最終兵器
@n-nue
最終兵器
違う時代に生きた4人の勇者が神により天上に集められた。
1人目は伝説の戦士、2人目は伝説の魔導士、3人目は伝説の僧侶、4人目は伝説の盗賊。
「ここは…どこだ!?」
「生き返っている!それも若い…!?」
4人とも状況が呑み込めず困惑していた。
この4人全員に共通すること…それは
間違いなく「世界最強」であったことと
4人ともすでに他界していること。
どこからともなく声が聞こえる。
『4人の勇者よ、私は神だ。』
声の主が神と知り4人は一斉に跪いた。
『天寿を全うしたお主たちを呼び寄せたのには理由がある。世界は今、魔王により支配されている。』
神の言葉を聞き4人は目を見開いた。
4人それぞれが亡くなった時点では、世界は平和だったから。
『魔王の力は強大であり、現生に生きとし生ける者では到底太刀打ちできない。そこでお主たちを召命した。』
4人は、それぞれの力が最大となっていた年齢で召命された。
武器も防具も最高の物が手配され、旅の資金も使いきれないほどある。
しかし、この4人をもってしても魔王を倒すことはできないと神は言う。
ではなぜ召命されたのか…?
◇ ◇ ◇
神と魔王は同じ命種から生まれた。
神は命種の核から形成され全知全能として世界を作っている。
魔王は命種のかけらから生まれ、本来は神に仕え右腕となるべく存在であった。
しかし野心に駆られ命種のかけらが闇に染まり、魔王と化し地上に落ちた。
神と魔王は同じ命種から生まれているため、互いに直接の干渉が禁忌であり、物理的にも不可能。
そこで神は、魔王の命種のかけらを浄化するための『最終兵器』を生み出した。
4人に与えられた使命とは…
その『最終兵器』を魔王の前まで安全に運ぶこと、すなわち「護衛」である。
『最終兵器』を託された世界最強の4人は、使命を果たすため新たな冒険へと旅立つ。
◇ ◇ ◇
「おい!もっとマシな飯だせよ!」
椅子にどっしりと腰掛けた男が不満げな顔で目の前の食事をスプーンで小突いている。
態度はでかいが、かなりの美男子だ。絹のような髪がサラサラと動く。
どこか儚さを漂わせた雰囲気に反し、やたらと横柄だ。
「嫌なら食べなくてもいいですよ。」
戦士はこの男の態度に辟易し、皿を下げようとした。
「食わないとは言ってないだろ!触るなよ!」
男は「しっしっ」と戦士を追い払い、ブツブツと文句を言いながら食事をしている。
戦士は呆れながら隣の部屋へ移動した。
◇ ◇ ◇
「またレッドのわがままか…」
盗賊が声かける。
「この地方は食べ物が不足しているし、貴重な食料なんだが…」
戦士は肩を落とした。
「いつものことですから。放っておけばいいと思いますよ。」
魔導士は魔法書を読みながら淡々と話す。
「そうだな。レッドに真剣に関わると身が持たない…。そういえば僧侶は?」
戦士は辺りを見渡した。
「レッドに命令されて買い出しに行ったぞ。なんでも風呂にハーブを入れたいとか…」
盗賊がやれやれと肩をすくめた。
「はぁ…」
戦士が深いため息をつく。
◇ ◇ ◇
遡ること…神の御前。
一通りの説明をもらった4人は神から最終兵器を紹介された。
男が歩いてくる。一糸まとわぬ姿で胸には赤いマークが刻まれている。
歳は20代半ば、真っ白と言っても過言ではないほどの透き通った肌、風が吹けば飛んでいきそうな細見の体格、手足は長く、繊細で、すぐにでも壊れてしまいそうに思えた。
これが神の生み出した『最終兵器』だ。刻まれた赤いマークからレッドと名付けられた。
この男が世界の命運を握っている。
4人は命を懸けてレッドを護衛しなければいけない。
◇ ◇ ◇
「神もどうせ生み出すなら可愛い子にしてくれたら守り甲斐もあるっていうのに…お前もそう思うだろ?」
盗賊は椅子の背もたれに反り返りながら魔導士を見た。
「容姿など入れ物にすぎません。しかし、あの性格は…目に余ります。」
魔導士は書物から目を離すことなく淡々と答えた。
「きっと神にもお考えがあったのだろう…。それよりも一刻も早く魔王城まで行き使命を果たそう。」
戦士の言葉にその場にいる皆が同意した。
最強の力を持った状態で召命された4人にとって、道中の戦闘は容易いものだった。
このままいけばすぐ安全に城までいけると考えていた。
そう、4人だけなら…
◇ ◇ ◇
「ギャーーー」
レッドの部屋から悲鳴が聞こえる。
皆が瞬時に戦闘態勢になり扉を開けた!
