第四話 パラレルワールドとは

由希「美味しい話にロクなことはないわ。」


男「その通り。実用化された、と言っても失敗もあるのです。

ちょっと仕組みからお話させてください。」


男「例えば、今朝、あなたが朝食に、

パンを食べたか、それともごはんを食べたか、によって、

パンを食べた世界線と、ごはんを食べた世界線に枝分かれしていきます。

これがパラレルワールドの考え方です。

そしてそれぞれの世界線では、その後の出来事が変わってくるのです。

パンを食べた場合、昼食前に空腹になり、

お菓子を食べたり、もしくは我慢して食べなかったり。

そこでまた枝分かれ。

食べなかった世界線では、空腹が影響して、

仕事を失敗したり、しなかったり。

このように、どんどん世界が枝分かれして、

それぞれがそれぞれの世界線での現実となっていくのです。

無数のパターンの現在が、平行して存在しているのです。」


男「地球人類ひとりひとりの一挙手一投足だけでなく、

動物や昆虫、微生物やウィルスまで、

その行動の一つ一つが把握され、

その違いが選択された瞬間から世界が枝分かれして、

別々の世界線、パラレルワールドが生まれるのです。

こうした状況がなぜ発生するのか、

我々の9次元世界でもまだ解明されていないのですが、

さらに高次元の文明によって操作されている、と言う仮説もあります。」


男「さて、こんな具合ですから、

例えば10年前に分岐して現在に至るパラレルワールドの数は、

もう、とてつもない、まさに天文学的な数字の数です。

その中から、希望する結果の世界を探すことは、

それはそれはもう、とてつもなく困難なことなのです。

しかし、これを実現したのが、当社のサービスのセールスポイントなのです。」


男「ただし、成功率は今の所84.6パーセントで、失敗もあるのです。

成功例として自負しておりますのは、

広島、長崎の悲劇が回避された世界や、

恐竜が絶滅していない世界へご案内した実績もあります。

ただ、失敗の一例ですが、

在籍している大学に、合格できなかった世界へ行ってしまったり。

第三次世界大戦の真っ只中へ行ってしまったり。

そう言った事例もある事をご納得いただいた上で、ご利用ください。」


男「まずはお薦めとして、極近い世界線への転移がよろしいかと。

比較的、最近枝分かれしたばかりの世界なら、

根本的な大きな相違点は、極々小さなはずですので、

その辺りからお試しいただければ、と存じます。」


由希「そういって、いくらお金を巻き上げるつもり?」


男「費用はかかりません。完全に無料です。

実際、あなた方の実態貨幣は、我々には意味がありません。」


由希「体で払え、とか、内臓よこせ、なんて話じゃないの?」


男「ありません。

過去の地球では、魂よこせ、と言う、

死神とかを名乗る悪徳業者もありましたが。

うちの場合は、心配ご無用。

ご利用後のあなたのご感想をお聞きしたいだけです。」


由希「アンケートなの?」


男「ちょっとスキャンさせていただくだけです。」


由希「また頭の中をのぞくのね。」

「でも、そうすることで、あの子は死なないで済むの?」


男「事故がなかった世界へあなたをお連れするのです。」


由希「事故が起こった世界を、

事故がなかったことに変えることはできないの?」


男「それはできません。過去を変えることはできません。」


男「でも、事故前の分岐点までさかのぼれば、それ以降には、

事故が起きた世界線と、

事故が起きなかった世界線と、それぞれの現在が存在しています。」


男「それぞれの世界線の間を移動可能とするのが当社のサービスです。

あの事故が起きた、この現在から、

あの事故が起きなかった、向こうの現在へ、

転移するのです。

希望の出来事が実現している世界が、あなたの新しい世界になるのです。」


由希「よくわからないけど、とにかく、

私の目の前で、男の子は死ななくて、

あのお父さんが悲しまずに済むのね。」


男「それが現実である世界へあなたをお連れできます。」


由希「なんだか、私の自己満足のためにサービスを受けることにならない?」


男「不都合な過去を無かった事にして、

満足の今を実現するのが当社のサービスです。」


由希「いいわ。お願いする。あのお父さんが悲しむのを見たくない。」


男「ご依頼ありがとうございます。

では、あの事故の前に分岐した世界線の中から、

事故が無かった世界線へお連れします。

今回の転移では、計算上は、96.4パーセント以上で事故は回避できるはずです。」


由希「それでいいわ。どうすればいいの。」


男「では、最寄りのムーブポイントをご案内します。」


由希ゆきは、なんらかの金属のような小さなカードを受け取る。

男「このカードには、行き先の世界線への情報が記録されています。

これを手にして、ムーブポイントを通過すると転移が起こります。

目的の世界線へ一瞬で移動できるのです。」


男「ただし、転移後の世界線での、その他の事態の変化には、

我が社は責任を持ちませんので、

くれぐれもご理解の上、お願いいたします。」


由希「わかりました。親子の悲劇が回避できるなら。

では、行きます。」


男「ご機嫌きげん うるわしゅうように。」


由希「《確かに言葉使いは、日本語ネイティブではないな。》」

妙な納得。事故の後、初めて顔がゆるんだ由希ゆき

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