深い森の奥にあるこの女学園には昔からスール制度があるけれど、私は絶対に先輩の妹になんてならないから!

tataku

第1話 私と先輩

 これは――私が中学1年生だった頃の記憶。


 アネモネ女学園。


 中高一貫の女子高であり、全寮制。


 その学園は深い森の中にあり、黒く聳える鉄格子は私たちを閉じ込めるための檻のように感じる。


 電気はなく――殆どが自給自足の生活。


 親のいない孤児が集う場所であり、国により運営された学園。


 入学して数か月。私の精神状態は少しだけ不安定になっている。そんな私から見れば、この学園はまるで収容所のようだった。


 だけど先生は、ここを楽園だと呼んだ。


 確かに、それも一理あるかもしれない、とは思った。


 だってここは、おとなしい子供ばかりで、それほど問題児はいないから。


 だから、仲良くはできている――と思う。


 でも、ここへきて半年。


 さすがに帰りたくなった。


 帰りたいと思った。

 

 帰る場所なんてないのに、私は帰りたいと思ってしまったのだ。

 

 私は自分の感情を抑えられなくなり――深夜、部屋を抜け出した。


 埃っぽい屋根裏部屋で、私はひとり泣くこととなる。


 そこは3畳一間の小さい部屋で、昔は悪い子供を閉じ込めるための監禁部屋として使用されていた。


 だけど今は、誰も近寄ることすらしなくなった。


 それは、夜な夜な幽霊がでるようになったからだと――先輩は言った。周りの子はかなり怖がったけれど、私は馬鹿馬鹿しいと鼻で笑った。


 私は今、そんな部屋でひとり泣いている。


 声は押さえていたと思う。


 だけど、長いこと泣いた。


 しかし、なかなか泣き止む気配がないなぁーと、自分のことながらそう思った。


 辛くて上を見上げる。


 天窓から、満月が見えた。


 美しいと思う。


 でも、私にはあまりにも遠い。


 ふと、階段を上る音がした。


 思っていたより、音が響く。


 私は必死に声を押さえた。


 見回りの先生かもしれない。


 でも、こんなところまで来るものなの?


 私は焦った。


 だって見つかれば、きっと――ただでは済まないから。


 だけど、隠れられる場所なんてない。


 打開策も見つからないまま、扉が開いてしまった。


 光で、私の目がくらんだ。


 ランタンの光が、私の方へと向けられる。


 怯え、縮こまった私の姿を見た人間は、先生ではなく――先輩だった。


 首を傾げているのに、何も尋ねてこない。


 何かあればすぐに軽口をたたいてくるのに、今は珍しく口を閉じている。


 嫌いな、先輩。


 私より1個上。


 名前は、月乃真宵。


 なんか軽くて、いい加減で、よく寮の仕事をさぼり、女の子が大好きな変態女。


 認めたくはないけれど、すごく美人でスタイルがいい――だからこそ、困ったものである。セクハラされても、嬉しがる女子が一定数は存在してしまうから。


 そのため、この人はすぐに調子に乗ってしまうのだ。


 そして、私をよくからかってくる最低な女。


 私は背が低いことを気にしている。それを見て、ちんちくりんで可愛い――と言うこの先輩は本当に嫌な奴だし、馬鹿な人だと思う。


 可愛いと言えば何でも許されると思っているこの人は、本当にどうしようもない人間だ。


 私は足を抱きしめ、額を両膝の上に落とす。


 早く、どこかへ行ってくれますようにと――私は、そう願った。


 だけどその願いはむなしく、その先輩は私の隣に座り込んだ。


「ここ、いい場所でしょ? 少し埃っぽいけどいい場所だと思う。なにより、この天窓から覗く月を――私は気に入っている」

「いつもみたいに――私を馬鹿にしないんですか?」

「何で?」


 その言葉は予想外で、私は顔を上げた。


 月と――ランタンの光に照らされた先輩は、いつものふざけた顔ではなかった。


 黒く絹のような髪が床に垂れている。それが、すごく気になった。だって、本当に綺麗な髪だから。

 