部屋の様子に変わった所は無いが、レッドは隅で小さく丸まっていた。
「何があったんですか!」
戦士が駆け寄る。
レッドは震えた手で部屋の真ん中を指さした。
「む、む、虫!!ギャーーー!」
レッドは先ほど見た虫を思い出して悲鳴を上げ頭を抱えた。
「女子かよ…」
盗賊は呆れたようにつぶやき部屋を出ていった。
戦士は少し考えて、魔導士に言った。
「呪文でレッドに虫が寄り付かないようにできないか?」
魔導士は魔法書を開き呪文を唱えた。
「これで半径5メートル程は大丈夫かと。」
そういうと魔導士も部屋を後にした。
「レッド、もう大丈夫です。」
戦士はレッドを抱えてゆっくりと立たせた。
レッドは咳払いすると戦士の手を払いのけた。
「そういう魔法があるなら最初からかけておけよな!気が利かない奴らだ!」
(落ち着け、相手にしたら負けだ…)
戦士は心の中で何度も繰り返す。
レッドはソファーにどっしりと腰を下ろす。
「なんか面白いことないか?毎日つまらねーよ。」
戦士は冷静に答えた。
「そんな暇はありません。この世界を救うためにすぐにでも出発しましょう。」
しかし結局この日…レッドは駄々をこねて動かなかった…
(あー!戦闘より面倒くせぇー!)
戦士は頭を抱えた。
◇ ◇ ◇
レッドは神から何の使命も受けていないという。
その証拠に、これからどこに行くのか何をするのかも全く理解していない。
魔王の倒し方を聞いた時も、一言「知らん」と言って4人を唖然とさせた。
神は4人に「魔王の前にレッドを連れていくだけで良い」とおっしゃった。
しかし当の本人は何も知らずに存在している。
4人は作戦会議を行った。軟弱なレッドをどうやって守るか…
「虫さえ殺せないレッドに魔王を倒せるのか?」
盗賊が眉間にしわを寄せながら話す。
「先日、子供でも勝てるスライムに襲われて死にそうになっていましたよ。」
魔導士は窓の外を見ながら言った。
「昨日の夜、一人でトイレにいけなかったようで、夜中に起こされました…」
僧侶の言葉に全員が唖然とする。
(レッドには秘めた力があるのか?いや、ないか…)
戦士はこれまでのレッドの行動を思い出し首を横に振った。
レッドは正直足手まといだった。
箸より重いものは持てない程に非力なのに、目を離すとすぐに勝手な行動をとる。
しかし、放ってはおけない、死なれては困るのだ。
レッドを守るために、見張りとして常に一緒に行動する者が必要ということになった。
「俺がやる。」
戦士が名乗りを上げた。後に戦士はこの行動を深く後悔する。
敵の少ないルートを先回りして調べる役を盗賊、
身の回りの品の買い出しを僧侶、
お金の管理、進度や計画は魔導士、
食料や寝床の調達等はそれぞれ手の空いた者が担うことになった。
当初の予定では1ヶ月もあれば楽に魔王城まで行ける計画だったが…
◇ ◇ ◇
次の日、4人が街を出る準備をしていると部屋にレッドが入ってきた。
「今夜ここでパーティーするぞ、合コン♪酒と食事、頼むな!」
唐突なレッドの言葉に一同驚く。
「今日この街を出発するって以前から伝えていましたよね?」
いつも優しい口調の戦士の語尾が強くなる。
「仕方ないだろ、2日前に表で声かけられてさ!女子10人、よろしく!」
ひらひらと手を振り、口笛を吹きながら部屋から出ていく。
戦士は強く握ったこぶしを震わせる。
(出発の準備はできていたのに!)
