第5話  投擲実習と放課後


 ――訓練場。実習の時間。


 セラを含めて10人ほどの新入生が中庭の訓練施設に集まっていた。

 授業の教師は艦母を退役した元軍人だ。


 翔力は高齢になるとだんだん弱まるため、ある程度の弱体を感じたところで艦母みずから軍務を退くことが一般的になっている。

 おそらく若い頃は一線級の実力があったであろう貫禄のある女性教師が、新入生の前で実習についての説明を始めた。


「皆さん、今日は艦隊戦の基本となる『投擲(とうてき)』を学びます。

戦争では、翔力による槍弾の撃ち合いで、敵への損害を大きくするほど有利になります」

 そう言いながら、彼女は細長い棒状の先端が鋭い武器を1本取り出す。

 これは『槍弾(そうだん)』と呼ばれる飛び道具で、翔力によって射出する武器だ。


 30メートルほど遠方には、木を輪切りにして作られた丸太の的があった。


「よーっと!」

 教師が掛け声とともに翔力を使う。


 ――次の瞬間。

 槍弾が勢いよく手から離れ、一直線に空を切る。


 まるで自らの意思があるかのようにぐんぐんと加速し、的の中心に深々と突き刺さった。

 木の年輪のド真ん中に見事に命中している。


 新入生は皆、おーっと歓声をあげた。



「じゃあ、あなた方も同じように投擲してみましょうか」

 教師に促され、生徒たちは各々定位置につくと、目の前の的に向かって槍弾を飛ばす。


 セラも試しに何発か飛ばしてみるが……。

 的の端をかすめて、木っ端を撒き散らす程度の命中率だった。


 中心に当たらないどころか、突き刺さる気配さえない。

 素直に、教師の熟練度に対して敬服してしまう。


 セラ以外の新入生は、彼女よりも酷く的を外していた。

 かする気配さえなく、見当違いの方向に飛ばしまくっている。

 それを見て、セラは少なくとも他に劣るほどの実力差はないと、自分に対して自信を持てた。


 教師は新入生が四方八方へ投擲する様子を黙って眺めていた。

 しかし、しばらくしてからストップをかける。


 彼女はとくに生徒の惨状に落胆する様子もなく、当然といった顔で口を開いた。

「皆さんは今、こう思ったでしょう。

『さすが先生だ! 努力の末に正確な投擲技術を身につけたのだ』と……」

 セラを含む新入生全員が抱いた印象を教師は代弁する。


 心が見透かされたようで、なんだか居心地が悪い。

 ただ、これは教師である彼女が過去の新入生に対して、幾度となく行ってきた通過儀礼のようなものだった。


 そこから教え子の勘違いを訂正するため、更なる実演が始まる。


「先生の命中率が高いのは、訓練などで習得した技術ではありません」

 言いながら、追加で数本の槍弾を手に取り、的に向けて放つ。


 それらは弧を描きながら空中を進み。

 停止した後、激しい加速の末に標的に突き刺さった。


 的の中心に命中した前回とは違い、今回の着弾地点は木の年輪に沿った円形。

 複数の槍弾が等間隔で綺麗に整列している。


「今見た通り、人間では到底できない翔力の制御能力なのが分かりますよね」


 彼女が合図をすると、少し遠くから制霊球が近付いてくる。


「この飛翔制霊ならば、より正確に、より多くのタスク実行が可能なのです」

 教師の横で浮遊する制霊球に、生徒の視線が釘付けになる。


 彼女は制霊を指さしながら、皆によく観察させつつ解説した。

「我々ではせいぜい1つの翔力操作しか対応できないところ、

 制霊を介する事で、同時に1000以上の操作が行えます。

 飛翔戦艦は、この制霊の膨大な処理能力を基盤にして、運用する兵器なのです」


 生徒は教師の話を真剣に聞き、なんとなくではあるが制霊の持つ能力を理解した。


 そして、セラも同様の反応をした。

 長い間ずっとリオゥネと一緒にいながら、本来の使い方は何も知らない状態だった。

 制霊は彼女にとっては友達であり、一方的に話しかけるだけの相手だ。


 教師は生徒たちを見回しながら、続けて話す。

「飛翔制霊は貴重な存在ですが、艦母の卵である皆さんには、後ほどパートナーになる制霊が支給されるはずです。

 その制霊とは、あなた方が死ぬか制霊が消滅するまで、ずっと共に生きる運命共同体。

 ……大切にしてあげてください」


 その後、彼女はセラのほうを振り向いた。


「セラさん、あなたは制霊をお持ちですね?」

 言われたセラは、突然の事にドキッとしてしまう。


 彼女はなるべく、学校ではリオゥネを見せないようにしていた。


 新入生が制霊を連れているのは目立つ。

 この時期に制霊を入手している生徒は1人もいないからだ。


 それを理解していたからこそ、セラはリオゥネを隠していた。

 制霊は通常、人間の目に見えないため、制霊球の中に入れなければ目視されない。

 セラには見えないが、他人にも見えない。

 リオゥネは近くにいるはず、しかし景色の中に溶け込んでいるのだ。


 ……それを、なぜか教師には見破られてしまった。


 驚いてるセラに対して、教師は言う。

「あら、驚きましたか?

