第8話 蒼空の親子
――しばらくして。
リューゼンがセラに手を引かれて、応接室に入ってきた。
急かす娘に対し、やれやれといった態度でクレンの前に立つ。
「クレン嬢、お久しぶり。
セラがお世話になっているみたいだね」
リューゼンの挨拶に、クレンは軽く応対する。
そのまま、虹翼制霊の元へと彼を促した。
制霊を一目見て、リューゼンは一瞬だけ、硬直した。
明らかに、それを知っている反応だ。
彼はとても、ばつが悪そうに立ち尽くしている。
クレンはある程度予測していたような、落ち着いた雰囲気で聞いた。
「見覚えが、あるようですね」
リューゼンは「ああ」と短く答えて、制霊の名を呼ぶ。
「こいつは『ヘィスン』。
過去に、(リゼ)エスクーナ少将の制霊だった個体だ」
「やっぱり……」
クレンは納得し、スッキリしたような表情で相づちを打った。
セラだけが蚊帳の外。
なぜ、リューゼンが虹翼制霊を知っていたのか。
そして、なぜ、クレンがそれを推し測れたのか。
謎だらけである。
仲間外れにされ、不服そうにしているセラ。
クレンは慌てて、その場を繕った。
「飛翔戦艦の艦橋には、艦母の制霊をセットする装置があるのよ。
リゼ様がいくら隠そうとしても、そこに制霊を配置する時には必ず見られてしまう。
つまり、艦橋要員だったほんの数名の軍人なら、知っているかもしれないと私は考えたわけ」
「俺は、ずっとエスクーナ少将の艦橋要員をしていたからな」
同意しつつ、リューゼンも付け加えた。
「なるほど。やっと把握しました」
父とクレンの説明で、セラはようやく内情を理解した。
虹翼制霊は元々、母のパートナーである事。
名前は『ヘィスン』である事。
最低限の情報は得られた。
その後、リューゼンは2人の意を察して、ヘィスンという虹翼制霊について語った。
「ヘィスンは、この世界で唯一無二の最高性能を誇る制霊だ。
こいつと天師であるエスクーナ少将のコンビは本当に桁違いの強さで、敵が気の毒になるほど圧倒する力を持っていた」
「それは、どのような力です?」
単純な疑問を繰り出すセラ。
娘の問いに、リューゼンは苦笑した。
どうやら本人にとって、あまり口にしたくない内容らしい。
「あらゆる面で他を凌駕していたが、とくに目立ったのは射程による優位性だな。
ヘィスンの演算力だと、敵の攻撃範囲外から先制攻撃ができる。
クレン嬢なら、その凶悪さが分かるんじゃないか?」
同意を求められたクレンは深く頷く。
確かに、戦場においては罪悪感にさいなまれる掟破りな行為。
彼女は畏怖の感情を表情にたたえながら、口を開いた。
「……想像するだけでも恐怖ですね。
こちらの攻撃は当たらないのに、敵から一方的に攻撃されるなんて。
もう、単なる的でしかないわ。
セフェカも上位制霊だから、若干、他よりも長射程だと感じる時もある。
けれど、敵を圧倒できるレベルだと考えるなら……。
ヘィスンの性能は別次元ね」
それからクレンは、ハッと何かに気付く。
同時に、長い眠りから目覚めたかのような開放感を得た。
「……リゼ様の戦果は非現実的だったわ。
自分と同じ天師なのに、どうやったらあの戦い方ができるのかまったく分からなくて、いつも自責思考に悩まされていた。
そっか。……そうなんだ。
ちゃんと理由があったんだ」
ずっと探し求めていた答えに、ようやく出会った気分。
晴れやかな顔で、リューゼンの話を噛み締めている。
現在のエースである彼女はいつも、リゼが過去に残した戦績と向き合っていた。
いくらクレンが天師と言えども、足下にも及ばない異常な撃破数。
リゼとの大きな能力差に悩まない日はなかった。
そのカラクリが今、解けたのだ。
世界にたった1体の最上位制霊――ヘィスン。
知ってしまえば、これほど心強い味方はいない。
リゼの戦績は彼女単独ではなく、パートナーのヘィスンとともに積み上げられたもの。
そして、それは今後、セラにも期待できる未来の戦力だ。
一通り種を明かした後も、リューゼンは緊張を解くことなく忠告する。
「そういうのもあって、ヘィスンの力は隠し通す必要があったんだ。
話が漏れれば、あらゆる国や勢力で奪い合いになるのが目に見えていたからな」
真剣な表情で語る父を正面から見据え、セラは問う。
「なら私も同じように、隠し続けなければならないですね」
リューゼンは同意して頷いた後、表情を崩して頭をかいた。
娘の聞き分けの良さに救われ、安心したようだ。
そして続ける。
「残念ながら、艦橋以外でのヘィスンの情報は何も知らない。
エスクーナ少将と、どのような生活をしていたのかも不明だ。
ただ……」
次の言葉がなかなか出てこない。
「ただ?」
セラは沈黙が我慢できず、聞き返した。
それに押されて、リューゼンは喉に引っかかっていた言葉を吐き出す。
「――エスクーナ少将はヘィスンを信用していなかった。
利用価値は凄く感じていたものの、……たぶん、嫌っていたと、俺は思っている」
英雄と称されるリゼさえ、持て余していた制霊。
そんなじゃじゃ馬と上手く付き合っていけるのか。
セラが不安に感じてしまうのも無理はなかった。
それでも。
「……父さん。でも私は、ヘィスンと仲良くしなければなりません。
この子がいたからこそ、帝国と対等に戦えていたのではないですか?」
「それは、まぁ。確実にそうだと断言できるがな」
父の返答を聞きながら、ヘィスンに向かってセラは微笑んだ。
「それに私、ヘィスンの事は嫌いじゃないです」
それは本心だった。
この制霊を上手く使えるのかは、分からない。
しかし、ヘィスンは自分の命を削りながらも、ずっとそばにいてくれた。
セラはそこに何らかのメッセージや忠誠心が見え隠れしているように思えた。
昔、リゼがそうだったからと言って、同じように接する必要はない。
――そう、考えていた。
「……この子のせいじゃないけど、もうちょっと、母さんの事が知りたかったな」
心底、残念そうに呟くセラ。
仕事もプライベートも明かさず徹底的に情報を遮断していたリゼだが、娘と接する時だけはとても幸せそうにしていた。
そんな大好きな母のことを、セラはもっと知りたくてしょうがない。
だが、落ち込む彼女の前に、突如。
――制片が現れた。
3人は咄嗟に画面を覗き込む。
そこには、画像が表示されていた。
セラの画像だった。
しかし、様子が変だ。
「……これは……未来の、私?」
今より少し大人っぽい姿をしている。
これから数年後、ちょうどクレンと同年代くらいに成長したセラだ。
容姿端麗だが険しい表情をしていて、まったく別の雰囲気を纏っている。
場所は戦艦の艦橋らしく、知らない服装で空を背にして立っていた。
リューゼンとクレンはその画像を見て、沈黙してしまった。
両者とも、なんだか都合の悪いものを目撃したような顔をしている。
セラは呆然としつつも、ヘィスンに問う。
「どういう事なの?