盗賊は戦士の気持ちを汲み取りなだめるように肩をポンッと叩いた。
「俺は酒を買ってくるな。」
「自分は食料の調達をしますね。」
僧侶は持っていた荷物を下ろした。
「誰も来ませんよ。」
魔導士も荷物を下ろしながら言った。
「えっ?」
3人は驚いて魔導士を見た。
「昨日レッドにかけた呪文は通称人払い。虫だけじゃなく私達以外の生きるものを払いますので誰も近づけません。効果は2~3日程度です。ただ、魔物には効果がありませんので、護衛は引き続き必要です。」
「わかった、助かったよ。魔導士ありがとう。」
レッドのバカ騒ぎが始まらないと知って戦士は胸をなでおろした。
魔法の事をレッドに気付かれないようにするため、ある程度パーティーの準備はしておくことになり、少量の酒と食料を買って部屋のセッティングを行った。
「酒が少ない」だの「食料がしょぼい」だのとレッドは文句を並べたが、何とかごまかした。
― 数時間後 ―
魔導士の言う通り誰も現れなかった。
レッドは「遅い!」とイライラしていたが、待ちきれず酒を飲み早々に眠ってしまった。
(俺たちは何をしているんだろうか…)
戦士は悔しさを感じていた。
今日の様にレッドに予定を狂わされては、益々到着は遅れてしまう。
世界は魔王によってゆがめられ、魔物によって街の外は破滅状態。そして魔物に捉えられた人間は奴隷のような扱いを受けている。平和とは程遠い。
このままで良いわけがない。世界を取り戻さなければ!
戦士はみんなを集め作戦を練り直すことにした。
◇ ◇ ◇
レッドの扱い苦労している現状をどのように打破するか…出た案をまとめると
・レッドの苦手な虫を使って歩かせる
⇒更に厄介なことになりそうなため却下
・ずた袋に入れて運ぶ
⇒非人道的ではないか?ということで保留
・レッドの女好きを利用、女を雇って上手く操る
⇒女まで足手まといになる可能性があるため却下
・一度殺してから運んで、魔王の前に行く直前で僧侶の復活呪文で生き返らせる
⇒作戦がエグ過ぎるため却下
・魔導士の呪文でレッドを瞬間移動させる
⇒魔導士に夢見すぎとのことで却下
・役割を与え責任感を持たせることで成長を促す
⇒全員が首をかしげたが、一か八か役割を与えてみようということになった。
◇ ◇ ◇
次の日、飲み過ぎて二日酔いのレッドが昼過ぎに起きてきた。
「なんだよ全員で改まって…面倒な話なら聞かないからな。」
レッドはソファーに寝転がり欠伸をする。
戦士がゆっくりと話し始めた。
「魔王城までの道のりを楽しむために、レッドも何かやりませんか?」
「何か、ってなんだよ。」
レッドはだるそうに答えた。
「冒険のパーティーには役割があります。何かやってみたい職業があれば…」
戦士は白紙を取り出しテーブルの上に置いた。そこに魔導士が職業の一覧を呪文で記す。
「おー!こんなにあるのか!占い師、踊り子…面白いな!俺にピッタリな役職は…」
レッドの目が留まった所を見て戦士は慌てた。これはヤバい!
