第3話 天師たち
フォーラ王国軍事戦略学院は艦母の候補生が集う軍学校である。
教師から職務について学ぶ事はもちろん、すでに正規軍人である艦母が直接生徒の補助や指導をする施設だ。
クレンも時間が許す限り顔を出し、学生とコミュニケーションをとっている。
そうする事で将来的に有望な艦母が育つ。
書類の文章に目を通しながら、クレンは眉をひそめて言った。
「来月からって、かなり急じゃない。
あなた、入学条件の年齢にはぜんぜん達していないはずだけど……」
だが、気まずそうなセラの顔から彼女は察した。
「……リューゼン・ロイフ中佐が、学校関係者に根回ししたのかしら?」
その問いに頷いて肯定しながら、セラは付け足す。
「私が父さんにお願いしました」
「そう」
クレンはそれ以上追求する事はなく、読んでいた書類をテーブルに戻した。
その後、セラの脇でぷかぷかと浮遊しているリオゥネに目を向ける。
「えっと、その子は軍用ではないわよね?」
セラもリオゥネのほうを向きながら答えた。
「軍のネットワークとは未接続です。
リオゥネは私が小さい頃に、母さんからプレゼントしてもらいました」
クレンは頷く。
「私の子――『セフェカ』も、リゼ様に頂いたものよ。
……セラと一緒ね」
2人は今まで、あまり制霊について話をしてこなかった。
リオゥネに関しては別段めずらしくもない普通の制霊であり、クレンの制霊であるセフェカに対しても軍用機密に触れてしまう面倒くささがあって、なかなか話題にのぼる機会がない。
しかし、ここで意外な共通点が発見された。
2体ともリゼから与えられた制霊である、というものだ。
「リゼ様は、どこからか幼体のセフェカを連れてきてくれたのだけど、入手方法がいまだに謎なのよね」
「……確かに。
私が貰った時もリオゥネは小さくて可愛い感じでしたよ」
共感しながら、セラはクレンの傍らに控えたセフェカの様子を伺う。
銀翼であるその制霊は、リオゥネよりも凝った印象の高度な衣服を身につけている。
もしかしたら白翼の制霊と差別化するために、姿を変化させているのかもしれない。
セラは何気なくクレンに質問する。
「あの、セフェカって軍用ネットワークに接続していないんですか?」
「…………」
クレンが黙り込んだため、セラは慌てて訂正した。
「ごめんなさい!
外部に漏洩したら、いけない話題でしょうか」
少し困った顔をしつつ、クレンは返答する。
「……いえ。
質問には答えられるわ。
セフェカはリオゥネと同じで、どこのネットワークにも繋がっていない」
それから彼女は言い淀みながらも、一言付け足した。
「――だけど、その理由は極秘事項だから一般人にはナイショなの」
突っ込んだ疑問を投げかけて自爆し、反省するセラ。
クレンは笑顔をうかべて慰めた。
「まぁ、知る機会はあるし、そう遠くないうちに分かるはずよ。
セラが士官学校生になれば、軍関係者と言えるものね」
柔らかい彼女の表情に安堵し、セラは「はい」と返事をした。
クレンはうんうんと軽く首を縦に振り、さらに補足する。
「たぶんネットワークへの未接続は、リゼ様に禁止されての事だと思うけれど。
それは天師にとって後々必ず役に立つはず。
だから、今のままでいなさい」
助言をもらい、セラは深く頷いた。
本来、制霊はどこかのネットワークに接続し、その一部になる事で本領を発揮する。
制霊の主人が軍人なら軍事ネットワーク、商人なら経済ネットワーク、政治家なら政治ネットワーク、それらに属すると他の制霊と情報が共有され、独力では得られない恩恵がある。
しかしセラとクレンはそれを捨て、どこのネットワークとも未接続の状態を維持している。
――。
クレンが横を向いて一瞥すると、セフェカがそろそろと寄ってきた。
「セフェカからリオゥネに最新の軍事データを送るわ。
これさえあれば、軍用のネットワークに未接続でも、ある程度ごまかせる。
一度、『支配』させてもらっていい?」
彼女の提案に、セラは了承する。
制霊として上位の銀翼であるセフェカは、白翼のリオゥネを『支配』できる。
相手の制霊を自分の支配下に置く事で、その制霊から情報を抜き取ったり、書き換えたり、そこを窓口にしてネットワークに強制侵入する行為を行う。