確かに私には見えませんが、私の制霊には見えます。

だから、この近辺を探してもらっただけですよ」

 なるほど、と得心のいく回答だ。


 セラはクレンくらいしか制霊を持つ人物との接点がない。

 よって、教師から指摘されたような常識も知る機会が少ない。

 艦母学科にいるため、制霊を連れて歩いてる先輩はそこそこいるものの、今までリオゥネを『放し飼い』にしていても何も言われる事はなかった。

 だが、もしかしたら知っていて見て見ぬフリをしてくれたのかもしれない。


 想像しただけでも恥ずかしくなり、セラは身悶えしそうになる。

 服を裏返しに着て登校したような気分だ。


 羞恥心に苦しむセラをよそ目に、教師は静かに寄ってくる。

 そして、目の前に制霊球を置いた。


「新入生全員の前で見せてしまえば、隠す必要もなくなるでしょう」

 ――リオゥネを皆の前で披露せよ、という催促だ。


 確かに、新入生という身分で制霊を持っている事が後ろめたくて隠していたのだから、ここで打ち明けてしまえば問題は解消される。


「わかりました」

 そう言って、セラはどこにいるかも分からないリオゥネを呼ぶ。



 ――しばらく待つと。


 リオゥネがゆらゆらと制霊球の中に入ってくる。


 同じ白翼の制霊ではあるが、教師のものとは違う容姿に、他の生徒は興味を持っていた。

 口々に「小さい」「かわいい」と褒めてくれ、セラは少し照れてしまう。


 今まで、天師という立場から、近付いて来てくれる新入生はいなかった。

 だからリオゥネが目当てだとしても、他の生徒と交流できるのは単純に嬉しい。


 教師はしばらく微笑ましそうに眺めた後、リオゥネを呼び寄せた目的を語る。

「では、セラさんも制霊を使って投擲してみましょうか」

 セラは「はい」と答えて、立ち上がった。


 的の前に立ち、槍弾を受け取る。


「とくに深く考える必要はありません。

制霊はあなたのイメージを実現しようとする習性があります」

 教師の教えに従い、的の中心に命中する映像を頭に思い浮かべる。


 チラッとリオゥネの方を見てみたが、いつもと変わらず無表情。

 それを不安に感じながらも、槍弾を発射するイメージを固めた。


 ――次の瞬間。


 セラの手から槍弾が離れ、もの凄い勢いで飛び出した。

 目で追えないほどのスピードで、あっという間に的のド真ん中に直撃する。


 同時に、轟音が響いた。


 教師は一瞬驚いたあと、静まり返っている生徒を的の周囲に集めて解説をする。

「投擲の威力は翔力に依存します。

……彼女のような天師が槍弾を放った場合、このような結果になります」


 指さした先の的の中心には綺麗に穴が開いていて、わずかに煙が出ている。

 さらに木材の裏側にも穴があり、完全に貫通していた。

 槍弾はどこか遠くへ飛び去り、回収できない状態だ。


 少し間をおいて、教師は言う。

「これを艦隊戦に置き換えてみてください。

……私の槍弾は装甲を破壊する程度の威力なのですが。

セラさんのように規格外の翔力であれば、艦体を貫通するほどの破壊力が期待できるのです」


 教師はスタスタと軽快に歩いて、セラの背後に立ち、両肩の上に手を置く。


 それから、少しだけ声を張って生徒に伝えた。

「世界的に見ても少数しかいない天師が、我が国には2人もいます。

このような強大な力で守られているフォーラ王国軍は無敵。

皆さんも誇りに思って、良い艦母になってくださいね」

 その言葉を聞いて、生徒たちは顔を輝かせた。


 味方に圧倒的な強者がいる事で、自信と安心感が得られるのは当たり前の話だ。

 たとえそれが、セラのような素人の新参者であってもだ。


 ……しかし当人にとっては、プレッシャー以外の何ものでもない。

 褒められているにもかかわらず、セラは苦笑してしまうのだった。





 ――放課後。

 セラはレイリーと一緒に学内のカフェで休憩していた。


「わたくし、是非ともセラ様が実習なさる様子を拝見したかったです。

次こそは、何を犠牲にしてでも伺います」


「レイリーさん、気軽に自分の授業をサボろうとするのはやめませんか」


 いつものように2人でとりとめのない話をしているのだが、セラは周囲の圧迫感に心を乱されていた。


 彼女の近くの席は教会派の生徒が占め、その一挙手一投足を見守る。