魔術師も気付き、記した文字を一瞬で消し去ったが…時すでに遅し。
「決めた!『遊び人』だ!」
盗賊が天を仰ぎ、僧侶はがっくりと肩を落とした。
戦士は冷静を装い話を続ける。
「あ…遊び人は、遊ぶことが仕事ではないですよ。遊び人は賢者になることができる職業、そして賢者とは魔法を極めたものの上位職。まずは人として成長が必要です。」
「魔法を極めた…じゃあ賢者は、こいつとこいつの上位互換ってことか?」
レッドは魔導士と僧侶を指さした。
魔導士の眉間に皺がより、僧侶は驚いた顔をした。
「2人は世界最強の大魔導士と大僧侶…そもそも毛色が違いますね。賢者は、街にいる僧侶や魔法使いより上です。」
レッドは少し不服そうだったが、『遊び人』になることになった。
「よし!思いっきり遊ぶぞー」
レッドは両手を高く上げて背伸びをする。
「違いますよ!パーティーの仲間になったら勝手な行動はできません。遊び人は自分の存在意義や使命に向き合い、精神的に成長しなくては…!」
戦士の説明を聞かず、レッドは外に飛び出していった。
「あっ!プランBに変更です!」
戦士の言葉に呼応して全員が家を飛び出す。大きな「ずた袋」を持って…
◇ ◇ ◇
次の街に到着したのは明け方だった。
ずた袋が暴れ、街では人さらいではないかと疑われるし、何より持ち運ぶのにかなり苦労した。
暴れ疲れたのか途中から寝息が聞こえだし、これ幸いにと行ける所まで移動した。
宿屋についてレッドをずた袋から出すとものすごい剣幕で怒鳴り散らし、5軒先から「うるさい」と苦情が来た。
「今度、俺を雑に扱ったら魔王城に絶対に行かないからな!お前ら全員、神を失望させ怒りにふれろ!馬鹿どもが!!」
憎たらしい…しかしレッドを安全に魔王のもとへ連れていくことが使命なのも事実…
4人は何も言い返すことが出来なかった。
この一件は、レッドを余計に調子付かせることとなる…
◇ ◇ ◇
「戦士!お前の剣でこのパンを8枚切りにしろ!ハムは薄切りだ!綺麗に等分だぞ!」
「魔導士!魔法で肉を焼け!中はレア、外は程よく、硬かったらやり直しだ!」
「僧侶!回復魔法で全身をピーリングしろ!美白を保て!身体に良いもの作れ!」
「盗賊!あそこの女の下着盗んで来い!」
「おい!なんで俺だけ下着泥棒なんだよ!できるか、そんなこと!」
盗賊の態度にレッドは怒りを露わにする。
「盗賊なら何か良いもの盗んで来いよ!能無しがぁぁぁ!」
戦士が間に入ろうとしたが、盗賊が言い返す方が早かった。
「盗賊っていうのは泥棒じゃねーんだよ!お前は隠し扉見つけられねーだろ!宝箱、開けられねーだろ!俺はそれが出来るんだよ!能無しはお前じゃぁぁ!!」
この後レッドは15日間部屋に閉じこもった…
皆の説得により、盗賊がレッドに連日謝罪し何とか冒険を続けることになった。
◇ ◇ ◇
レッドから毎日のように無理難題を押し付けられたが、4人は必死に耐え忍び、みんなで励まし合い、怒りをコントロールする術を身に着け、大きく成長した。
この境地に達するまで様々なことがあった。
砂漠では…砂で身体がざらざらするからと、レッドが貴重な水でこっそり水浴びをして全滅、教会に戻された。
沼地では…底なし沼の深さを知りたいと、レッドが4人を沼に落とし全滅、教会に戻された。
森林では…毒キノコの威力を知りたいと、レッドがこっそり4人の食事に混ぜ全滅、教会に戻された。
雪山では…雪女を連れてくるまで帰ってくるなと、レッドが4人を吹雪の中に放り出し全滅、教会に戻された。
それも全て過去の事…
今ではレッドのわがままも可愛い戯言と流せるまでに4人は精神的成長を遂げていた。
◇ ◇ ◇
そして、ある朝…レッドが4人にこう打ち明けた。
「もう、魔王城に行ってもいいぞ。」
4人は顔を見合わせた。
とうとうこの日が来た!
