第12話 天使降臨

 シズネは早起きだ。

 夏休みといえばついつい夜型になりがちだが、彼女の場合は夜遅くまで起きた経験がない。

 朝早くに起き、一時間ほど宿題をしたあと家族と共に朝食をとる。


 一方、シズカの家とて基本は夜更かしは厳禁である。

 教会の朝も早いのである。


 シズカは朝の礼拝を済ませると自室に戻り。

 ゲーム機のデバイスを装着する。


「おはー! 今日も元気にゲームだー!」


「う、うん。でもシズカちゃん朝からゲームって不健康なんじゃ……」


「なーに? あたしが不良みたいな事やる訳ないっしょ。こう見えても家は教会よ? パパだって夜遊びするよりゲームならって許可を貰ってるんだから」


 そう、そのゲームが例え悪魔によって滅ぼされた世界観のゲームであってもだ。

 実在しないゲームの世界の悪魔に目くじらを立てるよりも、娘が夜遊びをする不良にならなければ良いという考えだ。


「夜遊び? わざわざ夜に? 暗いのになんで?」


 シズネは夜遊びという言葉を文字通りにとらえてしまっている。


「お、おう、シズネッチ、その知識はまだないのか。

 つまりね。若い男女が夜に密会していけない遊びをするってやつだよ。

 所謂あれよ、不純異性交遊ってやつだよ。シズネッチ保健体育の授業寝てるんじゃないの?」


 もちろん、夜遊びと言っても必ず不純異性交遊に繋がるわけではないが授業ではそう教わっている。


「寝てないよ。でもよく意味が分からなくて。なんでわざわざ夜に遊ぶの? 晩御飯とかお母さんに迷惑だし、そんなに面白いのかなって」


 どうも話が噛み合わない。シズカは一つ踏み込む。

 今まで聞きたくても聞けなかった質問をする。


「……うーん、シズネッチ……話は変るけど。赤ちゃんってどうしたら出来るか知ってる?」


「え? もう、シズカちゃん。そんなこと知ってるよ。保健体育で習ったし。

 おしべの花粉がめしべにつくと出来るんでしょ? でも人間ってそもそもお花じゃないよね。

 あ、でもお母さんが言うには、お父さんみたいに素敵な人が現れたらコウノトリが運んできてくれるって言ってた。

 きっとコウノトリさんがお花を運ぶんだね」


 ……。


 …………。


「――ッ!

 うっ……嘘っ……だろ?

 …………くっ、シズネッチが箱入り娘なのは昔から知っていた。

 だが、その箱、通販ガンジスの量子真空梱包ばりのガチガチ過剰梱包じゃないか!


 ……い、いかん。これはピュアピュア過ぎて…………。


 ああ、神様。なんてことでしょう。私の前にこんな天使様を授けてくださるなんて……」


 シズカはシズネの正面で跪き、十字を切りながら祈ること数分。


「もう、シズカちゃん。さっきから変なこと言ってる。

 ……でもお祈りの邪魔はしちゃだめだよね。

 シズカちゃんの目の前にいる天使様ってどんなお姿なんだろう。私も祈れば見えるのかなー」


 シズカの真剣に祈る姿は、シスター服を着たプリーストの女性アバターなので余計に神聖な感じがただよう。

 あまりの神聖さにシズネは見とれるのみだった。


 そんなやりとりの最中、他のプレイヤーが二人に近づいてきた。


「あれ? 新しいNPCかと思ったでござるが、このシスターさんはプレイヤーだったでござる。

 でもその所作、間違いなくガチ教会の人でござるなぁ」


「兄さん。プレイヤーと分かったなら、すこし離れろよ。距離が近い、セクハラで訴えられても知らないぜ!」


 どうやらシズカに近づいてきた二人組の男性プレイヤーは、シズカをイベントNPCだと勘違いしていたようだ。


「シ、シズカちゃん……なんか、人が来てるよ? 目を開けてよ……天使様! ごめんなさいシズカちゃんを現実に戻して!」


「うん? どしたん? 天使ってシズネッチの事で、……って、なんですか! あなた方は!」


 目を開けたシズカの前にはテンプラーの男性アバターが二人。


「兄さん。ほら、失礼だよ!」


「お、おう、申し訳なかったでござる。

 拙者、てっきり次のクエストのNPCのシスターさんと誤認したでござる。

 テンプラーの専用サブクエストで祈りの聖女を探せってのがあってでござる。

 祈ってるシスター殿を見てたら誤解したのでござるよ」


 ナンパではないようだったのでシズカは安堵する。

 シズカは基本、耳年増なのだ。知識はあれど、夜遊びはおろか彼氏を作ったこともない。


「しかし、お美しいでござるな。その祈りの所作、貴女は敬虔なクリスチャンと推察しますぞ?

