第4話  フォーラ王国軍事戦略学院


 == 2ヶ月後 ==


 セラがフォーラ王国軍事戦略学院に入学し、少し経過した。


 クレンの助言の通り、新入生であるにもかかわらず、セラはすぐに天空教徒の学生によって祭り上げられた。

 1人でいる事が多く教会で静かな時間を過ごすのが好きな彼女にとって、決して好ましい状況ではない。

 最初のうちは大勢の人に囲まれたり挨拶をされる事に驚き、居心地が悪いとさえ感じる日々であった。

 しかしセラがそれを嫌がり始めるとまわりの人々は尊重してくれ、過度な接触を控えるようになった。


 今、セラのそばに残っているのは教会との連絡役となっている生徒のみだ。


 その人物の名前は『レイリー・ケイノン』。

 聖職者らしく優しそうで、おっとりとした雰囲気がある。

 清楚な内面とは裏腹に、外見は実に女性的でスタイルが良い。

 セラから見ると大人のお姉さんという印象だ。


「セラ様、教室にお戻りですか〜?」

 昼食後、立ち上がって移動しようとしたセラに対してレイリーが声をかけた。


 セラは艦母の学科、レイリーは艦橋要員(ブリッジクルー)の学科に所属しており、休憩や食事をする時間にしか会う機会がない。

 だが、レイリーはその度にセラのもとに訪れ付き添いをする。


 セラは彼女の過保護っぷりに申し訳なさを感じながら返事をした。

「午後の授業に遅れないように、もう行きます。

……レイリーさんも、あまり私に構わず学業を優先してください」


 それに対してレイリーは首を振って言う。

「わたくし、セラ様のそばに仕える事ができて幸せなのです。

できることなら学生の本分をすべて投げ出し、一日中その神々しいお姿を眺めていたいほどです」


 あまりの持ち上げように、セラの背中にムズムズとした違和感が走り抜ける。

 驚くべきなのは、このような態度をとるのがレイリーだけではなく、別の生徒との間でもしばしば見られる光景である事だ。

 ひどい時は通りすがりに拝まれたりもする。

 

