第10話 見学
――ソリッドスケール艦内。売店。
医務室から少し離れたところに売店があった。
教師は一休みするために立ち寄り、セラを椅子に座らせる。
彼女はコルデナの事をだいぶ気にしているようで、元気なく腰掛けた。
それから教師は売店で飲み物を買い、セラの元へ戻ってきて手渡しながら言う。
「……コルデナさんは持病でよく体調を崩します。
薬を飲んで休めば、きっとすぐ良くなりますよ」
セラは飲み物を受け取り礼を述べた後、ゆっくりと口を開いた。
「いつも自信があって、気高いコルデナさんを見ていたので、そのような悩みを抱えているなんて思いもしませんでした」
コルデナが抜け2人になってから、セラの見学に対する意欲が明らかに落ちている。
「コルデナさんのぶんも熱心に見学すると、さっき約束してたじゃないですか」
もっともな指摘をする教師。
生徒のヤル気を出すため、なんとかして慰めようと試みる。
「……確かに、先生の言う通りです」
何気ない一言ではあったが、セラには十分すぎる効果があった。
体調が悪いにもかかわらず、コルデナは彼女に声を掛けてきた。
その時の言葉を思い出せば、セラがやらなければならない事が自ずと分かる。
ならば、しっかりと見学をして、自分の血肉とするのみだ。
彼女は立ち上がって、売店を見て回ることにした。
その様子にホッとしながら、教師は見守る。
売店には日用品、医薬品、食品など、艦内での生活に必要な物資が揃っていた。
一つ一つの棚を丁寧に見て回ると、とあるコーナーがセラの目を釘付けにする。
それは、この戦艦ソリッドスケールのグッズ売り場だ。
ワッペンやステッカー、文房具などが置いてある。
とくに印象的なのは、見たことのない動物が描かれたエンブレム。
どのグッズにもそれが刻印されていた。
「この動物は何ですか?
口が大きくて、鋭い歯があって、胴や尻尾が長い。
なんか、とても強そうです」
セラは興味深そうに聞く。
「それは大昔に絶滅したワニという生物です。
硬い鱗を持ち防御力が高い特性があるので、この艦のイメージにぴったりですね」
教師は知識の中にあるあやふやな情報を伝えた。
聞きながらセラは木彫りのグッズを手に取った。
それは一点物で値札に『船員の購入禁止』と注意事項が書いてある。
見た目が可愛らしい、2頭身のワニをかたどった人形だ。
彼女は一目見て気に入った。
「私、これ欲しいな……」
セラは恥ずかしそうにモジモジしながら言う。
子供が欲しがる物のように感じて、躊躇しているようだ。
「あなたは船員じゃないので買えますよ。
せっかくの記念なのですから、購入したらどうですか?」
教師は彼女の気持ちを後押しする。
値段も高くないので、セラは悩んだ末、買う事にした。
会計の時に人形の話を聞くと、店員が製作者を教えてくれる。
「これ、テーザさんが作った人形でした」
セラの言葉に教師も思わず笑ってしまう。
「へぇ、それは素晴らしい。
とぼけた顔の人形ですが、テーザさんが一生懸命彫ってると思うと、なんだかおかしい気分になりますね」
2人で顔を見合わせて笑うと、気持ちが晴れた。
セラは元気を取り戻したようだ。
趣味で作った人形が、本人の知らない所で役に立っているとは、さすがにテーザも予想不可能であろう。
――同艦内。高速艦載艇格納庫。
艦内のさまざまな施設を見学した後、最後にセラ達は艦橋方面へ足を運ぶ。
艦橋からほど近い位置に、高性能な小型艇を収容している格納庫があった。
主に、重要人物が艦から移動する時に利用したり、退避する用途で使われる。
この場にある艦載艇はとくに高速化が徹底されていて、一般乗員が使う他の船体とは別格の性能をしている。
教師はセラをその格納庫に招き入れ、説明した。
「ソリッドスケールはあなた達に帝国の空中要塞『クロノス』を見学させた後、通常任務に戻ります。
我々3人を基地まで送り届けるほどの特別待遇はしてくれません」
「なら、この小型艇で帰るという事でしょうか?」
いち早く事情を理解し、セラは問う。
「そうなります。
ちなみに、超高速艇なので数時間もあれば到着しますよ」
行きの日程に対し、帰りの所要時間がとても短い。
教師は当たり前のように語るが、彼女は少し不安になった。
「ソリッドスケールが前線へ出るのに数日かかる所を、数時間で帰れるなんて恐ろしく速いですね。
……大丈夫かな」
こういった異常に高性能な装備には欠点がつきもの。
軍の上層部にいる父がそんな愚痴をこぼす様子をセラはよく見ている。
「人しか運ばないので、戦艦よりもだいぶ足が速いのは当たり前と言えます。
……ですが、軽量コンパクトなぶん……その……。
……外の影響を受けやすく、乗り心地があまりよくありません」
