第9話 初めての戦場へ
== 2ヶ月後 ==
基地区画郊外。
軍港。
停泊中の飛翔戦艦『ソリッドスケール』が目に入る。
重厚感を醸し出すガンメタルの装甲が太陽の光を照り返し、外部にいくつもの防盾(ぼうじゅん)を装備する防御能力に特化した戦艦だ。
全体にまんべんなく血管のように管(制管)が張り巡らされていて、中を白い粒子が通過して行く。
とくに船外にある制管は大きいため、外装を彩る模様のようにも見える。
流線型を主体とする艦体は表面がツルツルとした質感をしており、槍弾を受け流す設計なのが窺えた。
まるで横にした花瓶のような、あるいは海を泳ぐ魚のような、日常生活ではお目にかかれない不思議な物体だった。
実際のところ、人類文明の遠く先を行く技術力であり、それは制霊がもたらした恩恵だとされている。
とくに、ここフォーラ王国の造船技術は群を抜いて先進的だった。
中型艦と言えども、かなりの大きさと存在感のあるソリッドスケール。
それを見上げ、セラとコルデナは少し緊張しながら立っていた。
正面には現役軍人の艦母と教師がいる。
その2人は互いに打ち合わせや書類のやり取りをしていて、忙しそうだ。
正直、学生組には退屈で暇な時間であるが、だからと言ってダラダラした態度はできない。
新入生であっても軍人の卵なのだから、規律正しく過ごす必要がある。
学校でクレンから叱責された後、コルデナはセラへの批判的な態度をすべて改めた。
彼女の中で何があったのかは分からないが、セラにとっては嬉しい変化だ。
自然体のコルデナはとても頼れる存在であり、年の近い姉のような感覚でセラは接している。
2人は視線を前に向けて姿勢を正しく保ったまま、小声でおしゃべりをしていた。
やがて、教師が生徒の元へやって来て話す。
「今日は特別実戦実習をします。
あなた方2人は能力が高く、他の新入生よりも早期に前線へ配属される可能性があるため、一足先に戦場を体験してもらう事になりました」
少し曖昧な説明に、コルデナが当然とも言える質問をする。
「具体的には、何をなさるのでしょう?」
教師は問われる事を予測していたのか、あるいは今から説明しようとしていたのか、すぐに返答した。
「遠距離から、敵の要害を見学します」
「そんな!??
ありえませんわ。自殺行為です」
あまりの事態に、声をあげるコルデナ。
それにセラも共感して言う。
「先生は散歩みたいに言いますけど、確かに危険すぎて不安ですね……」
生徒の危惧はもっともだと、教師側も当然理解している。
「戦場なので安全だとは言い切れませんが、お二人が想像するほど危なくはありません。」
あくまで戦場であり、命の保証はされない。
しかし、未来の戦力となる候補生を、訓練の段階で失わないための策は講じられている。
とくに今回は明らかに、他よりも有望で重要な人材。
準備は慎重に行われているはずだ。
「でも、目視できるレベルまで接近するんですよね?」
いまいち信用しきれていないセラの問いに、教師は苦笑しながら理由を説明する。
「帝国軍の拠点は、『クロノス』という空中要塞です。
その大きさは、まさに一都市を内包するほど。
だから、あまり接近する事なく視認できると思いますよ」
生徒が落ち着くのを待ち、少し遠くで控えていた艦母が接近して来る。
軍服を着た若い成人女性だ。
彼女と目の前で対面したセラとコルデナは、かしこまって敬礼をする。
相手も敬礼を返した後、自己紹介をした。
「……艦母の『テーザ・ソラリス』軍曹……です……。
撤退戦や、防衛戦が……得意……。
皆さんを……必ず……生きて返す……ので。
安心して……ほしい」
テーザと呼ばれる艦母は会話が苦手なのか、言葉に詰まりながら一所懸命に話している。
第一印象としては、なんだか頼りない。
そして声が小さいうえに、話すのが遅い。
弱々しく自信がなさそうな態度。
あまり安心して寄り掛かれそうにはない艦母という感じだ。
ますます不安になる生徒を見て、このままではまずいと思った教師は、慌ててフォローを入れる。