 前髪は極端に短く切られている。それが似合ってしまうのは、この人が、本当に美人だからだと思う。私では、この髪型は絶対に似合わない。


 見た目だけなら――先輩は、お嬢様だと思う。


 窓際の儚き、美しきご令嬢。


 口を開かなければ――そう、見えてしまう。手を伸ばさなければ、今すぐ月に攫われてしまうかもしれない。


 私と同じ、シンプルなワンピースのパジャマを着ている。なのに、なんでこの人はこんなにも――。


 切れ長の目が、私をじっと眺めていることに気づいた。


 今日は涼しい夜のはずなのに、何だか身体が熱くなってきた。


「な、何でって――私、泣いてたんですよ?」

「だから?」

「だから――」


 私は言葉が続かず、目を逸らした。


 つい――盛大に、鼻を啜ってしまう。


 恥ずかしさに襲われた。


 しかし、先輩は特に気にした風はない。


 彼女は天窓のほうへと、再び視線を向けた。


 つられるように、私も同じように顔を上げてしまう。


「素直に泣けるあんたが、私は羨ましいけどね」

「……何ですかそれ、馬鹿にしてるんですか?」

「違うって、あんたは素直なんだか捻くれてんだか分かんないわね」


 そう言って、先輩は珍しく苦笑した。


 それを――私は、嬉しいと思ってしまった。

 

「そんなの、先輩のせいですから」

「へー、私のせいなんだ。まぁ、それなら光栄な話だけど」

「何ですか、それ。先輩はやっぱり馬鹿な人ですね」

「なんであんたはいつも、私にだけは辛辣なのよ?」

「だって、先輩以外はみんな――いい人ですから」

「あらら、それは残念」


 先輩はいつものように、おどけて見せた。


 その姿で、私は再び腹が立ってくる。


「私は去年から、よくここに来てたんだけど、今日からはあんたに譲ってあげる」

「え?」

「だから、引き続き泣いて感謝するといい。この私にね」


 そう言って、先輩は立ち上がる。


「ついでに、ランタンもあげる。私って、本当にいい先輩だ」


 そう言って、先輩はここから出ていこうとする。


「な、なんで、いつもみたいに馬鹿にしないんですか?」


 私は、同じ質問を繰り返した。


 先輩は、首を傾げる。


「馬鹿にして欲しいの?」

「そ、そういうわけじゃないですけど――いつもだったら、絶対馬鹿にしてきたじゃないですか」

「うーん、私は別に――馬鹿にしてきたつもりなんてなかったんだけどなぁ」

「う、嘘ですよ、そんなの」

「嘘じゃないって。ただ可愛がってただけ」

「それを、馬鹿にしてるって言うんですよ」

「そうなの?」

「そうですよ、そうに決まってますから」

「ふーん、そうなんだ」


 先輩は何が可笑しいのか、くすくすと笑っている。


 なぜ私はこんなにも、この人に対して腹がたつのだろうか?


「だ、だから、私は先輩のこと――大嫌いなんです」

「へー、そうなんだ」


 相変わらず、何を言ったって――この人には届かない。だから、本当に腹が立つ。


「私は、あんたのこと――結構、好きなんだけどなぁ」

「はぁ!?」


 私は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「あらら、残念。その様子じゃ、どうやら私の気持ちが全く伝わってなかったみたいね。それなら、これからはもっとあんたに、愛の言葉を囁いてあげる。だから、これからは覚悟しておくことね」


 そう言って先輩は、笑いながら手をひらひら振ると――この部屋から出ていった。


 何?


 いったい何なの?


 顔が熱くて仕方がない。


 私は、自分でも分からない感情で心がぐるぐると回転した。


 いつも私は、あの人に振り回される。


 だから、私はあの人のことが大嫌いなんだ。


 明日は絶対、あの人とは会わない――そう、決めた。


 なのにさっそく、あの人は厚かましくも夢の中にまで現れ――私のことを好きだと言った。


 早朝、私は我慢できずに呻いてしまい、同室の子に怒られてしまった。


 本当、先輩はとんだ疫病神だと思う。

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