クラスの高い制霊のみが、低い制霊に対して行使可能な権利だ。
――クレンはどこからか、細長く透明な管を取り出した。
それは『制管(せいかん)』という制霊同士が高速かつ大量の情報の送受信を行うための器具であり、両端を双方の制霊球に繋げて使う用途がある。
セフェカは翔力を操り、空中でくねくねと制管を漂わせ位置を調整した。
それから、制管の片方を自分の制霊球の背後にある穴に接続し、もう片方をリオゥネの制霊球背後の穴に接続する。
ちょうど、2つの制霊球が1本の制管で繋がれた形だ。
次にセフェカは銀翼の粒子を糸状に束ね、制霊球に開いた穴から触手のように制管の中を進ませると、リオゥネの方へ伸ばした。
リオゥネのほうも白い粒子の糸を出し、セフェカの糸と連結する。
――2体の制霊が糸で接続され、情報伝達が行われる準備が整う。
クレンが合図をすると、糸の上を光の波が走り血流のようにデータの動きが見て取れた。
両者の間を行き交う情報の監視をしながら、彼女は説明した。
「軍用ネットワークに接続しないなら、リオゥネは何も情報を得られない。
……だから、こうやって直接渡さないとね」
会話を終えた時。
クレンが異常に気付いた。
情報の流れを示す光の波が止まっている。
データの送信が停止したようだ。
「――こんな事ある?」
彼女は自然と呟いていた。
慌てて状況把握しようとする様子を、セラはただ見守る。
「支配が強制的に解除されたみたい。
白翼のリオゥネに、そんな芸当ができるとは思えないけど……」
ぶつぶつと続くクレンの独り言に心配しつつ、セラもリオゥネに問いかけた。
しかし、リオゥネのほうは心当たりがなさそうな反応だ。
彼女は顔を曇らせ、言う。
「せっかく、姉さんに貴重なデータを頂けると思ったのに、どうしてこんなことに……」
残念そうに吐露した。
――次の瞬間。
制霊同士を繋ぐ粒子の糸に、光が走り出した。
急に情報の送信が再開したのだ。
まるでセラの一言に従うような、絶妙なタイミングだった。
それを見たクレンも驚きを隠せない。
その後。
無事に情報の受け渡しは完了した。
結局、作業が中断した理由は分からずじまい。
後味の悪さだけが残る。
聞いてもリオゥネは首を横に振り、関与を否定するのみだ。
よって、原因は別にある。
制霊は意思や感情がない。
だから――嘘をつかない。
その回答は絶対なのだ。
これ以上、何かを追求しようにも無駄だと悟ったクレンは、椅子に深く座り直して一息ついた。
セラも同じように気持ちを切り替える。
そんな2人の様子を見越してなのか、教会のシスターが現れテーブルの傍に立つ。
彼女は軽く挨拶をして、紙製の白い箱を卓上に置いた。
「司祭様からです」
そう告げる。
静かに一礼した後、また庭の外へ姿を消した。
「セラのものだから、開けてみたらどうかしら?」
クレンに言われ、自分への贈り物だと気付いたセラは手元に箱を引き寄せる。
それから、丁寧に紐を解いて上蓋を取った。
――中には、衣類が入っている。
普段、セラが着ている修道服に似たものだ。
「それは、学校の制服だね」
箱を覗き込んでいるセラに対して、クレンが説明した。
しかし、なんだか不思議な話である。
セラは聞く。
「……軍の学校なのに、教会の用意した制服を着るんですか?」
新入生としては当然の質問。
それに対して、クレンは慣れた感じで答える。
「全校生徒の半数くらいは天空教なの。
宗教って戦場では大きな心の支えになるから、その信者たちの意思は尊重しないといけない。
だから天空教徒はその制服で、そうじゃない人は軍服に近い感じの違う制服を着てるわね」
「……そうなんですね」
セラは納得したように相槌を打つ。
その後、クレンは目を伏せて、残念そうに学校の現状を語った。
「たぶん、セラも巻き込まれると思うから、先に言っておくわ。
生徒はだいたい軍人の派閥と、天空教の派閥に別れているのだけど。
……あなたはおそらく、天空教の派閥に祭り上げられる」
「?」
セラは話を聞いても理解できなかった。
なぜ、祭り上げられるのか。
彼女には心当たりがない。
その様子を見て、クレンは聞いた。
「ねえ、この中庭の東屋。私たちが茶会ごときで使わせてもらえるのは何でだと思う?」
「……?