 そして他の席には軍人派の生徒が座り、天空教の集団をイライラしながら眺めている光景が広がっていた。

 カフェは綺麗に両派の生徒によって分断されている。


 そんな中、セラ達の座るテーブルに軍人派の生徒がやってきて座った。


 周囲の空気など吹き飛ばすように、慣れた所作でくつろいでいる。


 彼女はセラをがん見しながら、言う。

「嫌な空気ですわね」

 目の前にいるのは、コルデナ。

 めずらしく意見が合い、セラは同意する旨の言葉を返す。


 だが……。

「アナタが入学する前は、もっと和やかでしたわ。

皆さん、わりと派閥に関係なく着席していたもの」


 イヤミを言われ、咄嗟にレイリーが立ち上がった。

 彼女はセラの代わりに憤慨しているようだ。


 今まで、レイリーの怒った様子を見た事のないセラは、呆気にとられてしまう。


「……事実を言ったまでよ」

 コルデナは煽った。


 対して、レイリーも言い返す。

「それは、わたくしたち天空教徒が自ら望んで行動した結果です!

みんな、セラ様の近くにいたいだけ。

……あなたが口を出す事ではないでしょう」


 ちょっと言い過ぎたと思ったのか、コルデナは口を閉じてそっぽを向いた。


 ――しかし、目をそらした先には意外な人物がいた。


 その相手は通行中に偶然コルデナの悪態を目撃したらしく、少し不機嫌そうな表情で静かに歩み寄ると、テーブルの脇に立った。


 カフェおよび通路にいた生徒全員が注目する。


 そこにいたのは、クレンだった。



「……コルデナ。あなたはここにいる多くの人を不快にしました。

すぐに謝りなさい」


 コルデナは気まずくなり、黙っている。


 明らかに、やってしまったと後悔している心情が見て取れる。

 彼女にしては珍しく、オロオロとした弱気な姿勢である。


 しかし、セラはそんな事よりもクレンの雰囲気に驚いていた。

 2人だけで会う時とは異なり、とても上品で静かだ。


 クレンは急かす事もせず、コルデナの言葉を待ちながら佇んでいる。


 そのプレッシャーに耐えられず、コルデナは悔しそうに口を開く。

「……皆さま方、大変に失礼なもの言いをいたしましたわ。

反省しております」

 彼女は丁寧に謝罪をし、頭を下げる。


 それを見たレイリーもすでに平静に戻っており、追求する素振りはない。

 セラにいたってはコルデナの皮肉に慣れすぎて、もはや何も感じないようだ。



 場が静かになり、平和を取り戻す。


 いつもの雰囲気だと確認したクレンは、セラの前に移動し、ゆっくり片手を差し出した。


 天師同士の邂逅に、周囲の生徒は息をのむ。


 立ち上がって握手に応じるセラに、微笑みながらクレンは言った。

「私からも、コルデナの非礼をお詫びします。

今後は仲良く致しましょう」


 違和感を隠せず、変な笑みを浮かべながら同意するセラ。


 冷や汗をかきつつ、クレンを上下に眺めた。

 いつもと変わらず、良い姿勢で優雅に立っている。

 ただ、今日は温かみのない厳粛な態度だった。


「あの、私……」

 言い淀むセラ。


 それを見て、2人にだけ聞こえるように耳元でクレンが囁く。

「事前に言ったでしょ。うろたえないで」


 聞いてはいたものの、いざ敵対するとなると難しい。


 セラは考えた。

 自分がむやみに低姿勢にしていれば、教会派の人々は落胆するだろう。

 コルデナへの接し方を改める時かもしれない。


 彼女への嫌悪感はないが、下に見られても困る立場だ。

 勢力同士の均衡が維持できなくなる。


 セラは意を決して、コルデナに告げる。

「コルデナさん。以後、私に対してそれなりの礼節を求めます」



 彼女の返事はない。



 しかし、黙っていると、後ろからクレンがコルデナの肩に手を置いた。


 その瞬間に背筋がピンと張り、硬直する。

 手から伝わる体温が、クレンの威圧感をも伝えてきた。


 コルデナは目をそらし、震えた体で悔しそうに言葉を吐き出す。

「……承知しましたわ」


 彼女はそれだけ言い残し、一礼をした後その場から消えた。

 セラはクレンの助け船により、ようやくメンツを保てたようだ。


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