短所が隠せないと判断したのか、教師は自白した。
だが、そう言う彼女の顔は未だに気まずそうだ。
「先生の反応を見ていると、ちょっとやそっとではないように見えます……」
セラに探られるのが煩わしくなる教師。
まわりくどい言葉を捨てて、素直に言い直す。
「ぶっちゃけ、最悪です。
一眠りしようとか考えないでください。
地獄の数時間を一緒に楽しみましょう」
ここまで宣告されたら、これ以上何も意見できない。
セラは閉口した。
しばらくして、教師は真剣な顔をしながら本題に入った。
「……でも、乗り心地を犠牲にしているのには理由があります。
この艦載艇の用途に、脱出が含まれるという事も考慮してみてください」
答えはすぐに出る。
「いち早く逃げるには速度が必要です。
快適さより、命のほうが大事ですから」
言いながらも、セラは目をそらし、つらい気持ちになった。
そのような事態になる未来など、想像できない。
しかし、教師は首を縦に振り肯定した後、現実を突きつける。
「戦場ですから……ソリッドスケールが沈む可能性もあります。
そうなった時、我々は脱出を最優先します。
――あなたは天師。
こんな所で失っていい存在ではありません」
「…………」
セラは返事に詰まった。
それでも教師は見過ごすわけにはいかない。
「私情にとらわれず、素早く退避する事を約束してください」
必ず確認しておくべき内容だ。
「……はい」
だいぶ間を置いて、セラの口が開く。
納得した様子ではなかった。
――飛翔戦艦『ソリッドスケール』艦橋(ブリッジ)。
セラ達は戦艦の運用拠点である艦橋に到着した。
忙しい船員の邪魔にならないように、艦母の席まで静かに近寄る。
周囲を見渡すと、ガラス越しに視界が開けていて、雄大な空が広がっていた。
セラは思わず息をのむ。
「ごめんね。出撃前で忙しいんだ」
テーザは2人のほうを振り向くことなく、制片を見たまま告げる。
言わずとも彼女の忙しさは伝わっていた。
テーザは艦橋の中でも一段低く、円形になっている艦母席にいた。
たくさんの制片に囲まれ、チェックや指示に追われているようだ。
彼女の座席はやたらゴテゴテしていて、あまたの機械や配管に接続されている。
艦母のやや斜め前方には制霊の収まるケースが設置されており、パートナーの白翼制霊が浮いていた。
特別感のある艦母席に目を引かれていたセラであったが、もう一つ気になる物があった。
彼女はそれを指さしながら聞く。
「先生、あの綺麗な剣は何ですか?」
艦橋の床中央に開いたスリットに、半透明の豪華な剣が挿入する感じで収まっている。
ガラス細工のように繊細で、神秘的な見た目が彼女の好奇心を誘った。
「あれは制剣です」
教師は答えた。
「実習の授業で見た制剣とは、だいぶ形状が違いますね」
以前に見た剣と比べると、別物と呼べるほど立派だ。
首を傾げているセラに対し、教師は誤解を解く。
「私が作った制剣は、生徒に分かりやすく説明するための簡易的な物です。
本来、制剣はこのように複雑な形をしていて、制霊が自分で作成するのです」
一般的に、制剣は人ではなく制霊が作るものだ。
演算能力の高い制霊だからこそ、大量の制片を自在に変形し、組み合わせて1本の剣が製作できる。
また、制剣には別の用途もある。
教師はそれについても説明した。
「艦母の制剣は同じデザインのものが二つとありません。
なので、戦艦の『鍵』としても利用されます。
このソリッドスケールはテーザさん固有の制剣でしか起動しない設計になっています」
艦橋の床に制剣が刺さっているのは観賞用のオブジェだと思っていたセラだが、重要な役割があると知り、恥ずかしい気持ちになってしまう。
それにしても、制霊謹製の制剣は幻想的で美しい。
おまけに艦母それぞれに与えられるオンリーワンの品。
年頃のセラに、所有欲が湧き上がってもおかしくないだろう。
「……なるほど。
あ~ぁ、私もかっこいい剣ほしいです!」
彼女は年相応の熱のある反応をしながら、しょうもない願望を語った。
ただ、物事には順番がある。
「その前に、正規の艦母にならないと戦艦が与えられません。
私も協力するので、一刻も早く一人前になってくださいね」
教師はテンションの高い生徒を慣れた感じでなだめた。
出撃前の1番忙しい時間帯に訪問したのもあり、テーザは学生の相手をする余裕がなさそうだった。
戦場までの道のりは数日間の移動が必要なため、無理して今、相手をしてもらう必要もない。
また日を改めて、訪れればよいのだ。
セラ達は少しだけ艦橋を見学した後、自室に戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます