――。
クロノスを眺めている最中。
艦橋にいた航空分析官が申し訳なさそうに場を遮った。
「――艦母、少し違和感があるので、敵の配置を見てほしいのですが」
「はい」
返事して、真剣な顔で制片を睨むテーザ。
その顔はみるみる曇る。
「妙な動きをしてるね。
――嫌な予感がするから、撤退します。
撤退準備!」
彼女の号令に従い、艦内に撤退が告げられた。
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