第7話 虹色の新風
――――帰宅後。
セラは自室で、今日の授業の事を考えていた。
「ねぇねぇ、リオゥネ。
本当のところ、どうなの? やっちゃってるんじゃないの?」
勝手にリオゥネがネットワークに繋げているのではないか、という疑念が拭えない。
だが、問い詰めても返事は同じ。
制霊は意思をもたず、独自に動かない。
制霊は嘘をつかない。
おそらく、リオゥネは何もしていない。
だからこそ、謎。
不気味。気持ち悪い。
そんなイメージも持たれてしまう。
――突然、家の呼び鈴が鳴る。
セラは慌てて、玄関のある1階へ向かった。
その途中、階段を下りた所でリューゼンと遭遇。
「――父さん、私が出ますので!」
「あ、ああ。頼む」
いつもゆったりとした雰囲気のセラが、珍しく足早に立ち去る様子を見て、リューゼンは戸惑っていた。
そんな父親の様子に気をとめる事なく、彼女は玄関扉の取っ手に手を掛ける。
静かに開いたその先には、女性が立っている。
夜の風景に溶け込むような彼女の髪が、さらさらと風になびく。
月を思わせる神秘的な瞳がセラをまっすぐ見ていた。
「クレン姉さん、急なお願いをしてごめんなさい……」
「構わないわ」
微笑んで答えるクレンを、家に招き入れる。
――応接室で向かい合って座る2人。
クレンは出されたお茶に少し口をつけてから、セラの傍らにいるリオゥネを観察した。
しばらく眺めた後、口を開く。
「その子が、勝手にネットワークに接続したと?」
セラは首を縦に振り、肯定した。
一瞬だけ思考し、クレンは制片を取り出した。
それから、何かを調べ始める。
「軍のネットワークには、登録されていないみたいね。
確かに不思議な話だわ」
「……別の制霊を支配して接続しようにも、白翼のリオゥネには無理ですよね」
2人で悩む。
とにかく、今の状況を把握する必要がある。
埒があかないと感じたクレンは、セラに腹案を出した。
「うーん……。またリオゥネを支配してみても、いいかしら?
この前、教会でデータを送信した時、めちゃくちゃ違和感があったもの」
セラが許可すると、クレンの制霊セフェカが通信を開始する。
――。
制片を凝視して、クレンは異常を探した。
「リオゥネとの接続に問題はなさ……そ……ぅ……」
急に、彼女の動作が凍り付く。
信じられない、といった表情で激しく視線を動かしている。
今まで見た事のない表情に、セラは困惑。
とりあえず声をかけようとした瞬間。
「セフェカ!! 遮断!!!」
クレンが荒い息づかいで叫ぶ。
彼女は一点を見つめて、汗を流した。
――明らかに異常事態だ。
心配そうなセラに対し、彼女は一言だけ絞り出す。
「支配されてた……セフェカが……」
セラも驚いて絶句する。
銀翼のセフェカを支配できる存在など、想像がつかない。
「リオゥネ……貴方の仕業?」
セラの問いに、リオゥネは首を振る。
その資格がないのだから当然だ。
――。
しばらくして、2人は冷静になり緊張した空気が解ける。
黙っていたクレンが口を開いた。
「リオゥネに確認したい事があるわ」
「なんですか?」
「もしかして、その子も何かに支配されてるんじゃないかと、思ったの」
「! 確かに」
クレンの意見にハッとしたセラは、そのまま問う。
それを聞いて――。
リオゥネは首を縦に振った。
肯定だ。
クレンはとても険しい顔をし、セラに頼み事をする。
「制霊球。使っていない予備の制霊球がほしい。
――ある?」
セラは「はい」と返事をして、すぐ別室へ取りに向かった。
――やがて、空の制霊球を持って彼女が戻ってくる。
2人の目の前に置かれた制霊球。
中に制霊はいない。
とくに変化もなかった。
「……どういう事かしら」
謎の制霊を制霊球の中に呼び寄せようとしたクレンだが、当てが外れたようだ。
普通の制霊なら、パートナーを探すため、自ら姿を見せるケースが多い。
