第2話 最後の日

 ――とまぁ、そんなどうでもいい記憶を、中学最後の日に思い出し、私は久々に屋根裏部屋へと足を運んだ。暗い暗い真夜中、先輩がくれたランタンを持って、たったひとりでやって来た。


 あの時と同じように座ると、壁に寄りかかった。天窓から覗く月を眺め、静かに息を吐く。


 先輩の中学最後の日――私に毎日会いに来ると言って、この寮を出ていった。なのに、まったく顔を出さなかった。


 本当、最低な女だと思う。


 私は別に、あの人に会いたい――なんて気持ちは全くもってなかったけれど、発言した内容には責任をもてと強く、そう強く言いたい。会いたくもない私が、今日こそは来るかもしれないと"そわそわ"してきたのだ。その罪はあまりにも重い!


 中高一貫とは言え、高校と中学の建屋はかなり離れており、流石は広大な敷地だと感心してしまう。中学と高校で一緒になり何かを行うイベントはなく、距離も離れていれば偶然会うなんてことはまずありえない。


 そのため、先輩とはもう――1年近く会っていない。


 好きだと言った相手に、手紙ひとつすら送らない。同室の子なんて、別の先輩たちから何通もお手紙を貰っていたというのに。


 だから――先輩に会っても私からは絶対に話しかけないし、すぐには返事だってしてやらない。


 私は先輩に復讐してやるのだ!


 ハハハ――と、笑おうとしたとき、階段の上る音を聞いてしまった。そのため、私の身体は情けなくも固まってしまう。


 ありえないのに、先輩の顔を思い出した。


 そして――入ってきた人間の顔を見て、私は脱力してしまう。


 その正体は、先輩でも――ましてや先生でもなく、同室の奈々香だった。


「ごめんね、愛しの月乃先輩じゃなくて」


 私は奈々香に向かってランタンを向けた。


 ニヤニヤしている。


 本当、この子にも――3年間色々と苦労させられてきた。まぁ、先輩ほどではないけれど。


「その言い方、止めてって何度も言ったでしょ」

「ごめんごめん」


 奈々香は明るく言うと、私の隣に座った。


 私は学年一背が低く、奈々香はだいたい真ん中ぐらい。それなのに、もっと背が高くなりたいとか――まぁ、気持ちは分かるけれど、私の目の前ではそんなこと言わないで欲しい。私としては、彼女ぐらい背が高ければ満足なのに……。


 奈々香は、目がくりくりと大きく可愛らしい子だ。ポニーテールも、活発な彼女にはよく似合っている。勉強もでき、スポーツも万能。私と違い明るい性格で、面倒見もよく、友達も多い。


 彼女には色々と困らされてきたけれど、奈々香が同室で本当に良かったと思う。そんなこと――口がさけても言うつもりはないんだけどね。


 寮は2人部屋で、その相棒とは中高合わせて6年間一緒の部屋となる定め。高校になると、別の寮へ移動となる。なのに、相手は変わらない。そのことについて不満などないが、そうでもない人間は何人か知っている。


 この中学へ入る前アンケートを取り、その内容で相手が決まるらしい。けれど――当然、合わないペアも出てくる。その場合、6年間とんでもない地獄だと思う。今まで何組ものペアたちが相手を替えて欲しいと学校側に直談判したことがある。しかし、ただ一度たりともその願いが叶ったことはない、らしい。


 合わない人間と6年間も同じ部屋――本当、考えただけでも恐ろしい話だと思う。


「それにしても、本当に今日で最後なんだよねーここも」


 奈々香はため息を吐くと、天窓の方へと顔を上げた。


「何よ、寂しいの?」


 私は、意外だと思った。


 いつも、前向きで明るい奈々香の台詞とはとても思えないからだ。


「そりゃーそうだよ。新しい場所への期待と楽しみと同じぐらい、ここへの愛情と哀愁を感じてしまうんだから」


 その気持ち、分からなくもない。


 私だって、哀愁を感じたからこそ――昔を思い出し、この場へと赴いたのだから。


 それが、あの先輩との思い出の場所――っていうのは、何か釈然としないものを感じてしまうけど……。


「澪は今、月乃先輩のことしか頭にないんだろうけどね」


 そう言って、彼女は笑った。


「……奈々香」

「あはは、ごめんごめん、そんなに怒らないでよ」

「謝られている気がしないんだけど?」

「そんなことないって、本当に悪いって思ってるから」


 ――と、全く悪びれた感じもなく言われた。


 私はため息を吐く。


 まぁ、このやり取りにもずいぶんと慣れてしまった。


「でもさー楽しみだよね、スール制度。していない人たちも結構いるみたいだけど」


 別名、姉妹制度。


 高校の入学式の日に、学校側から名前を刻まれた懐中時計を手渡される。それを交換し、上級生と下級生で姉妹の契りを結ぶ。そして、疑似姉妹ごっこが始まる――というわけだ。


 それは――高校だけの風習。


 だからこそ、特別だと憧れる人間がちらほらと。


 まぁ、私にはよく分からない感情だ。


「澪は、月乃先輩から誘われたら妹になるの?」

「絶対に、ならない」

「あぁ、そうなんだ」

「そんなの当たり前だから。そういう奈々香は?」

「私? 私が、月乃先輩に誘われたらってこと?」

「べ、別に月乃先輩は関係ない」

「そうだなー、どうなんだろ?」

「なによ、それ」

「あはは、ごめん。でも、本当に分からないなぁーと思って」

「何が分からないの?」

「だって、姉妹ってなんだろうって思ってさ」

「ん?」

「だって、家族がいない私たちで疑似の家族を作る――それって、難しいことだと思うんだよ」

「……」

「だって――私は家族を知らない。分からないことは、ずっと分からないままだから」


 私は、何かを言おうとして止めた。 

 

「あはは、ごめんね。なんか変なこと言って」


 奈々香は急に立ち上がった。


「もう、いい時間だし、そろそろ戻らない?」


 奈々香の言葉に、私は頷くと、重い腰を上げた。


「でもね、ある意味――澪は、私にとって妹みたいなものなのかもしれない」

「は? そんなの、ありえないから」

「そうかな?」

「だって、あなたの方がどう見ても妹だから」


 その言葉で、何故か笑い出した。


「何で笑うのよ」

「さぁ、なんでかな」


 私はムッとしながらも、口を閉じ――扉を開けた。

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