どれだけの月日、待っただろうか…
戦士は涙を流し、盗賊と僧侶は抱き合い、魔導士は喜びで膝から崩れ落ちた。
そう、4人はレッドが自主的に向かうまで待つことにしたのだった。
なぜなら…
◇ ◇ ◇
4人は何度も魔王城の前まで来た。
そのたびにレッドは「いや、まだだ!戻る!」と城に入ることを拒否した。
無理やり連れていこうとしたこともある。
しかし、見えない力に阻まれ何度やってもレッドを城に入れることができなかった。
4人は「レッド本人の意思」でないと入れないのではないかと考えた。
何とかおだてて連れていこうとしたが、上手くいかなかった。
疲れ果てた4人は一つの結論に達する。
「待とう」
待つしかない、きっと神は我々の忍耐力を試しておられるのだと…
待つと決めたものの、魔王が牛耳る世界を長時間放置することに憤りを感じ、
「4人だけ」で魔王を倒しに行ってみた。
しかし、瞬殺された。魔王は本当に強かった。
4人は教会に戻されすぐに生き返った。
使命を果たすまで死ぬことが許されない。
魔王城の近くの街に家を構えた。
魔物から人々を守る活動も行った。街の復興にも手を貸した。
使命を果たせぬ今、それぞれの出来ることを精一杯やった。
◇ ◇ ◇
気付けば4人は人間の寿命をはるかに超えて生きていた。
腰は曲がり、髪は全て白髪になった。俊敏な動きなどできやしない。
しかし、使命を果たすため、レッドの気持ちが変わる前に魔王城に行かなければならない。
4人は倉庫から武器と防具を取り出した。どれだけぶりだろうか。
埃をかぶり本来の色が分からなくなっている。
(鎧はこんなに重かっただろうか?)
戦士はゆっくりと鎧に腕を通した。
鎧がどんどん軽くなる。力がみなぎる気がした。
「違う!本当に若返っているんだ!」
4人全員が天上に集められた時の姿をしていた。
「決着をつけるぞ!」
「「「「おぉー!!」」」」
4人は一斉に歩き出した。
◇ ◇ ◇
世界最強の4人はレッドと共に難なく魔王城に到着した。
レッドは魔王城の門に足をかけ、ゆっくりとくぐった。
夢に見た光景だった。
何度も不思議な力で押し戻された…その時のことが走馬灯のように駆け巡る。
でも今は違う!
レッドは間違いなく魔王城に入っている。
4人は胸の高鳴りを感じながらレッドに続いた。
途中、何度も魔物が襲い掛かってきたが、今の4人には相手にもならなかった。
神からの使命を果たす、そのこと以外考える余地などない。
魔王城の中は行くたびに部屋の構造が変わり攻略ができなくなっている。
しかし盗賊が先回りしてその場で地図を作った。
「魔王城は階段を上った一番奥の部屋だ。」
盗賊が地図を指さす。
「俺と盗賊が先を行く。魔導士と僧侶はレッドと一緒に後ろから来てくれ。」
戦士と盗賊が飛び出していった。武器の音が響く。
敵の数は多かったが、久しぶりの戦闘に心が弾んだ。
夢に見た「最後の戦い」なのだ。
これまでずっとエンディングのない物語だった。
俺たちはやっと最後の舞台に立っている。
かみしめるように一歩一歩前に進む。誇らしかった。
あっという間に奥の部屋の前に到着した。
(この扉の奥に魔王が…)
「レッド、大丈夫ですか?」
戦士がレッドの様子を伺う。
「ああ、大丈夫だ…」
いつものレッドと様子が違う?