 拙者は詳しいでござる。以前あった聖人様と引けをとらぬ完璧なお姿に色気を感じざるを得ないでござる!」


 別にシズカは色っぽい服を着ているわけではない。

 スリットの開いたスカートはややそれに該当するが、シズネのゴブリンクイーンの姿の方がよほど色っぽい。


 シスター服を色っぽいと言った男に背筋が凍るシズカである。


「ひっ! 変態だー!」


 慌てふためくシズカ。


「シズカちゃん! 変態は失礼だよ!」


 シズネとて突然現れた謎のプレイヤーに緊張していた。


 だが、明らかなシズカの慌てっぷりに冷静にならざるを得なかった。

 しかし、普段から社交的なシズカも案外人見知りがあるのだと、同時に安心するシズネであった。



 …………。


 ……。



「先程は失礼したでござる。拙者たちは、このゲームに参加してまだ間もない故、本当に失礼したでござる。

 どうかセクハラ通報だけはご勘弁を! アカバンだけは勘弁でござる!」


 土下座をするテンプラーの男性プレイヤー。


 ちょっと、いや、かなりドン引きのシズカと、何が起きているのかいまいち理解できないシズネ。


 その横でもう一人のテンプラーのプレイヤーが言う。


「ソウジ兄さんの失礼は初心者以前の問題だよ、これじゃただのセクハラだと僕は思うね。ふう、まったく。これだからオタクは……」


「なにを! セイジ、お前だって似たようなもんだろうが! あわよくばワンチャンって下心が透けて見えるぞ!」


「うっ、それは心外ですね、ソウジ兄さんにだけは言われたくありません」


 間抜けなやり取りを見て、シズカはすっかり冷静になっていた。


「……で? このコントはいつ終わるわけ? 用が無いならさっさと帰ってくんない?」


 軽くあしらうシズカ。


「……そうでござった。では自己紹介を。実は我らは地球から特別回線でこのゲームに参加したのでござる。ワレワレは地球人である。オッケーでござるか?」


 シズネには理解できない。どういう文脈で、この人は自己紹介を始めたのだろうか。

 シズカは確かに帰ってと言ったはずであるのだ。


「はあ? 何勝手に喋ってんの? それに地球人? サル? あたしはパスだなー、地球は直結厨のサルの惑星だって聞いたし?」


 シズカは両手を組み、見下した態度になる。


 シズネは何も言えずにその場で硬直したままだった。

 そう、シズネは相変わらずコミュニケーションが苦手なのだ。


「う、手厳しい……、さっきまでの清楚なシスター殿はどちらに行かれたのでござるか……」


「ほら、そのござる口調、つまりサルって自白してんじゃん!」


 ソウジは土下座姿勢のまま動かない。


「ふう、先程のソウジ兄さんの蛮行は大変失礼致しました。兄はその辺がアタオカなのです。どうか私に免じて兄を許してください」


「はぁ! アンタも頭おかしいじゃん。サルの弟はサルでしょ? 私に免じて? 何様よ、それにさっきから下心丸出しなキザな口調。

 そんなの漫画でしか見たことがないし? あんたも相当ヤバいっしょ!」


「うっ、ふ、ふふふ。……これは一本取られましたね」


 最悪な空気だ……。


 さすがにシズカは言い過ぎだ。何とかしないと、とシズネは精一杯の勇気をふり絞る。


「シ、シズカちゃん。さすがに失礼なんじゃ! 一応自己紹介の途中なんだし、聞くまでならいいと思う……」


 第三者の前でリアルネームを口にするシズネだが、それはシズカはとっくに覚悟していた。そう、シズネはそういう子なのだ。


「はぁ、まあ、シズネッチがそう言うなら……」


「感謝でござる、ゴブリンクイーンの……シズネッチ殿。

 たしかにセイジの口調が許されるのは漫画に登場する所謂スパダリだけでござるな。

 しかし漫画でござるか、シズカちゃん殿、その漫画について詳しく聞きたいでござる。拙者は少女漫画にも多少の知識がござる」


「げっ! やっぱキモイ。シズネッチさっさと行くよ!」


「あ、あの……シズカちゃん。落ち着いて、自己紹介くらいはいいんじゃないかな……。

 それにせっかくのゲームだし、そろそろ他の人とも交流をもたないと……」


「……ま、それもそっか。うん、シズネッチがそう言うならあたしはそれでいいよ。……ごめん、ちょっと言い過ぎた。謝るよ、ほんとごめんなさい」


 ……もしかしたら、シズカの態度はわざとだったのでは。

 そうしないと自分から会話を出すタイミングなど無かったのだろうしと。

 ふと思うシズネであった。


 ちなみに、シズカは本気で二人に対して嫌悪感を抱いていたが、それはそれである……。

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