未知の生物を捕まえるドキドキ感。
銀翼のセフェカをも支配下に置く、強力な個体。
クレンは好奇心と期待感が抑えられず、興奮状態になっていた。
いまいち対象への探究心が少ないセラは、のんきな声で助言する。
「その謎の子ですけど、なんとなく、私の言う事を聞いてくれてる気がします」
彼女の意見を聞き、クレンは再び考え直した。
「たぶん、その子は自分の存在を隠そうとしているわね。
でも、セラの言葉というのは、その習性を上回る優先度があるのかもしれない」
謎の制霊にとって、セラの意思は自分の身を隠すよりも重要、という推測だ。
「じゃあ……」
クレンの思惑をくみ取り、セラは初めて『その存在』に対して命令をする。
「制霊球に入りなさい」
――――。
両者は息を呑み、制霊球に注目した。
時が過ぎ。
透明な制霊球の内部に、綺麗な粒が流れ込んだ。
――虹色。
制霊の粒翼から放たれる粒子だ。
その後、ゆっくりと入ってきたのは……。
虹色の翼を持つ制霊だった。
あまりの神秘さ。
その美しさに魅入られ、言葉が出ない。
「……なに。この子」
「ええ。こんな制霊、見たことないわね」
セラが驚いて漏らした一言に対して、クレンは上の空のまま答えた。
他の制霊とは違う、圧倒的に豪華な衣装や装飾。
全身に帯びたオーラ。
超上級の制霊であるのは間違いない。
そして。
クレンは眉をひそめて口を押さえ、信じられないといった表情をしながら、言う。
「これは、とても不気味だわ」
本心だった。
その制霊は笑顔を浮かべている。
無表情の制霊しか知らない彼女にとって、イレギュラーな存在だ。
人のように表情が変わる制霊との対面が、現実のものとは思えなかった。
「さしずめ、『虹翼(こうよく)の制霊』といったところかしら。
おそろしく高い性能を感じるけれど、人に扱い切れるのかという不安もあるわね……」
険しい顔ですみずみまで観察しながら、クレンは呟く。
「でもなんか……この子、元気がなさそうですね……」
セラも一緒に制霊を眺めながら、率直な感想を語った。
虹翼の制霊は確かに弱って見えた。
背中の粒子量が一定ではなく、時々、弱々しい放出を繰り返している。
笑顔だった表情は無理して繕っているのか、不自然な印象を受けた。
セラが心配していると、クレンが話し掛けてくる。
「ずいぶん弱っているみたいね。
翔力の摂取が足りていないようだから、安定供給してくれる主人が必要かも……」
「だったら、クレン姉さんが――」
「それは難しいかな」
セラが良かれと思ってした提案を、クレンが遮る。
そして、理由を述べた。
「その虹翼制霊には、意思がある。
指示待ちするだけの他の制霊とは違って、主を選ぶ気がするわ」
確かに、この制霊はセラの言う事ばかり聞く。
その説を確かめるように、セラは虹翼制霊に聞いた。
「貴方は、私としか『ユニマリンク』をする気がないの?」
制霊は静かに、首を縦に振った。
肯定だ。
ユニマリンクとは、人と制霊の専属契約のようなものである。
片方が消滅するまで、解約される事はない。
ユニマリンクをした制霊は主人から安定した翔力を得るかわりに、持ち得る限りの能力を駆使してパートナーに尽くす。
本来なら制霊がこの契約を拒否する事はないのだが、虹翼の制霊は相手を選ぶようだ。
「セフェカはとても翔力を浪費するの。
銀翼でさえ燃費が悪いのに、もっと上位の制霊であるその子なら、大食いなのは間違いないはずよ」
弱々しい虹翼制霊を一瞥してから、目を伏せ、クレンが言う。
セラはなかなか決断できない。
正直、手に余ると感じている。
得体が知れないうえに、存在も大きい。
「……放っておくと、消滅するわ。
翔力の濃い空域ならもっと長生きできるはずなのに、自分の寿命を削ってまでセラの近くにいたのよ。その子は」