「彼女は、要人警護に定評のあるベテラン艦母です。
さらに、目の前にある戦艦ソリッドスケールも、最高性能の装甲と防御用兵装を有しており、少し足は遅いですが、タフさについては折り紙つきです。
新入生としては破格の待遇だと思いますけど、何か不満はありますか?」
「ありません」
ここまで言われては、セラも従うしかない。
兵士の能力を見た目で計るのも良くないだろう。
「ソラリス軍曹さん、よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げるセラ。
「……テーザ、で……いいよ」
テーザは恥ずかしそうに、応対する。
ついでにセラは何気なく、知りたいと思った質問を口にした。
「テーザさん。敵の拠点に行くのは怖くないですか?」
現役の軍人は今回の任務をどう捉えているのか。
単純に今の心中が気になったようだ。
「……もう慣れ……た。
……自分はだいたい、進軍の……時は、最前線にいる、し……撤退の……時は、最後尾に……いる。
……いつも、敵、の……拠点近く……に配置され……るんだ」
意外な事に、テーザは今回の任務についてプレッシャーを感じていないらしい。
と言うよりも、危機に対する感覚が麻痺しているようにも思えた。
しばらく黙って2人の会話を聞いていたコルデナであったが、ふと疑問がわいたらしく横から参加してくる。
「テーザ様。なぜそのような危険な任務ばかり振られていますの?」
咄嗟に話しかけられ、戸惑いながらもテーザは答える。
「……自分には……敵に対して、攻撃的に……なれない……っていう、軍人と……しては……致命的な、欠陥がある……。
……相手に、危害を加える……のが……怖くて怖くて……身動きできなくな……るんだ。
そんなだから……壁になる、こと……でしか、役に立て……なくて。
ずっと……続けていたら、……ベテランに……なっちゃって……。
……今では、盾になる任務……しか、来なく……なった」
まだ軍人になりえていないコルデナにとって、正規の艦母は憧れだ。
テーザは自分を低く見積もっているが、実際は特定任務でのスペシャリストである。
彼女は敬うに値する存在だった。
「理由はどうあれ。1番危険な役割を長く続けられるのは、そのセンスがあるからですわ。
こんな激戦空域で生き残り続けているアナタを、ワタシは尊敬いたします」
コルデナは素直な気持ちを口にした。
急に褒められ、顔を赤くして照れるテーザ。
「……あり……がと。
味方を守る……のは……自信が、ある。
何度、も……成功して……るし。
役に、立て……て、……嬉しいんだ。
……これ、しか……自分には……できな……いもの」
それから彼女は一呼吸おいて、2人の生徒を見渡す。
厳格で勇ましい態度。
「必ず守るから任せてほしい」
口調からもオドオドとした、怯えや迷いが消える。
テーザは自身を軍人モードに切り替え、艦母としての振る舞いをした。
――飛翔戦艦『ソリッドスケール』内部。機関室。
教師とセラ達は戦艦の中央部に位置する大きな球体の機械を見上げていた。
テーザが出撃準備のために艦橋へ移動するのを見送った後、残りの3人は予定されていた艦内の見学を開始。
ひとまず、戦艦の心臓部を司る機関室へとやって来た。
その場所は、部屋と呼ぶには違和感があった。
外壁などはなく、艦内で唯一、スカスカの吹き抜けになっている。
風通しが良く、遮る物は少ない。
中心にある、キラキラとした巨大な球状の動力機関を指さしながら、教師は言う。
「あれは『飛翔核(ひしょうかく)』といいます。
艦母の翔力と大気の翔力を融合して膨大な力を発生させ、戦艦を動かしたり兵器を運用するための装置です。
戦艦の中核であり急所とも言えるので、故障したり破壊されると致命的な損害になります」
飛翔核のまわりには幾重にも空気の渦ができており、強い風が巻き起こっていた。
そのような環境であるから、周囲で作業している船員も煩わしそうだ。
「街中にも小型の飛翔核を搭載した機械があふれていますわ。
