第6話  制片


 == 2週間後 ==


 ――新入生実習。屋内大型訓練室。


 教師が自分の制霊球を背に、生徒の目の前に立った。

「今日はちょっと変わった、制霊の使い方を学びましょう」

 そう言いながら全員を見渡し、異常がないか確認する。


 真剣に話を聞く新入生。

 それぞれの制霊を従え、すでに初歩的な訓練を終えた生徒たちには自信が垣間見える。

 皆、国家のために日々努力し、研さんを積んでいる。

 もちろん、セラもその1人だ。


 

 注目が十分に集まった頃。

 制霊の顔の両側面にある無機質でヒレのような形の器官を差し示し、教師は解説を始める。

「制霊はこの部分を使って、さまざまな情報を送受信できます。

文字・図形・音・映像、これらは我々人間にも認識できるデータなので、

『制片(せいへん)』という特殊な媒体を用いて可視化する事になります」


 彼女は前に出て、生徒を少し下がらせた。


「皆さんにとっては、とても非現実的な光景に見えるかもしれません……」

 そう前置きをした後。


 ――教師の制霊球の周囲にある空間が、わずかに震えた。


 ジジジ……という、聞き慣れない異質な音。

 頭に直接響いてくるような奇妙な感覚だ。



 それとともに、目の前で、上から切れ目が入っていく。

 『空間』に、である。



 今まで見た事もない異常現象に直面した新入生たちは、無言で息をのんだ。


 ――束の間。


 縦に細長く開いた空間の裂け目から、板状の何かがスライドして出てきた。


 その物体を吐き出した後、再び穴は閉じ、何事もなかったかのように場は元通りになった。

 

 教師は空中にある板状の薄くて四角い物体を手に取り、指で表面をさすりながら話す。

「これは制霊の『存在』の一部。

名称は『制片』といいます。

私たち人間が唯一触れられる制霊の部位……というか、道具のような物ですね」


 紙のように薄く半透明の物体――制片は、ピッタリと空中に固定されて動かない。

 重力にも風力にも影響を受けず、壁に飾られた絵画のごとく、その場に留まっている。


 しばらくすると、制片の表面に文字が表示された。


 さらに連続して、絵や図形、風景、地図などが入れ替わるように出てくる。

 パッパッとリズム良く変化する画面に、生徒はすっかり興味をひかれたようだ。


 驚いたことに、制片の表面が振動しながら音楽まで奏でている。


 このアイテムが人と制霊の意思疎通を大きく向上させ、ネットワークの恩恵を最大限に活用できる媒体であるのは間違いない。

 初見でそう思えるほど、人類の文明を軽く超越する代物だった。

 

 

 未知との接触にざわつく周囲が、落ち着くのを待ってから。

 教師は制片のフチを指で引っ張り、大きさを変えたり、形を変えたりしてみせた。

「このように形を変えたり……。

厚さを変えたり……」


 さらに、制片を手でつまんで場所を変え。

「好きな所へ移動させたりできます」


 純粋に驚く生徒の反応が気持ちよかったのか、彼女は得意げに話す。



 続いて、教師は2つ目の制片を出した。


 それから、その制片を細長く伸ばし、棒状にしてから手で握った。


 彼女は指の関節でドアをノックするような仕草をして、制片の表面を軽く叩く。


 そのままコンコンと、硬そうな音を響かせながら言う。

「また、制片は硬度も変えられるので……。

カッチカチの状態で、握り手以外の部分をこう!」


 ――棒の上方から手を滑らせていくと。

 先端が尖り、円柱だった形状がとても薄いものへと変化していった。


「さて皆さん、これは何に見えますか?」

 問われて、1番近くにいた生徒が答える。

「――剣に、見えます」


 教師は「正解」と答えて、続けた。

「これは、あなたたちの身を守る武器で『制剣(せいけん)』といいます。

剣だと言っても、振るうのは主人ではなく制霊のほうですけどね」


 言葉に合わせ、制剣が宙を舞う。


 切り・突き・払い。


 一通りの剣術動作を演じて見せてから、仕事を終えたかのように静止した。

 制霊の翔力コントロールによる、正確で力強い動き。

 人間が振り回すよりも速く、届く範囲が広い。


 実演した後、唐突に彼女は意地悪な笑みを浮かべる。

「……まぁ。よほど剣術と筋力に自信があれば、自分で武器として扱っても構いませんよ」


 そう、少しからかうように煽りつつ、真面目な表情へ戻した。


 釣られて生徒たちも気を引き締める。

 教師が真剣な空気をまとわせてきたからだ。


「艦母は戦争での花形。

1人1人が国家の軍事力を左右するため、暗殺される危険性もあります」


 彼女の言葉から、そこにいた全員が察した。

 制剣は自分が狙われた時の護身用だと。


「……制霊は常に情報を共有していますし、反応速度も人間の比じゃありません。

つまり、制剣に守られた艦母に危害を加える事は、常人にとって不可能に近いのです。

ですから必要以上に恐れないでください」

 そのように、教師は制霊を携行する重要性を説いた。



 ――――。

 自分の命が狙われるかもしれないと知った生徒はそれぞれ深く考え込み、沈黙した。


 どんよりとした様子に気を遣いながらも、教師は授業の締めに入る。

「おわりに、今回の実演内容を解説したデータを配布します。

受信後、制片を使って閲覧が完了した人は、確認するので私を呼んでくださいね」


 セラは言われるままに制片を取り出した。

 とくに難しい事もない。


 ……しかし。

 そこでピンチに陥る。


 リオゥネはネットワークに接続していないのだ。

 よって、教師から送信されたデータを受け取る方法がない。


 今は未接続状態だと知られてはならない状況。

 彼女の首筋を冷や汗がつたって下りていく。


「困ったな……」

 心の焦りが口をついて出てしまう。


 クレンは上位制霊セフェカの力を使い、ネットワークに強制侵入していた。

 母もおそらく、似たような方法で他の制霊と繋がっていたのだろう。

 しかし、他の制霊を支配できない白翼のリオゥネでは、同様の手口が使えそうになかった。


 周囲を見ると、教師が生徒1人1人を見て回り、制片にデータが表示されているかのチェックをしていた。

 データの受信から制片への投映、一連の流れが把握できているのか確かめるためだ。



 ――セラの順番が刻々と近付いてくる。


「……リオゥネ、なんとかなったりしない?」

 やけくそ気味のセラの問いに、リオゥネは無表情のまま首を横に振った。


「お願い! 闇の力でも何でもいいから解放して!」

 何を言っても、依然としてリオゥネは拒否の姿勢だ。


 天師と言えども、高い翔力を除けば一般人と変わらない。

 セラは自分の非力さを痛感する。


 無情にも時間は過ぎていく。


 

 ――やがて、教師がやってきた。

 背後に立って制片を覗き込む彼女のほうに、振り向くセラ。


 「……先生、あの、私……」


 ネットワークに接続していない件を話していいのか。

 言ったところで、それを理解してもらえるのか。

 単に、『母に言われたから』という理由でしかないのだ。


 頭の中で、いろいろ考えた。


 じっとこちらを向いたまま、視線だけをそらすセラに対して教師は言う。

「問題ありません」

「?」


 問題がない、と言われた。

 意味が分からず、制片のほうに向き直り、画面を見た。


 ――そこには。

 今日の授業内容をまとめた文章と絵図があった。

 先ほど配布されたデータである。


 次の生徒のもとへ去って行く教師を見送りながら、セラは呆気にとられた。


 再び、リオゥネに聞いても否定される。


 それなのに、なぜかネットワークには接続されている。

 理解できない謎の現象に困惑してしまう。


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