4人とも違和感があった。あれだけ長く一緒にいた。
レッドの話し方も癖も行動も…何だってわかる、そっくりにマネできる程だ。
(何かが違う…何だ?)
4人は顔を見合わせる。
レッドは今でも虫を怖がるような男だ。
本当に魔王を倒せるのか?秘策があるのか…?
4人の胸がざわつく。
「よし!行こうか。」
レッドが扉に手をかけようとした。その時、戦士がその手を止めた。
「何かあるんだろ?言ってくれよ。俺たち、仲間じゃないか!」
戦士がレッドに問いかける。
「…戦士が、俺に…敬語を使わなかったの、初めてじゃないのか?」
レッドはそういうと嬉しそうに笑った。目から涙がスーっと流れる。
4人とも初めてだった。あんなにも長く一緒に居たのに。
初めて見た…レッドの笑った顔、そして泣いた顔…
◇ ◇ ◇
「レッドはここに居ろ!俺たち4人で行くぞ!」
戦士の言葉に皆がうなずき、レッドを残し魔王の部屋へ入った。
どれだけ月日が経っていても魔王の力は凄まじいものだった。
4人は全く歯が立たず、身体はボロボロで起き上がれる状態にない。
「4人全滅」で自動的にレッドを含めたパーティー全員が教会に連れ戻される。
前回4人だけで挑んだ魔王戦では即死だった。
気付いた時には教会に居て、レッドに「最弱だな、お前ら」って笑われた。
今回もそうなればいい、と4人は思っていた。しかし、まだ息の根は止められていない。
横たわりながら、皆がレッドのことを考えていた。
彼の初めて見せた表情で全員が悟った …生贄…
あんな弱い男が魔王を倒せるわけがない。
分かり切っていたのに…どうして気付かなかったんだ。
だからこんなにも時間がかかったんだ。
レッドは俺たちよりも何倍も大きなものを抱えていたんだ…
どれだけ葛藤と苦悩の日を繰り返したのだろうか
どうやって今日という日を決意したのだろうか
それを想うと涙がこぼれた。
俺たちはレッドを死なせるわけにはいかないんだ…
戦士は自分にとどめを刺そうと小さなナイフを取り出した。
他の3人も同じ行動をしていた。
これだけ長く時間を共にした戦友だ、考えていることは同じだった。
(5人で教会に戻ろう!)
4人が同時にナイフを振り上げた。
その時、扉が勢いよく開いた。
「おい!4人の最弱雑魚どもーー!!俺様の出番だ、よーく見ておけよ!!」
レッドは高笑いした。身体から閃光が走り部屋の中がまぶしい光に包まれ、全てが呑み込まれていく。
「うわぁぁぁ!!!」
レッドの叫び声が響く。
「…り…が…!…じゃあな!」
4人に何を伝えたかったのか…聞き取ることができないまま…
レッドと魔王は、光とともに消滅した。
4人は使命を果たし、世界に平和が訪れた瞬間だった。
嬉しいはずのその瞬間を、4人誰一人として喜んでいなかった。
◇ ◇ ◇
4人は天上に居た。
身体には傷一つない。天上に最初に来た時と同じ状態だ。
『4人の英雄よ、よくぞ使命を果たしてくれた。』
懐かしい神の声を聴き、4人は即座に態勢を整えて跪いた。
『お主たちのおかげでこの世界は救われた。心から感謝の意を表する。』
戦士が代表して答える。
「身に余る光栄に存じます。」
『宴を用意した。今はゆっくりと旅の疲れを癒してくれ。』
4人の前に次々と食べ物や飲み物が運ばれる。
見たこともない豪華な食事に目移りする。
腹は減っているが…手が出なかった。
(レッドなら独り占めしそうだな。)
(このお酒、レッドが喜びそうだ。)
(あんな奴でも居ないと静かすぎますね。)
(レッドのお肌に良いジュースが作れそうだな。)