日常生活を便利にするために、必要不可欠と言えるでしょうね」
コルデナの意見に賛同しつつ、セラも感想を述べる。
「でも、普段こんなに大きい飛翔核を目にする事はないですよね。
戦艦を機能させるには、大量のエネルギーが必要なようです」
戦艦はそれ自体のサイズがとても大きい。
中型艦であるこのソリッドスケールでさえ、学校の校舎が数棟入りそうな規模である。
合わせて乗組員も多く、500人近くいる。
それを統制する艦母は必然的に、大変な苦労を強いられる事になるのだ。
――同艦内。槍弾庫。
3人は槍弾庫へと移動してきた。
槍弾庫は戦艦内部の至る所にある設備で、槍弾のストックと装填を行う場所だ。
出撃前という事で、大人数の船員が忙しそうに物質や兵器のチェックをしている。
セラ達のような見学者は邪魔にならないように人の少ない空間を探して移動しつつ、見せてもらわなければならない。
教師は人の間を縫いながら歩き、説明した。
「槍弾庫は攻撃の要となる場所です。
艦砲に槍弾をこめるのが主な役割になります。
この槍弾庫の他にも、艦内に複数箇所ありますよ」
セラは周囲を見回しながら歩く。
槍弾は規格が同一の物ごとに整理され、それぞれの箱に収められていた。
大量の槍弾を目にしたセラはとある事を思い出す。
「先生が授業で私に的当てさせていたのも槍弾でしたよね。
……サイズはぜんぜん違いますけど」
彼女が実習で投擲した槍弾と形が似ている。
しかし、大きさがぜんぜん違う。
戦艦用というだけあって、セラが中に入れそうなほどの寸法
だった。
「そうですね。
でも、原理は同じです」
教師もその話を肯定する。
コルデナは一つ一つの槍弾箱を興味深く覗いた後、近寄ってきて教師に問いかけた。
「槍弾の種類がたくさんありますわね。
大小、長短、それらを敵や戦況に応じて使い分けるのかしら」
彼女の推測はだいたい合っている。
教師もそれを認めて補足をした。
「おおむね、その通りです。
基本的に各槍弾庫にいる砲槍術士が制霊を通して砲槍術長に戦術を提案し、それを艦母に伝えて了承をもらい、ここでやっと発砲する形になります」
それを聞いたコルデナはとても嫌な顔をする。
「あら。とても手間ですわ」
なんとなく、艦母が攻撃の承認作業に追われている姿が想像できたのだろう。
将来、艦母になる予定の彼女にとっては由々しき問題だ。
教師も察したらしく、苦笑しながら現実を語る。
「――なので、現場では砲槍術長へ一任するのが一般的です。
多くの艦母はたまに口を出す程度でしょうね」
いちいち上層部の決定した規則に従っていられない、というのも当然の話。
戦場にいる者は命を張っているのだから、手数の違いは重要である。
それゆえ、上からの拘束が緩い軍隊では度々こうしたアレンジが加わる。
――同艦内。通路。
次の見学場所に移動している途中。
歩いているコルデナが急に立ち止まった。
教師は心配して近寄る。
「コルデナさん、どうしました?」
「……少し、体調が悪いようですわ……」
そう返答するコルデナの顔色は良くない。
「医務室に行きましょう」
慣れない環境に疲弊したのかもしれない、と判断した教師はそう提案する。
コルデナも無理を通すつもりはないらしく、黙って従った。
とても悔しそうな顔が彼女の無念さを物語っている。
セラはいたわりながら声をかける。
「私、コルデナさんのぶんも見学をしっかりやります!
あとで聞かせますから、今は休んでください」
「……楽しみにしていますわ。
ワタシの事は気にせず、自分のためにたくさん学んでくださいませ」
軽口を叩かないコルデナに違和感をもつセラ。
彼女の余裕のなさが窺える。
心配そうにしているのを気にしたのか、コルデナは軽くセラの肩をポンポンと叩く。
それから、無理に笑顔をつくって見せた。
――教師はそのまま、コルデナを医務室まで送り届ける。
彼女は軍医に付き添われ、気分が悪そうに部屋に入った。
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