姉さんが王族だから、教会が融通をきかせているのでは?」
セラの返答に「違う」とキッパリ言い放ちながら、クレンは理由を述べる。
「あなたへの配慮よ。
……ゲストは私のほうなの」
セラには配慮されるような社会的地位がない。
それに、とてもではないが大人とは呼べない年齢だ
ますますクレンの話す内容が理解しがたくなってしまう。
そんな実感のないセラに対し、クレンは理由を述べる。
「天空教では、天師が神の使いのように扱われているの。
セラは頻繁に、この教会を訪れているでしょう?
あなたは普通の教徒として参拝していたつもりかもしれないけど、教会側はそう思っていないわけ……」
知らないうちに天空教の重要人物として扱われていた事に、セラは驚いた。
教会の人々が懇切丁寧に応対してくれるのは、地位の高いクレンの影響だと思っていたからだ。
「姉さんも天師ですよね。
なぜ、私のほうが注目されるのですか?」
その問いに、クレンはセラを指さし。
「セラは、信者」
と述べた後、自分を指さし。
「私は、信者じゃない」
そのように、もっともな回答をした。
信仰心がなく軍人や王族としての立場が確立しているクレンより、まだどこにも属していなく信徒でもあるセラのほうが、教会としては歓迎すべき存在であった。
――ところが。
「私、……にわか信者なんですけど」
唐突に、とんでもない告白を口にするセラ。
これにはクレンも驚愕するしかない。
呆気に取られながら、彼女は聞いた。
「え??
修道服を毎日着てるし、教会にも頻繁に通ってるじゃない?」
「修道服は着慣れてるから、いまさら手放せないというか……。
教会も単に雰囲気が好きで落ち着くという理由だけで、お邪魔してます」
けっこう長い付き合いのクレンであったが、今になってセラの割といい加減な一面を目撃する機会を得たようだ。
彼女は意を決して、最も根本的で重大な質問をする。
「えーっと、あのさ……。
空の女神様への信仰心とか、ある? あるわよね?!」
真剣な顔のクレンに圧倒されながら、セラは目を逸らし、小声で答えた。
「あるかもしれないし、ないかもしれない。
……そんな儚い気持ち」
言葉を濁すセラに対して、明確な答えを要求するクレン。
重い空気に耐えられず、セラは「ないです」と正直な気持ちを打ち明ける。
その話に頭を抱えつつ、クレンは言った。
「……にわか信者の件は、隠しておきましょう。
絶望する人間がたくさん出てしまうから」
「わかりました」
セラも同意する。
教会の重鎮やセラを敬う信者が耳にしたら、卒倒しそうな話だ。
真実を伝えないほうが得策と言える。
軍人派と教会派、この2派には溝がある。
前者はクレン、後者はセラを象徴として立て、権力を増そうとしている。
必然的に、彼女らは互いに距離を置くことが要求される。
「学校で見かけても、私を無視しなさい」
クレンが唐突に、残酷な言葉を告げた。
「そんな……」
残念そうな瞳を向けるセラに対して、顔を背けながらクレンは言う。
「私たちは対立すべき存在。
そうする事で、様々な物事が上手くまわるわ」
セラは悲しくなり、下を向いた。
クレンとは本当の姉妹のように接していた。
だから無視されたり、反発したりするのは、単純に辛い。
だが、泣きそうなセラを見て、クレンはフォローする。
「また、ここで会えばいいじゃない?
それに、この状況を放置するつもりはないの。
私が必ず解決するわ」
それから、彼女は目を細めて優しく微笑んだ。
「セラ、覚えておいて。
私は、あなたのために何でもする。
自分の命と引き換えにしてでも、助ける。
――そうするだけの理由が、私にはあるんだ」
最後に彼女は、セラの方を見据えて。
「だから、私を信じなさい」
そう、力強く言い放った。
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