そんなことより…
((((あと1秒早く、自分にとどめを刺せていたら…))))
5人で教会に居たかった…
悔し涙があふれ、4人共顔を上げることができなかった。
◇ ◇ ◇
むしゃむしゃ…
無神経に食べる音が響く。4人が顔を上げるとレッドが素っ裸で食事をしていた。
「レッド!!」
4人一斉に立ち上がる。
「うるせぇー食事中だぞ。静かにしろよ。」
忘れもしないレッドの話し方。
戦士はレッドに駆け寄った。
「生きていたんですね!良かった…本当に良かった!俺たちのせいで…レッドは死んでしまったと思って…」
涙が止まらなかった。
レッドは食事の手を止めず話す。
「(むしゃむしゃ…)俺のことを…言ってるのか…?」
ワインで口の中の物を一気に流し込んだ。
「俺はレッドじゃない。ここを見ろ!」
胸のマークを指さす。青色のマークが書かれていた。
「俺はブルーだ。神のおっさんがさっき作ったらしい。レッドはもういないけど、あいつの記憶を引き継いでいるからお前たちのことはわかるぞ。」
レッド、いや、ブルーの言葉に4人は目を丸くした。
「レッドはもう…いない…」
喜びから一変、地獄にたたきつけられた気分だった。
(レッドは…俺たち4人を守って消えたんだ…)
◇ ◇ ◇
戦士は涙をぬぐいブルーに尋ねた。
「レッドの記憶があるんですよね?最後にレッドは俺たちに何を言ったのか、教えてくれませんか?」
盗賊、魔導士、僧侶も気になっていたことだった。
様々なことがあったが、レッドの笑顔と涙がいつまでも忘れられない…
「いいぞ!ちょっと待ってな。記憶を引き出すから…死に際だよな…」
ブルーは頭を指でトントンと叩いた。
「あった!再生するぞ。
『…最後死ぬ前に、教えてやる。俺はこの世のすべての遊びをやりつくした。
お前ら4人との生活も、何の刺激もない世界にも心底飽きた。
だから魔王城に行くことにした。
大した力もないくせに「世界最強」とほざいているお前らがクソうざかった。
だからお前らがボコボコにされる所をどうしても見たかった。
俺がすぐに魔王を倒したら、お前らだけ「英雄」ってもてはやされるのは超ムカつくから…
まずはお前らが即死同然まで痛い目に合ってからにしようと思いついた。
ちょっと泣いて見せたら、勝手に熱くなって思い通り暴走して、マジでウケた!
初めて心から笑えた!だがな…忘れるなよ
「世界最強」の英雄はこの俺レッド様だけだ!最弱雑魚どもがぁ!!じゃあな!』
以上だ。」
4人共、スッと涙が引く。
示し合わせたわけではないがブルーを取り囲んでいた。
「一発殴らないとやってられない!」
「俺は一発じゃ無理だ!」
「火あぶりにでもしないと許せないですね…」
「私たちが味わった痛み以上の事はさせてもらいますよ!」
穏やかじゃない言葉にブルーが焦る。
「ちょっと待てよ!俺はレッドじゃない、ブルーだから!」
「「「「いや、もうどっちだっていい!」」」」
「やめろって!神のおっさん助けてくれー!」
◇ ◇ ◇
神は不思議で仕方なかった。
(これこそが神秘なのか…人間が最も嫌うであろう人格を最終兵器に宿し、情が移らぬよう配慮したつもりだったが…。人間には底知れぬ力があるのだな。)
神は英雄4人とブルーに呼びかける。
『仲が良くて何よりだ。英雄たちよ、次の世界ではブルーを頼んだぞ。命種のかけらは、まだまだあるからな。』
「!」
天を仰ぐ4人、
「「「「お断りします!」」」」
END
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