セラしか相手にしない、超上位制霊。
クレンはどうしても消滅させたくなかった。
とにかく説得を試みる。
彼女は戦場にいるがゆえに、制霊の能力が大きく命運を左右する事が痛いほど身に染みている。
しかも、虹翼のパートナーが天師ならば、戦争においてゲームチェンジャーにさえなりえる。
「ごめん。強要する感じになったわね」
目の前の大きな存在に魅入られ、態度に出てしまったクレンだが、冷静さを取り戻して恥ずかしくなったのか、気まずそうに反省しだした。
セラのほうも、消滅しそうな制霊を放っておくほど忌避する理由がない。
「いえ。そうですね……契約します」
虹翼制霊に近付きながら、そう宣言した。
さくっと決める様子に戸惑いながらも、クレンは頷き、嬉しそうにする。
迫ってくるセラを不安そうに見つめる制霊。
彼女は右手人差し指を制霊球の穴から差し入れ、優しげな声で告げる。
「本当に、私でいいと言うのなら。
貴方の望みに応えましょう」
虹翼制霊は顔色を伺いながら自分の粒翼を数本の糸状に束ね、螺旋を描くようにセラの指先にまとわりつかせた。
「――ん゛っ」
糸が絡んだ瞬間、少しだけ眉をひそめ、苦しそうな呻き声を発するセラ。
自然と目を閉じ、歯を食いしばってしまう。
しばらくすると、彼女の指にまるで指輪のような模様が刻印された。
リオゥネのものがすでに刻まれていたため、計2本の模様が人差し指に浮かび上がっている。
セラは指を目の前にもってきて、まじまじと確認したあと、虹翼制霊のほうを見た。
やせ我慢をしているような表情は和らぎ、安心しきったような顔をしている。
どうやら翔力が十分に供給されたことで、元気を取り戻したようだ。
一段落して場が落ち着きを取り戻す。
その結果、やはり気になるのは虹翼制霊の置かれた環境である。
どこから来たのか。
何のために来たのか。
元の主人は誰なのか。
「考えていたのだけれど」
クレンが唐突に、考えを述べる。
セラは興味深そうに耳を傾けた。
「心当たりとして、一つだけ、可能性がありそうな制霊を知っているわ」
「本当ですか??」
思いがけない言葉に、セラは食いつく。
それを見たクレンは少し言い淀み、神妙な態度で答える。
「……リゼ様の制霊よ」
「……」
いきなり出てきた母の名前にセラは困惑し、沈黙してしまう。
真に受けている彼女に対し、クレンは付け足した。
「でもね。私はリゼ様の制霊を見た事がないの。
そもそも、目撃した人を知らない。
だから、その子が本当にリゼ様のパートナーだとは断定できないわ」
もちろん、セラも母から見せてもらった事がない。
ならば当の制霊に聞いてみるのが、手っ取り早いはずだ。
「貴方の前の主人は、私の母さんなの?」
――制霊は反応しなかった。
肯定も否定もない。
ただ、困っている表情だけは伝わってくる。
一緒に制霊の様子を眺めていたクレンだったが、思案しながら見解を述べる。
「どうやら、情報がブロックされているみたいね。
仮に。前の主がリゼ様だとしたら、それに関する情報を公開しないように、制限しているのだと思うわ。
……リゼ様が下した命令は、本人の死後も、他者には訂正する手段がないのよ」
「どうしましょう。この子の扱いが、ますます難しくなりますね」
悩むセラ。
どうにかして、虹翼制霊の情報を引き出したい2人。
しかし、容易にはいかない。
「(リューゼン)ロイフ中佐はご在宅かしら?」
考え込んでいたクレンは、急に言葉を発した。
「父さんは自室にいます」
「お話を伺いたいのだけれど、お願いできるか、聞いてもらえない?」
その提案を受け、セラは了承した後、席を立つ。
足早に廊下に消えると、リューゼンの部屋に向かった。
クレンはそわそわしながら待機する。
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