――私が将来こうなると、貴方が予測しているの?」
ヘィスンは問いに対して、困り顔のまま首を横に振った。
どうやら違うようだ。
混乱してヘィスンを質問攻めにするセラを見かねて、リューゼンが彼女の肩に手を置いた。
落ち着くように促し、ゆっくりと見解を述べる。
「セラ。その画像の人物は、君じゃない」
だが、自分の姿を毎日のように鏡で見ているセラにとって、同意できない話だ。
少し年上ではあるが、本人に間違いない。
「そんな……どう見ても私じゃないですか」
リューゼンは首を振り、予想外の発言をする。
「それは君ではなく、(リゼ)エスクーナ少将だ」
「?!」
驚いて絶句しているセラに、クレンも優しく助言する。
「セラ。天師はね。
代々、複製したように同じ見た目なの。
私とお母様も、瓜二つってよく言われるわ」
セラにとって、それは初耳だった。
彼女が物心ついた時にはすでに母親は大人であったし、若い頃の姿を見たのも今が初めて。
教えて貰わない限り、知る機会はない。
さらにクレンはちょうどよいタイミングとばかりに、天師に関する知識を授けはじめる。
「なんていうか、天師は微妙に人とは違う存在なのよ。
性行為をして、男性との間に子をもうける事は当然できるのだけれど。
天師が天師を産む時は、何の前触れもなく受胎――そして出産、の流れが普通みたい。
…………驚くとは思うけど、これは事実よ」
それは世界各国の支配層の中でも、わずかな者しか知らない情報。
セラどころか、耳を傾けていたリューゼンさえ、驚きを隠せない有様だった。
外見や翔力が他人と違うだけ、と思い込んでいたセラは大変にショックを受けた。
天師は出生の方法が、普通の人間とはまるで違う。
――そもそも、同種族と呼べるのかも怪しい。
彼女は少し、恐ろしさをおぼえた。
「母さんは、ずっと父親の話をしませんでした。
――なんだ。元々、私には父さんなんか、いなかったんですね……」
どのような心持ちで語ったのか、いまいち分からないセラの言葉。
それを聞いて、クレンは気遣いながら自分の話をした。
「……あのさ。
私には天師じゃない妹がいるのだけど、父親が同じなのかは疑問なのよね。
だって、我々は母親しかいなくても産まれるじゃない?
でもね。私は血筋とは関係なく、家族を愛している。
誰から産まれたかなんて些細な事で、誰と生きるかが重要なのだと私は思うわ」
クレンの父は他界、母は行方不明になっているが、家族は1人だけ遠方に留学している妹がいる。
頻繁に会う事はできないものの、とても仲が良い姉妹で、お互いを大切に思っている。
セラと妹の年齢が同じくらいというのもあり、彼女に妹を重ねている面があるのかもしれない。
クレンは自分の考えを伝えた。
セラの心にどれだけ響いたのだろう。
彼女は父親がいないという話を聞いて、心をどれだけ痛めたのだろう。
それは本人にしか分からない。
クレンは慎重に確かめた。
「……お父さん、いた方が良かった?」
ところが、問われたセラはアッケラカンとして答えてきた。
「いいえ。
母さんだけでも、十分幸せでした。
確かに、実の父親がいないのは残念です。
でも、私にはもう、立派で尊敬のできる父さんがいます」
セラはクレンの心配を払拭するように、元気いっぱいでリューゼンに抱きつく。
それは、強がりや空元気なのかもしれない。
でも見る限り、落ち込んでいる様子はなかった。
どうやら、クレンの配慮は必要なかったようだ。
そして普段もの静かな雰囲気の彼女が、急にテンションを上げ父にスキンシップをとる光景を見たクレンは一歩引いてしまう。
いわゆる、ファザコンのように見えた。
今の環境にセラは満足しているし、養子にしてくれた父リューゼンにも感謝している。
むしろ、実父がいないからこそ、義父に対して過剰な依存が生まれ始めていた。
リューゼンも最近はそれに違和感と警戒感をもっている。
必要以上にまとわりつく娘に困りながら、苦笑する父。
それを眺めながら困惑するクレン。
セラにとっては、大好きな2人がそばにいてくれる幸せな空間だった。
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