 天師は空の女神の血を引くとの言い伝えがあるため、余計に神聖視されるのかもしれない。

 そう思いながら、彼女は生活している。




 セラの所属する艦母学科は高貴な家の出身がほとんどである。 


 理由として。

 翔力の高い者がその能力を用いて高い地位につき。

 そして地位および翔力の高い家系の者と結婚し、翔力の高い子が生まれる。

 その繰り返しが影響して、必然的に翔力の高い人物は地位も高い傾向にある。


 また、男性は女性の半分ほどしか翔力がないため艦母から除外される。


 よって、艦母の学科に属する生徒は一般的に『身分も翔力も高い女性』という事になる。

  『艦母』という職名も女性に特化したイメージにより命名された。



 逆に、艦橋要員を育成する学科などは庶民および天空教徒が多い。


 天空教は平民の信仰により影響力を拡大した宗教である。

 高い身分の人々とは思想が合わない事がほとんどで、艦母以外の学科にのみ天空教徒が多く在籍しているのはそのためだ。



 クレンの言っていた『対立』というのは、高貴な身分のクレンと、一般人のセラ。

 それぞれに共感し憧れる勢力の軋轢と言える。



 セラの級友は高貴な家柄の者ばかりで、もちろん彼女らは軍人の派閥だ。

 わずかにいる教会派の学生も天空教に入信している希少な存在の貴族や王族であり、平民そのものは教室内にいない。


 ――セラを除いては。


 養父のリューゼンは軍での地位や権力はあるものの、身分はそれほど高くない。

 そのうえ、セラは血も繋がっていない。

 どちらかと言えば、この学校では彼より母のリゼによる恩恵が大きいと感じる。


 それに、セラの実父は不明。

 地位はおろか個人情報が何一つ得られない。

 母から父について語られた事はなく、知る者もいないからだ。




 ――午後の教室。


 この教室は、小さく質素な教会で育った彼女にとって、とても上品で場違いに思えた。

 加えて、ぶっちぎりの最年少。

 特別な容姿の彼女に奇異の目を向ける人もいる。

 ……正直、浮いていた。


 セラは、おずおずと席に着く。

 ……息が詰まって仕方がない。



 ふと、横を見ると。

 2歳ほど年上に見える少女が座っていた。


 キツい視線を向け、がん見している。


 セラは本能で友好的な相手ではないと悟っており、入学当初から彼女に対して距離を置いていた。

 しかし、今は苦手な相手が隣にいるとも気付かずに座ってしまったのだ。


 その敵対的な女の子の名は『コルデナ・リトム・デュッテ』と言う。

 直系ではないものの、王族である。

 だから、普通に見るぶんには気品があり所作に美しさを感じる。



 彼女はツインテールの片側を手でかきあげ、つまらなそうに目をそらした。


 態度の悪いコルデナに辟易しながらも、セラは対話を試みる。

「……い、いいお天気ですね!」

 慌てたあまり、話題に困った時に繰り出す天気ネタを初手で使ってしまう。


 だが彼女は会話に応じ、気だるそうな声を出した。

「そうかしら。

ワタシ、青空はあまり好きじゃありませんわ」

「……なぜですか?」


 セラの質問に対して、コルデナは口の端をつり上げ不気味な笑みを浮かべた。


 そして答える。

「セラさんの姿を、思い浮かべてしまいますもの」

「……」


 あまりの言葉にセラは閉口した。

 コルデナはそれっきり、プイっとそっぽを向く。

 取り付く島もない。




 ――授業の後。


 悪態をつくのに飽きたのか、コルデナが少し態度を軟化させて会話を始めた。

「……お姉様がアナタの様子をよくお聞きになるのよ。

学校でどうしてるのか、ってね」

「?」

 なぜ彼女の姉が自分を気にするのか、セラには心当たりがない。


 いまいちピンと来ていない様子を見て、コルデナは補足した。

「クレンお姉様ですわ。

ワタシの親族であり、隣人でもありますの」


 やっと、セラは理解した。

 クレンが心配して級友のコルデナからセラの近況を聞いているようだ。


 そうなると、気になる事も出てくる。

「あの、私の事をどのように伝えているのですか?」

 セラは質問した。


「別に……」

 コルデナは適当にあしらおうとしたものの、セラの真剣な雰囲気に圧されて言い直す。

「生活に馴染めていないとか。

天空教信者から過度にちやほやされているとか。

そんな感じの、他愛のない報告をしていますわ」


 好き勝手にある事ない事を言われているのかと不安だったものの、コルデナがきちんと実情を伝えていた事を知って、セラは心の底から安心する。

 誤った情報により、セラの行いに対してクレンが落胆する事態は避けたいからだ。


 深い息を吐いて安堵する様子に不快になったのか、コルデナはまくし立てた。

「失礼ね。ワタシはお姉様に対して嘘など申しません。

敵対する天空教派の長であるアナタが、情報の正確性を心配するのはおかしい話ですわ」

「……確かに、そうですね」


 クレンとセラの勢力は対立している。

 2人の仲の良さを知らないコルデナにとっては、単なる敵方の情報収集行為なのだから、いい加減な仕事はしないだろう。

 しかし、どうにも彼女の言動を観察していると、クレンへの尊敬の念が強すぎる。


 それと同時に、セラへの敵視もかなり強い。

 天師であり天空教を従えるセラと、それに注目しているクレンという構図。

 コルデナはその状況が気に食わないのかもしれない。



 コルデナはセラが入学するまでは、この学科において最年少であった。

 そんな彼女にクレンはよく面倒を見てくれ、親切に接してくれた。


 ところがセラの登場により、クレンの関心が移ってしまったのだ。

 コルデナの感情はおそらく――嫉妬――に近い。


 彼女は艦母候補として、とても有能。

 有能であるがゆえに、セラが生まれながらに持つ人間離れした翔力の強大さを理解し、恐れ、激しく羨望する。


 3年前に突然現れた天師。

 英雄の娘であり、クレンと同等の存在。

 ……現在の艦母候補生の中で圧倒的な最年少。


 セラは、負けず嫌いなコルデナが劣等感を抱く唯一の相手になった。

 ――ただ、彼女はそんな自分を本当に嫌っている。



「新入生は今日から、実習が始まりますわね」

 コルデナが少し態度を崩して自分を気に掛けてくれた事に嬉しくなり、セラは「はい」と気持ちよく返事をした。


「ワタシは半年前に初期の実習は終えてますけど、平民出身のセラさんには少し難しいのではなくて?」

 軽くイヤミを言うコルデナ。


「軍事関係の予備知識がまったくないので、ついていけるか不安で……。

コルデナさんに、わからない事を教えてもらえたら嬉しいな~、なんて思います」

 セラはここぞとばかりに、コルデナとの関係を修復しようと試みた。

 年下らしく、可愛くみえるような聞き方をした。

 自分でも体が震えそうになるほど恥ずかしく、違和感がある。


 それを見てコルデナは鼻を鳴らし、満面の笑みで言った。

「教えてあげなくもないけれど、それをしたらワタシの楽しみがなくなりますわ」

「……楽しみとは?」

 セラが聞いた瞬間、コルデナの口の端が下品につり上がる。


 少し前に見た表情。

 セラは自分の行動が浅はかだったと気付く。


「だって、アナタが失敗する姿が見たいもの」

「……」

 忘れてはいけない。

 コルデナには取り付く島がないのだ。

 セラが心の距離を狭めるには時期尚早である。


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